我が子の死

「先生、ご自宅からお電話です。先生のうちのチーちゃんが…。」


動物病院に勤めているような獣医師は、大抵、自分も何かしら動物を飼っている。

その動物が病気になった時、治療にあたるのは、当然、自分自身だ。

人間の医師の場合、家族は診ないらしいが、獣医師はそうではない。


この日、とある獣医師の実家の猫が、末期状態になった。

3年近く前に、鼻に腫瘍が見つかっていた。

年齢的にも場所的にも、外科的切除はあまりに負担が大きく、腫瘍の転移や浸潤を防ぐ内科的治療が選択された。


その治療は成功したと言って良いだろう。

発見から3年近くも、元気に過ごせたのだから。


しかし、このところ続けて激しい痙攣を起こして、その度に死の境を彷徨った。

鼻の腫瘍が脳に浸潤していると考えられた。


もう限界が近い。


「すぐに連れてくるように、伝えてください。申し訳ありませんが、エマージェンシー受け入れ準備をお願いします。」


その獣医師は、電話をとった動物看護師にそう頼んだ。


しばらくして、両親が猫を連れて来た。

激しい痙攣のためか、自分で舌を噛んだようで、口から血が滲んでいた。


股圧なし。

心音聴取できず。

呼吸なし。

対光反射なし。


「心肺停止状態だけど…心肺蘇生は希望する?」


両親は、泣きながら首を横に振った。


その獣医師は、遺体を綺麗にする作業を看護師に頼み、次の診療にあたった。

その日、病院はかなり混雑していたのだ。


その猫は、その獣医師が高校生の時に生まれ、20歳まで生きた。

大往生と言って良い。


すべての診療が終わり、看護師が綺麗にしてくれた遺体と、改めて対面した。


涙はその時、初めて許された。

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