第5話 触手で戦闘
イノーンが生息する木漏れ日溢れる森を出て、前を歩く悪魔族の少女にハラスメント報告されたスタート時点の草原を抜けると、岩肌が露出する荒野に到着する。
荒野の入口から数分進むと渓谷が目に入る。中央が広場になっており、広場から円を描くようにゆるい傾斜になっていて、俺達は傾斜の端まで進むと中央の広場を見下ろした。
太陽の陽ざしで暖まった床に寝そべった小型恐竜の集団が目に入る。茶色の鱗に長い尻尾、前足が短くトカゲのような頭に口からは鋭い牙が生える。体躯は長い尻尾を除いて五メートルくらいかな。
小型と言えども恐竜は恐竜……対峙すると迫力がありそうだ。
「群れのメスは少し強いんだよ」
アルカエアが広場の隅の方で寝そべるくすんだ緑色の小型恐竜を指さす。なるほど、茶色の小型恐竜より二回りくらい大きいな。
「あの緑色の奴だな」
「うん。攻撃力も体力も茶色の雄より強いから注意してね」
「了解。やられたからといってペナルティもないし、問題無いさ」
そう、現在やられた時のペナルティ――いわゆるデスペナルティは存在しない。何度やられても失う物は何もないのだ!
いや、言い方が悪かった。メタモルフォーゼオンラインでは、やられた場合に本人の死体がその場に残るんだ。武器や道具を持っていたら、死亡した場所に残ることになる。
そして、死者は亡霊となってその場で
今後の予定されているアップデートでスキルが実装されたら、復活魔法とか使えるようになるかもしれない。
話が逸れたけど、街で幽霊から復活させてもらうと、初期装備のシャツ姿で肉体がその場で復活する。死亡した場所の死体は一定時間が経つと消えるというシステムだ。
まとめると、武器も防具もない俺に失うものは何もない!
「道具くらい何か持ってるんじゃないのかな? もしやられたらボクが回収しておくよ」
アルカエアは俺のフォローをしてくれると進言してくれたけど、俺の持ってる物はなあ……
俺はアルカエアにインベントリの中身を見せ、肩を竦める。
「見た通り、回収してもらうほどのものは……」
「い、一応、回収するよ。イノーンの毛皮と牙だよね」
「そ、そうか。ありがとう」
アルカエアは回復薬のポーション一つない俺のインベントリを見て、ぎこちない様子だ……だから何もないと言ったじゃないか。
まだ街にさえ行ってないんだからさ。これが終わったら一度街に行ってみようかなあ。
「じゃあ、行ってくる」
俺はアルカエアに手を振り、広場を見下ろす。
ええと、小型恐竜は八匹、少し大きな緑の鱗のメスは一匹か。
「メタモルフォーゼ!」
俺の姿が異形のイソギニアに変身し、肘から先、膝から先が色鮮やかな触手に変化する。背中からも同じ色の触手がうねうねと伸びて来る。
よおし、行くぞ。
俺は駆けだし坂を一気に下り広場を目指す。俺の接近に気が付いた二匹が二足で立ち上がり、一匹が高い声で一声鳴く! すると、奴の鳴き声に合わせてもう一匹も同じように高い声で一声叫ぶと、他の小型恐竜も立ち上がり一斉に俺を威嚇するように声をあげる。
短い腕に長い尾を持った小型恐竜は予想通り、二足歩行するタイプの恐竜のようだな。
なるほど、こいつらはアクティブモンスターか。アクティブモンスターはこちらに気が付くと襲い掛かって来るタイプのモンスターで、基本プレイヤーが視界に入る限り追いかけて来る。
といってもモンスターにはそれぞれ行動AIと言われる思考能力が備わっており、群れで狩りをするモンスターや群れのボスに率いられたモンスター、孤高を貫くモンスターなど様々だ。
傷つくと逃げる者もいれば、逆に怒り狂うモンスターもいる。この辺がモンスターとの戦闘でも面白いところだよな。
小型恐竜は俺を取り囲むように三匹が並走してこちらに迫って来る。俺を迂回して後ろに回ろうとする奴までいるじゃないか。なかなか賢いようだな。
しかし……
前方で並走する小型恐竜三匹が攻撃可能な距離まで接近すると、俺は両手を振り上げにじり寄る小型恐竜を待ち構える。
左右の小型恐竜が跳ね上がるように鋭い牙を光らせながら、俺をかみ砕こうと迫る。奴ら二匹のタイミングは同時。そして中央の小型恐竜は短い腕を振るう。
しかし……問題ない。同時に三方向からの攻撃。普通なら左右どちらかにステップを踏み回避しつつ一匹を狙うところだが……
右手を振り下ろすと十二本の触手が連続して右の小型恐竜に。
左手も同じく十二本の触手が襲い掛かる。
イノーンと同じく小型恐竜も十撃目で倒れ伏す。残りの一匹? そいつは、こうだよ!
