第4話 キーボード

 俺はVR用のヘッドセットを装着すると、真っ白い空間が視界に映る。俺の目の前にはパソコンデスクとパソコンチェア。デスクの上には3Dモニターがあり、メタモルフォーゼオンラインにログインしている俺のキャラクター「リュウ」が映っている。

 ここはVR空間。零細企業は人手の割に仕事量が多い。そこで俺の会社ではVR空間で仕事をすることが普通になっているんだが――

 

 俺の左右の空間にキーボードが浮かび上がる。そして、そのキーボードの少し下の空間にも同じくキーボード。

 VRの利点はリアルと同じで手を使った動作をするとともに、「意識」で操作することもできるんだ。メタモルフォーゼオンラインでも念じてウインドウを出したり、「はい/いいえ」を選択したりとまあ普通に使っている技術だな。

 

 普通の人でも慣れれば、両手でキーボードを打ちながら、意識でもう一つのキーボードを打つことは可能……しかし俺は右手、左手に仮想の手を加え、同時に二つのキーボードを操作できる。

 さらに、意識の操作でキーボードをもう一つ。右手と同じ動作をするならば、重なったキーボードを同時操作ができる。

 

 つまり……右手の動作でキーボードが二つ、左手で同じく二つ、意識の動作で二つ……と六つのキーボードを操ることが出来る。ただし、違った種類の操作は三種類までだ。

 最大六つのキーボードを動かしつつもマウスを動かすことだってできる。これは俺が会社で身に着けた技……どんだけ働かせるんだよ。うちの会社は……

 

 会社のことを考えると少し憂鬱になってしまったけど、明日もまだ休日だ。今は会社のことを忘れてメタモルフォーゼオンラインを楽しむぞ。

 俺はパソコンの3Dディスプレイに目をやると、自身のキャラクターが背を向けて立っている。

 

 まずは、

 

『メタモルフォーゼ』


 「リュウ」の両腕、足が触手に変化し、背中からも六本の鮮やかな青色の触手が生えて来る。移動については、基本動作でいいだろう。ジャンプして飛び蹴りとかできたりするんだけど、操作がおいつかねえ。

 

 右手の触手を試す……ほう、一本一本を個別に動かせるようだな。俺は攻撃用のショートカットをあれやこれやと苦心の末セットする。メタモルフォーゼオンラインではアクションをサポートする機能があって、VRだと特にそうなんだけど、ただの素人が華麗なアクションなんてできるわけがない。

 だから、かなり多くのアクションが自動で動くようになっている。旧来の携帯ゲーム機とかでボタンを押して必殺技を出すのと同じ感覚と言えばいいのかな。

 

―右の触手で素振り。俺の思う通り十二回連続で攻撃可能! 続いて左、背中の触手も振るう。行けそうだぞ。攻撃しながらステップを踏むことだって大丈夫だ。


 半日操作練習に費やしたが、想像以上に上手くいったぞ。会話はヘッドセットから音声で行えばいいか。よし。

 俺はフレンド登録リストを閲覧すると、アルカエアがまだオンライン中だったので、彼女にチャットをしてみる。


『アル、なんとか操作できるようになったよ』


 するとすぐに彼女から返答が。

 

『本当かい? 見に行くよ。さっきの森かな?』


『ああ。試しにさっきのイノーンを叩いてみるよ』


 俺はログアウトした時点である森の中にいたので、イノーンがいないか辺りを見渡すと、鼻をフガフガと唸らせながら木の根元を掘り返すイノーンをすぐに発見した。

 

「よし、行くぞ!」


 俺はイノーンまで駆けると右腕を振るいあげ、イノーンに向けて一気に振り下ろす!

 

 一本目、二本目……十本目――

 

――十本目が当たると、イノーンはその場で倒れ伏す。反撃の機会を与えないまま倒し切ったぞ。イソギニア、強いじゃないか。

 俺は倒れて動かなくなった巨大イノシシ「イノーン」に剥ぎ取りナイフを当てると、イノーンの毛皮と牙を取得する。剥ぎ取りが終わるとイノーンの体は光の粒子となって消滅した。

 

 毛皮と牙は自動的にインベントリーに入り、重量が増加する。重量を超過すると動けなくなっちゃうから、インベントリーの量は注意しないといけないなあ。

 

 行けると確信した俺は周囲を見渡しながらモンスターを探していくが、イノーンしか見当たらなかったので素材収集も兼ねてイノーンを触手で蹂躙していく。

 三匹ほど倒したところで、アルカエアの姿が目に入る。

 

「やあ、リュウ。そのイノーンは君が倒したのかい?」


 アルカエアは俺がちょうど仕留めたばかりのイノーンを指さし感心した様子で声をかけてきた。

 

「ああ。何とかなりそうだよ。イソギニアはなかなか強いと思う」


 俺が笑顔でアルカエアに言葉を返すが、彼女はうねうねと蠢く鮮やかな青色の触手に目をやり微妙な表情になる。

 

「そ、そうなのかい。ボクはいくら強くてもその種族は遠慮したいな」


 乾いた笑みを浮かべるアルカエアに俺は話題を変えることにした。

 

「ええと、アル。イノーンを倒すのに槍だと何回攻撃する?」


「二回だね。一回攻撃するとイノーンが動き出して、彼の攻撃をかわしてもう一撃ってところかな」


 武器を使った攻撃は攻撃すると一瞬硬直があり再び武器を振るうことができるけど隙ができるから、先にイノーンの攻撃が入っちゃうってことか。

 俺の場合は一動作で右腕全体だから反撃されずに倒し切れるってことだな。理解理解。

 

「ふむ。なるほどなるほど」


「どうしたんだい? 何かいいアイデアでも浮かんだのかな?」


「いや、槍の攻撃一回は触手の五回分ってことだなと……」


「素手だとそこまで威力が落ちるの? それで強いというのも何だか」


 アルカエアは肩を竦め納得がいかない様子だったけど、見せた方が早いな。

 

「アル、一度イソギニアの強さを見せるよ」


「う、うん」


 俺は再度出現したイノーンに向けて駆けると、右の触手を振り上げ、イノーンに順番に叩きつける。

 ちょうど十本目がヒットした時、イノーンは倒れ伏す。

 

「どうだ? なかなかだと思わないか?」


「き、気持ち悪いよ……」


 アルカエアは失礼なことに俺の攻撃を見て、口に手を当て「うわあ」と言った風に俺から目を逸らしやがった。

 ビジュアルより強さだろお。確かに見ていてあまり気持ちのいいものじゃないけど、凶悪な触手による流れるような連続攻撃。この素晴らしさが分からないのかなあ。

 

「よおし、次はもう少し強いモンスターを探しに行くかな」


「そ、それなら跳竜の小型がいいかもしれないよ」


「どんなモンスターか分からないけど、小型の恐竜みたいなやつかな」


「そんな感じかな。説明するより見た方が早いよ。着いて来て」


「了解」


 俺は変身を解き、人間形態に戻るとアルカエアの後ろをついて行く。

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