第2話 ハラスメントの恐怖
俺の姿を認めると、黒髪ショートカットに白のキャミソールを着た悪魔族の少女は俺を睨みつける。
全く何だって言うんだよ。名前を変えたからもういいだろ……
「リュウに変えたんだね。それならまあいいかな」
うんざりした様子で彼女は腰に手を当てる。
この少女が俺をハラスメント報告したってことは確定だな。名前を変えたことを知っているし、これまでの態度からも容易に想像できるし……
「これなら問題ないだろ? 俺は戦闘に行きたいのだ」
俺は踵を返し、モンスターを探そうと一歩進んだところで少女からまたしても声がかかる。
「……君はこのゲームを始めたばかりなのかな?」
「うん。さっき始めたばかりなんだよ。一度戦闘をやりたいんだ。変身もしたい!」
「嫌な予感がするんだよね。君の元の名前からして……一度ここで変身してみせてよ」
「人間の姿で一度戦闘をしてからと思っていたんだけど、俺も試してみたいところだから……いいぜ!」
よし、そこまで言うなら変身してやろうじゃないか。
VRメタモルハンターの最大の売りは「変身」だ。ええと変身するには……「メタモルフォーゼ」と宣言すると「変身しますか?」とウィンドウが出て来るから、そこで「はい」を念じるか指で選べばいいんだな。
「メタモルフォーゼ!」
俺の宣言と共に目の前にウィンドウが開き、「変身しますか?」とメッセージが出て来る。迷わず「はい」を心で念じると、俺の体を白いエフェクトが包み込む!
エフェクトと共に、筋肉質なハゲ頭の男……俺の姿が変化する。
両腕が肩口から消失し色鮮やかな青色の触手に変化する。その数は十二本、太さはだいたい二十センチってところか。背中の肩甲骨の後ろあたりだろうか……ハッキリみえないから感覚的なものでしか言えないけど、たぶん左右に三本の触手が生えていると思う。
両足は同じような触手十本に変化したようだな。合計すると触手が五十本! この触手は全て個別に操作することができるって話だぜ。
これは……強いはずだ。人間には不可能な連続攻撃が可能! 途切れることのない多段攻撃で敵を殲滅するのだ。
俺が感動しているところに水を差す、黒髪のショートカットに白のキャミソールを着た悪魔族の少女……
「君……そのハゲ頭のキャラクターで触手紳士を名乗ろうとしていたのかい?」
ため息をつかれた!
何が問題なんだ?
「そのつもりだったけど……今はリュウになったよ」
「人間時の容姿を変えた方がいいと思うよ。だって考えてみなよ、ムキムキの大柄な男性がさ、触手姿で紳士を自称してるんだよ?」
「今はリュウだって!」
「名前より、その容姿で触手だと……君は……ああい言いづらいよ……」
何故か顔を真っ赤にするショートカットの少女……
ん、んん。
筋肉質な男が触手で……少女が顔を赤らめる……
ああ! そういうことか! 確かにまずいかもしれないぞ……
こんな筋肉マッチョだと、男同士の触手での絡みを想像してしまうってことか! ああ、お姉系の方々に目をつけられるのはご遠慮いただきたいな……
俺はそういうつもりでイソギニアを選んだわけじゃない。俺がやりたいことは、ありえないほどの多段攻撃で、純粋にゲーム的な利点を想定してイソギニアを選んだんだ。
変な意図を周囲から勘繰られるくらいなら、今の内に容姿を変更しておいたほうがいいな。
「言わんとしていることは分かったよ……無難な容姿に変えるかな」
「分かってくれて嬉しいよ。どうだい? すぐに変えるのかい?」
「すぐ戦闘をしたいところなんだけど、誰かに見られる前に変えておくよ。一度キャラクターを作り直すことにする」
俺はキャラクターの容姿を変更するために、一度キャラクターを消去することを決める。キャラクターを作ってしまうと、以後容姿を変更することはできないから。
本当は名前も変更不可なんだけど、ハラスメントで強制変更したから例外というわけだ……
作成したばかりで気が付いてよかったよ……ハラスメント報告の時はすこしイラっとしたけど、あの少女に感謝だな!