俺は背中の触手を振り上げて、横から凪ぐように正面の小型恐竜を殴りつける。
正面の小型恐竜は俺から見て左へと吹き飛び、転がるがすぐに立ち上がり再び俺に迫って来る。
その間に俺は後ろを振り向き、小型恐竜の様子を確認すると後ろにも同じく三匹がまさに俺へ肉迫するところだった。
俺は先ほどと同じように触手を振るい、二匹を仕留め、一匹を吹き飛ばす。
簡単に倒しているように見えるけど、さっきから操作は割にいっぱいいっぱいだ……慣れもあると思うけど同時にキーボードを六つ操るのはやはりキツイ。
攻撃するだけならまだしも、敵の位置を確認しなきゃなんないし、今後ステップしたり回避行動を取ったりする必要も出て来るだろう……いけんのかな。
少し不安になっている間にも、次の小型恐竜が襲い掛かって来る。俺は回転しながら触手を振るい二匹を仕留めると、今度は六連続攻撃で吹き飛んだ小型恐竜に止めを刺すべく駆け寄り背中の触手で四撃!
残るは……緑色の鱗を持ったメスの小型恐竜と傷つき吹き飛んだ二匹か。
緑色のメスの前に一匹の小型恐竜が立ちふさがって来たので、右手を振るいそいつを沈めるとようやく一対一でメスと対峙する。
メスは俺が接近する前に体を捻り尻尾を背中につくほどしならせると、一気に横凪ぎに振るう! 巨体から繰り出される尻尾攻撃に俺は一歩引いて凌ぎ、尻尾を振るった後の隙に俺は飛び込む。
飛び込んだ先にメスの短い腕のかぎ爪が振るわれるが、上半身を畳んでメスのかぎ爪を回避すると、その姿勢から右腕を掬い上げるように振るう。
見事に十二連続攻撃が決まるが、メスはまだ倒れない。この体勢だと左腕は振るえず、右腕も上に振るいきって戻せない。しかし、背中の触手を奴の頭に目がけて下から突き上げるように飛ばす!
この触手六連撃でようやく奴は倒れ伏したのだった。
ふう。
倒し切ったと安心し、一息ついたその時、俺は後ろから振るわれた何かに吹き飛ばされる。
一メートルほど飛ばされ、転ばないようになんとか踏ん張り前を向くと……なるほど、取り逃した一匹が今頃尻尾を振るってきやがったのか。
油断していたといえばそれまでだけど、VR空間と違い、3Dの操作だと不利なところが出てしまった形だよなあ。まあ、こればかりは仕方ない。
慎重に目視し、敵の位置を把握していくしかないか。
VRだと肌で気配を感じることができるし、遠くから近づいて来る音、風、なども感じ取ることが出来る。一方3Dだと、肌で感じることは不可能で、立体的に映像は見えるといっても風を感じるなんてことは不可能なんだ。
電車を想像してみて欲しい。電車のホームの最前列で電車が高速で通過していくと音だけではなく風を感じるだろう? 音と風で電車が通った時に俺達はビックリしたり電車に吸い込まれそうな感覚に陥ったりする。
3Dだと、音だけだから電車が通過する映像は分かるけど、肌で電車の危険性を感じることはできないってわけだ。
一対多の場合の課題が分かったし、触手は問題なく振るえることも分かったからこの戦闘は非常に有意義だったぞ!
アルカエアに感謝だな。
俺は最後の一匹を仕留めると、剥ぎ取りナイフを倒れた小型竜たちに向ける。
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