輸血
「元気がなくて、食欲がない」
そう言われて連れて来られたヨークシャーテリアの身体を見た時、嫌な病名が頭をよぎった。
その身体には、無数の痣があった。
しかし、打撲によるものにしては、不自然だった。
すぐに、血液検査に取り掛かった。
そうして、頭をよぎった嫌な病名は、確かにその患者の病名であると確認され、飼い主に説明しなければならなくなった。
「自己免疫性溶血性貧血です。」
聞きなれない病名に、飼い主は首をかしげる。
「平たく言えば、自分の身体の免疫機能が混乱し、自分自身の赤血球を攻撃して壊してしまう病気です。重度の貧血と黄疸が特徴です。無数の痣は、それによるものです。」
飼い主は何となく理解したようだが、まだピンと来ていない様子だった。
「この病気は命に関わります。それも、今のこの血液検査の数値では、助かる道はひとつ。輸血しかありません。」
ここで、飼い主は初めて慌てた表情を見せた。
「輸血って、どこから血をもらうんですか?」
犬には血液バンクはない。
輸血治療の最大の難関は、献血してくれる犬を探す事なのだ。
「献血を頼めそうなワンちゃんに、心当たりはありませんか?」
そう言われて、すぐに知り合いに連絡できる飼い主と、出来ない飼い主がいる。
今回は、その後者だった。
最終手段として、私は提案した。
「私は個人的に犬を飼っています。体重12㎏ほどの中型犬で、健康状態に問題はありません。ご希望でしたら、この子の血液がマッチするか、検査してみましょう。」
自分の個人的な飼い犬からの献血は、できれば避けたい。
何故なら、輸血が必要なすべての犬にそれをやっていたら、献血する犬の身体が持たないからだ。
でも、今回は一刻の猶予もなく、その方法を選んだ。
飼い主は、我が家の犬とのクロスマッチ(血液適合検査)を希望した。
検査結果は、輸血可能。
すぐに我が子から必要な分の採血を行った。
輸血の甲斐もあり、その犬の治療は成功した。
飼い主は何度もお礼を言い、気持ちだけで十分と言ったにも拘わらず、お礼の品を渡そうとしてくれた。
だが、もし今回の患者と同じ状態の犬が、1ヶ月以内に来院したら?
おそらく助ける事はできない。
我が家の犬から、そう立て続けに血液を採る事ができないからだ。
犬や猫の輸血の問題。
これからの獣医療の課題である。
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