副社長

ある日、出勤すると、見知らぬ犬がチョコンと座っていた。


ここはスタッフルーム。

患者さんは入って来ない。

同伴出勤してきたスタッフの犬なら、居てもおかしくはないのだが、この犬は見知った顔ではない。


しかも、全身皮膚病でボロボロ。

スタッフの犬だとしたら、こうなるまで放っておくとは考えにくい。


「お前、どこの子だ?」


その犬に問いかけてみた。

外見上は皮膚病でキレイとは言い難いが、性格は人懐っこいようだ。

遊んでほしそうにクンクン言う様子から、意外に若い犬なのだろうと感じられた。


しかし、犬が日本語で返答してくれる訳はない。

問いかけに対する答えは、背後から聞こえてきた。


「私の坊やよ。」


院長だった。


「私の新しい坊や。よろしくね。」


院長の先代犬は、少し前に亡くなっていた。

そう言えば、そろそろ新しい子を迎えたいと言っていた。

そこで、この犬を引き取ったそうだ。


殺処分を数日後に控えていたところだった。

皮膚病により見た目がボロボロである事から、引き取り手はなかなか現れなかったらしい。


けれど、その日からその犬は「院長の坊や」もしくは「副社長」とスタッフに呼ばれる事となる。

(「副院長」は本当にいるため)


皮膚病はしつこかったが、院長自身の治療により完治した。

しばらくすると毛も生え揃い、すっかりフワフワの愛らしいポメラニアンになった。


「院長の坊や」は、院長と共に出勤し、院長の勤務中は病院内で気ままに過ごす。

院長が夜勤の日は、一緒に泊まる。

スタッフも暇を見つけると、坊やと遊ぶ。

そうして、坊やは病院のマスコットとして「副社長」の地位を確立していった。


そんなある日、病院に出入りしている業者の若い担当者が、ちょっとしたミスをやらかした。

忙しかった事もあり、院長の対応はツッケンドンなものになった。

担当者は青くなって、帰っていった。


数日後、「先日の非礼をお詫びしたい」と言って、その担当者は上司と共に再び病院を訪れた。


実際には、院長はそこまで怒っていた訳ではない。

上司まで一緒にお詫びに来られて、院長の方が驚いたのだ。


院長はそう話したが、担当者とその上司は緊張した面持ちで、平身低頭するばかり。

そこで、院長はふと話題を変えた。


「うちの病院では、私の息子が副社長を務めております。ご存じでしたか?」


「ご子息が?それは存じておりませんでした。」


「せっかくですから、紹介しましょう。悪いけれど、副社長を呼んできてくれる?」


こんな事を言い出した院長の後ろで、スタッフ達は笑いを堪えている。

そのうちの1人が、いつもの昼寝用スペースで昼寝をしている「副社長」を呼びに行った。


名刺を用意して待っていた担当者とその上司は、おそらくスーツを着た青年を思い描いていたのだろう。


しかし、連れて来られたのはポメラニアン。

2人は呆然としていた。


だが、次の瞬間、病院は爆笑に包まれた。

担当者も上司も笑っていた。


結局、最後は2人共、笑顔になって帰っていった。

その後もその業者とは、良好な関係が続いている。


そして、院長の坊やは、今日も「副社長」として、院長と共に元気に出勤している。

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