浅葱色のルーラー

カワサキ シユウ

小学校5年生

「15センチ。これが君と私の距離ね」

淡く透き通った水色の15センチ定規を机と机の間にあてながら、君はそう言った。それが僕の初恋の始まりだった。


 その日はクラスの席替えの日だった。隣同士の机をくっつけてペアをつくるようにして座る。それが低学年の頃から当たり前だった習慣だったけど、5年生になった今になってそれが争いの種になっていた。うちのクラスは男女の仲が妙に悪いのだ。僕自身、そんなに女子のことが嫌いなんて、あまり考えもしなかったけれど、友達の男子たちが嫌いだといってるから、とりあえず言い争いが始まると僕は男子の味方をした。女子の味方なんてしたら日には、裏切り者扱いを受けるか、好きな子がいると噂をされてしまうからだ。みんなに優しく、なんて大人たちは言うけれど、それじゃダメなときがあるってことは、きっとみんなわかっている。僕だって知っている。

 席替えは月に一回のくじ引きで決められることになっていた。決まりに厳格な男の担任の先生は、くじのトレードといった不正を一切許さないことで有名だった。それでもこっそりとトレードを試みた女子たちは、その日の帰りの会でなぜトレードをしたかをしつこく言及された。その挙句に泣きながら好きな男子のことを口にすることになったのは、さすがの男子たちも少し気の毒に思ったほどだった。それからその先生にはいろんなあだ名がついて、恐れられた。

 だから、月初めのその日はいつもより教室が落ち着かなかった。楽しみに思う気持ち半分、嫌なやつの隣になったらどうしよう、という緊張半分だ。1から36までの数字がふられたくじを日直の男子の赤白帽子にいれ、順番にひいていった。ぐるぐると納豆のようにくじをかき混ぜてから取り出す男子。それを不快そうに見て、指先で慎重に選んだくじをつまんで足早に去る女子。みんながソワソワワクワクしながら順番こに引いていった。みんなのいろんな気持ちがメレンゲのように膨れあがっていく教室を、先生が鋭い視線で見張っていた。6番のくじを見て、まず僕は窓際の一番後ろの席でラッキーと思った。みんながガヤガヤガタガタと音をたてて机を動かした。だいたいの移動が終わった頃、しまったと僕は思った。隣が女子だったからだ。その女子は僕の机の近くに自分の机を置くと、チャックで開いたり閉じたりするちょっとおしゃれなペンケースを取り出した。なんだろうと眺める僕の前で、透き通ったきれいな水色の定規を取り出して、その端を僕の机にぴちっとあてて、自分の机を足でずらして反対の端にぴちっとあたるようにした。みんなのいろんな声が響く教室のすみっこでも、はっきりと通る声でその女子は言った。


「15センチ。これがあなたと私の距離ね」


 仲の良し悪しで机の間の距離は伸びたり縮んだりしてなんだかごちゃごちゃした教室の中で、僕と彼女との間だけがきっちりと15センチだった。

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