終の棲家

ある高齢女性の猫が亡くなった。

老衰だった。


その女性は、大の猫好き。

今までの人生のほとんどの時間を、猫と共に暮らしてきたという。


「でも、この子が最後です。私ももう年ですから、新しい子は迎えられません。」


数日後。

「長年、お世話になったお礼を」と言って、改めて挨拶に来てくれたその女性は、寂しそうにそう呟いた。


新しい子を迎えないのなら、彼女が病院を訪れる事も、もうなくなるだろう。

彼女と共に暮らした歴代の猫達を診察してきた院長も、少し寂しげだった。


しかし、数ヶ月後。

彼女はまた、病院に駆け込んでくる事となる。


「この子、助かりますか!?」

その腕の中には、バスタオルに包まれたボロボロの三毛猫が。


汚れきった身体。

そして、瀕死にもかかわらず、激しく人間を威嚇するその気性。

明らかに野良猫だった。


野良猫の正確な年齢は、専門家でもわかりにくいが、かなりの高齢である事は間違いなかった。


「助かる可能性があるのなら、出来る限りの治療をお願いします。」

彼女の言葉で、その猫の治療が開始された。


数日間の入院治療で、その猫は何とか退院可能なレベルまで回復した。

だが、入院中の検査により、重度の腎不全が判明した。


退院しても、生涯、通院や投薬が必要になる。

予想される医療費は、決して安くはない。

また、健康な猫に比べれて、世話にかかる労力も違ってくる。

しかも、長年、野良猫として暮らしてきたと思われるその猫は、全く人間に懐いていない。


すべてを承知の上で、彼女はその猫を引き取った。


最初の1,2ヶ月は、悲惨だった。

退院後も彼女に連れられて通院していたその猫は、診察のたびに獣医師や看護師を威嚇し、よく見れば、飼い主である彼女の腕も傷だらけ。

この猫を引き取った事を、彼女は後悔してはいまいかと、スタッフは心配した。


だが、3ヶ月を過ぎた頃、その猫の様子に変化が見られた。

少しずつ、リラックスした表情を見せるようになっていた。

彼女に甘える仕草を見せるようになっていた。


そして、半年も経つ頃には、その‘元野良猫’は、完全な‘飼い猫’だった。

まるで子猫の時から彼女に飼われていたかのように、その腕の中で、満足そうに喉を鳴らしていた。


しかし、幸せな時間は、長くは続かなかった。

元から高齢で、病気もあった。

そう長く生きられるわけは、なかったのだ。


けれど、彼女は晴れ晴れとしていた。


「私みたいな年寄りが、子猫を迎える事は出来ませんでした。近いうちにお別れがくるとわかって、あえてうちの子にしたんです。この子は私の傍を‘終の棲家’に選んでくれました。それで充分満足です。」


そう言って病院を後にする彼女を見送った院長は、やはりどこか寂しげだった。

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