第3話 人間は所詮人間なんだよ……
アルカエアと共に森に入り、モンスターを探すとすぐにイノシシのようなモンスターが見つかった。俺はウインドウを開き、現実世界より二回りほど大きいイノシシを見ると奴の名前がウインドウに浮かび上がる。
イノシシの名前は「イノーン」というらしい。少し脱力する名前だな……もうちょっとなんとかならなかったのかよ、運営。
そうそう森の様子だけど、木々はそれほど密集して林立しておらず、地面には日差しを浴びた緑の雑草が生い茂っている。時折聞こえる鳥の
イノシシの「イノーン」はノンビリと木の根元を大きな鼻でほじっている。俺達が目の前に来ても奴は襲い掛かって来ることがなかった。
「ええと、アル。このモンスター……イノーンだっけ? こいつは襲ってこないのかな?」
俺はイノシシの「イノーン」の様子を眺めながらアルカエアに聞いてみると、彼女は頷きを返す。
「うん。イノーンはノンアクティブモンスターだよ」
モンスターにはアクティブモンスターとノンアクティブモンスターがいて、イノーンのようなノンアクティブモンスターはこちらから襲い掛かる――ターゲットにして攻撃しない限りこちらを攻撃してくることはない。
まあ、初心者が最初に入る森だから、戦いやすいノンアクティブモンスターを配置しているんだろうな。
じゃあ、さっそく戦ってみるとしようか。
俺はイノシシの「イノーン」の巨体を見据え、口を開く。
「メタモルフォーゼ!」
俺の体を白いエフェクトが包み込み、両腕から十二本の触手、背中から六本の触手が生える。足も膝から先が触手へと変化する。触手の色は色鮮やかな青色、触手の太さは二十センチほど。
俺はイノーンに右の触手で襲い掛かろうと一歩進もうとする――
――こけた……
足からは触手が十本生えているけど、人間の足の感覚と余りに違うから上手く進めなかったんだ……これは前途多難どころじゃないぞ。イノーンと戦う前にまずは歩けるようにならないと。
人間の体は足が二本、イソギニアの足は左右にそれぞれ十本ある。膝から下の足の感覚が分散されてなんだかフワフワした感じがして、地に足がついてる感覚がしないんだよな。
「アル、歩くのも難しい……」
俺はアルカエアの方へ頭だけを向けるとため息をつく。
「ああ、そうじゃないのかなと思ったよ。ボクだってほら」
アルカエアは俺に背中を向けると、コウモリのような翼と悪魔の尻尾が俺の目に入るがどちらも全く動いていない。
「その翼と尻尾は動かせるの?」
「同時には無理だよ。集中して尻尾だけ、翼だけなら慣れればなんとか……」
アルカエアは俺に背中を向けたまま尻尾を上下に動かして見せてくれた。
「人間の感覚にない器官の操作は難しいってことかあ。さすがVRだな」
「リアル過ぎるのも考えものだと思うよ。ボクは」
アルカエアは俺へと向き直ると肩を竦める。
彼女と会話してハッキリと原因が分かったところで、このままだと歩けないことは変わらない。じゃあ、この大量の触手を一本の足と思って動かしてみたらどうだろう。
俺は足全体を元々の足のように一本と認識して足を踏み出してみる。感覚は分散しフワフワしたままだけど、ちゃんと前には進む。一歩進み、足を地につけ、次は反対の足を……しばらくそんな感じで練習しているとゆっくりとだけど歩けるようになった。
よし、もう少し速く歩いて見るか。俺がそう考えた時、腕を組みじっとこちらを伺っているアルカエアの姿が目に入る。
「アル、ごめん。ずっと見ててくれたんだな」
「いや、構わないよ。非常に興味深いからね」
アルカエアは何でもないと言った風に返してくれたけど、彼女だってゲームを楽しみたいだろう。まだ始めたばかりだろうし。
「俺はこの通りまだ戦うには遠いから、他の事をしていてくれていいよ」
「じゃあ、フレンド登録をしないかい?」
「もちろん。操作できるようになったら連絡するよ」
「うん」
俺はゆっくりとアルカエアに向かって進むと、彼女にフレンド申請を送る。メタモルフォーゼオンラインは他のMMORPGと同じようにフレンド登録機能がある。
フレンド登録をすると離れていてもチャットで会話できるし、メッセージを送信することができるようになる。
『アルカエアとフレンド登録をしました』
ウィンドウが目の前に出現してアルカエアがフレンドリストに登録された。
「ありがとう。初めてのフレンド登録だったよ」
俺が礼を言うと、アルカエアも「ボクもだよ」と返す。
いずれフレンド登録をできる人と知り合いになれたらいいなと思っていたけど、開始して早々にボッチ脱出とは幸先がいい。
はやく動かせるようにならないとだなあ。
アルカエアと別れて一時間ほど歩く練習をしてようやくまともに歩くことが出来るようになった。次は「走る」動作をやってみようか。
俺はリズムよく右、左、右と数歩歩き、どんどん足の動かす速度を上げていく。うん、「走る」ことは問題ない。
やっと走れるようになった俺は歓喜の叫び声をあげると、真っすぐ走って、踵を返しまた真っすぐ走る動作を繰り返す。よおし行けるぞ。
直線だけだと意味がないので、グルグルと木を避けながら走ってみるか――
――また転んだ……
木の根に引っかかって転んでしまった。普通の足だと何気ない動作でひょいひょい避けて走ってしまえば済むんだけど、細かい動作がうまくいかないんだよなあ。
ここまで練習して俺はある重大なことに気が付いてしまった。
俺の当初の目的は両手と背中の触手全てを使っての連続攻撃だった。歩くために足の十本の触手を一つとして捉え、歩くことに成功した。
ということはだな、このやり方だと手で攻撃する時も一本の触手として攻撃する。
駄目じゃないか! これじゃあ変身せずに武器を持って殴りかかった方が遥かにマシだ。
俺がこれまで人間として培った感覚では、相当時間をかけて練習しても精々両手と背中で三回攻撃が限界だろう。たった三回だと素手だから両手武器を持って攻撃するより威力が低い。
結論、このままだと夢の連続攻撃は不可能である。
うあああああ。俺は頭を抱えようとするが、両手が触手なのでうまく動かない。こんな動作もできないのかよお。
どうする。何か良い手はないだろうか? その時ふと俺はあることを思い出す。
《VRMMOはVR用ヘッドセットを頭に装着し、「仮想世界」に没入することでゲームをプレイする。いや、「仮想世界」に入らず、従来のキーボードやコントローラーを使って操作することでゲームを行うこともできる》
そうか、感覚操作で不可能ならキーボードとマウスを使って操作してはどうだ? 試してみる価値はあるな。これでどうしようも無かったら、別の種族を検討しよう。
――ログアウトします。
俺の視界が自室のパソコン前へと切り替わる。メタモルフォーゼオンラインを3Dモードで起動させ、そのままキーボードで操作してみる。
うん、操作はできる。ただの3Dだからリアリティに欠けるし、せっかくのVRが台無しだけど……
VR? そうか、VRを使おうじゃないか。なあに仕事でも使っているし、俺が会社で学んだ技術じゃないか。そう……これは悪夢の技術だ。零細企業ならではの……
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