じゃあ一旦ログアウトだな。俺がログアウトと念じるとウインドウに「ログアウトしますか?」と出て来るから即ログアウトを選ぶ。
――ログアウトします。
ログアウトするとパソコンの前でヘッドセットをつけた俺の視界に切り替わった。VRMMOは突然の視界の切り替えに慣れるまで酔いそうになるけど、俺は初めてVRMMOをプレイするわけじゃないから、この辺は慣れているのだよ。
俺は「リュウ」を削除してから、再度ゲームを開始する。
三度目となる受け付けには変わらずメイド姿の少女が立っていた。
容姿はどうするか。平凡な見た目の男にしよう……ああいう業界? では痩せた男に人気はないらしいから、痩せ気味で身長も低めにするか。女性キャラクターにするってのも手だけど、操作感覚が性別によって違うから、男キャラクターでやりたいんだよな。
R十五のVRゲームで女性キャラクターを使っても……おさわりできないし、ましてや自分のキャラクターに悶々としても嫌だしね。
黒髪短髪にこの手のゲームでは珍しい平凡な顔……あえて特徴を言うなら少しだけ目つきが悪い。身長も百六十五センチくらいにしておくか。現実の俺とさほど身長も変わらないから操作はしやすいだろう。体型も現実の俺とほぼ同じ……少し痩せ気味の貧相な見た目だ……
ゲームのキャラクターの容姿には余り拘らないから、この見た目でも俺は全然かまわない。むしろ……自分の体格に近いからこの方が良いと思ってきたぞ。
名前は先ほどと同じ「リュウ」で決定すると、ようやく最初に来た平原に戻って来た。
すぐさま、森へと向かうと黒髪のショートカットに白のキャミソールを着た悪魔族の少女が目に入る。俺に向こうも気が付いたようで、手を振って俺を呼び止める。
「君はさっきボクと会ったリュウで合ってるかい?」
「ああ。あってるよ。ありがとうな。キャラクターを作り直して来たよ」
「しかし……平凡な見た目にしたんだね。ネットゲームって美男美女ばかりだから却って目立つね」
「二枚目キャラって苦手なんだよ。だからハゲにしたんだけど……」
「なるほどね」
彼女の言う通り、ネットゲームは容姿を自由に設定することが出来るから美男美女が非常に多い。この少女の容姿はまだ地味な方と言っていいだろう。
彼女は黒髪のショートカットに黒目、黒色のコウモリのような翼に灰色の短い角、悪魔族らしく悪魔の尻尾がお尻から生えている。
服装は今後変わっていくとは思うけど、キャミソールにフレアスカート、ニーハイソックスとどこにでもあるような恰好だ。
彼女は確かに猫のような大きな目や整った鼻筋に愛らしい口と可愛らしいんだけど、銀髪とか金目銀目とかが多いネットゲームの容姿基準からすると地味な部類だろう。
「じゃあ、モンスターと戦ってくるよ! アルカエア!」
キャラクター名は頭の上に表示されているから、俺は少女の頭の上をチラリと見て彼女の名前を確認し手を振った。
「せっかくだから、一緒に行かないかい? ここで会ったのも何かの縁だし。君は初めての戦闘だろう? ボクでも少しはアドバイスできるかもしれないからさ」
「おお。助かるよ」
俺が進もうとすると、アルカエアが俺を呼び止める。
「あ、そうそう。ボクの事はアルとでも呼んでくれればいいよ」
「了解。アル。よろしくな」
そんなわけで俺は黒髪のショートカットに白のキャミソールを着た悪魔族の少女――アルカエアと共に森に向かうことにしたんだ。
しかしこの後……俺はイソギニアの操作に難儀することになる……
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