触手紳士だけど三十回攻撃で無双します ~メタモルフォーゼオンライン~

うみ

第1話 ゲームスタート

 白いエフェクトが俺を包み込むと、人間だった体が異形の姿に変化する。両肩から先はそれぞれ太さ二十センチほどの鮮やかな青色をした十二本の触手に変化し、背中から同じような触手が六本、太ももから下も十本の触手に変化する。

 都合五十本の触手を備えた異形の怪物……それが俺の操作するキャラクター……軟体生物「イソギニア」だ。

 

 俺は対峙する悪魔族の少女へ右の触手十二本で襲い掛かる! 

 彼女は細かいステップで俺の触手をかわすが、残念だったな。彼女が動いた先に待ち構えるは左手の触手十二本!

 

 十二本の触手が少女に絡みつく――

 

――触手が全てを支配する!



 ◇◇◇◇◇

 


 さあ、いよいよゲームスタートだ!

 

 零細IT企業で働く俺こと竜二は、二日間の有給を取る為にこの一か月必死で働いた。ようやく取れた有給。待ちに待ったVRメタモルフォーゼオンラインを始めることができる!

 VRメタモルフォーゼオンラインは先月サービス開始したばかりの新作のVRMMOで、俺は発売当時から気にはなっていた。

 

 しかし、VRMMOにつきもののだが、サービス稼働直後にバグが頻出しゲームにならないことが多い。このゲームも御多分に漏れずバグが頻出し、稼働開始から二週間ほどはしょっちゅうゲームが停止していたみたいだ。

 俺はそれを見越し、ゆっくりとゲームを楽しめるだろう稼働開始から一か月後を目標に、有給休暇を調整していたのだった。

 来月には大型アップデートが予定されているというから、ゲームは相当盛り上がっていると予想できるのもいい点だな。

 

 VRメタモルフォーゼオンラインはレベルやステータスが無いVRMMOで、今後スキルが導入される予定になっているが、今のところ装備以外でキャラクターの性能に差は出ない。

 アクション性が高い中世ファンタジー風の狩りゲームであるメタモルフォーゼオンラインの最大の特徴は、その名の通り「メタモルフォーゼ」……つまり変身だ。

 

 俺はレベル制でなく、自身の腕次第で強い敵を倒すことが出来るゲームシステムが気に入り、VRメタモルフォーゼオンラインをやってみたいと思ったんだ。

 

 VRMMOはVR用ヘッドセットを頭に装着し、「仮想世界」に没入することでゲームをプレイする。いや、「仮想世界」に入らず、従来のキーボードやコントローラーを使って操作することでゲームを行うこともできるんだが、「仮想世界」があるのにわざわざキーボードでプレイする人はまずいないだろう。

 「仮想空間」に入ると体調に支障をきたすなど特別な事情が無い限り、みんな「仮想空間」でプレイを行う。まあ、そらそうだよ……リアルに体験できる世界があるのに、わざわざ画面で見てプレイしないよな。

 

 一応、画面で見る場合でも3Dだけど……臨場感は「仮想世界」と比べ物にならない。

 

 俺はヘッドセットを装着し、さっそくVRメタモルフォーゼオンラインへログインする。

 一瞬視界が真っ暗になった後、落ち着いた様子の受付? に俺は出現する。落ち着いた色合いの木で作られたカウンターの奥には、白黒のメイド服を来た黒髪の少女が立っている。

 

「VRメタモルフォーゼオンラインへようこそ」


 メイド服を着た少女は芝居がかった仕草で俺に礼をする。


「さっそくですが、キャラクターの種族と名前を決定してください」


 続けて少女が俺に案内をはじめると、目の前にウインドウ画面が出現する。

 VR空間では頭に思い浮かべるだけで、ウインドウを操作したり、キャラクターのコマンドを入力することができる。VRに慣れていない人用に携帯型タブレットを手に持って操作する手段も準備されているから、VR初心者にも優しい設計なのだ。

 

 まず種族を選ぼうじゃないか。

 

 俺はウインドウを種族選択に切り替えると……うああ。いっぱいあるぞ。全ての種族は普段人間であるが、戦いの時とかにメタモルフォーゼ……変身をすることで真の姿になることができる。

 

 ええと、大まかに分けて人型種族、動物型種族、軟体生物、機械生命体……と四つの種族があるのか。

 人型種族はおなじみのエルフやドワーフといった種族を始めとして、背中に翼が生えた悪魔なんてものもあるようだ。動物型は幅広い、虎とか小型の恐竜みたいな種族があるな。

 

 俺が目をつけたのは軟体生物だ。タコ、イカ、イソギンチャクなど体から多数の触手が生えた種族たち……これは絶対強いはずだ! だって、足や触手の数だけ手数が多いじゃないか。

 人型種族以外は武器や防具がかなり制限されるみたいだけど、その分キャラクター性能が高く設定されていると情報サイトに書いていたな……

 

 まあ、作り直すこともできるし、まずは軟体生物のイソギニアって種族でやってみるか!

 

 俺はイソギニアを選択し、決定ボタンを押す。

 後は人間に擬態している時の容姿を決めないと……褐色の肌に筋骨隆々の禿げ頭にでもしておくか。うん、なかなかカッコいい。

 続いて名前の入力だけど……名前かあ……まあいいや適当で。

 

――触手紳士


 と入力。我ながら酷い名前だが、やり直すこともできるからこれでいいや。

 そんなことより早くゲームをスタートさせたい!

 

「完了したようですね。それでは、メタモルフォーゼオンラインをお楽しみください」


 メイド服を着た少女が礼をすると、視界が切り替わる。

 


◇◇◇◇◇


 

 平原だ。俺はぐるりとその場を見渡すと、俺と同じようにログインしたばかりのプレイヤーがチラホラいて、俺と同じようにキョロキョロと辺りを見渡している。

 

 ええと、すぐにでも動き出したいところだけど、先に自分の装備を確認しておこう。ウインドウと頭に思い浮かべると、コマンド一覧が表示された透明なウインドウ画面が俺の視界に映る。

 指で操作し、装備をチェック。レザー装備セットってものを着ているみたいで、頭以外の胴、脚、腕、小手と全てレザー装備で固められていた。

 武器はっと……続いて道具をチェックするとショートソード、剥ぎ取りナイフ、ポーション(小)ってのが表示されている。

 

 武器はまあ、変身したら持てないだろうからいいか。

 俺の外見は藍色のシャツの上から袖の無い茶色の革鎧に黒のズボン、茶色のハーフブーツに革の手袋といったところか。ハゲ頭には何も装備していない。

 腰にはショートソードをき、腰のベルトには剥ぎ取りナイフが備え付けれていて、腰のポーチにはポーションの小瓶があることを確認した。

 

 周辺を見渡すと、真後ろには街の城壁が見えて反対側には森が見える。普通は街に行くところだけど、戦闘がしたいという気持ちが抑えられないから俺は森に向かうことにした。

 

 森の入口まで来ると、体長三メートルほどのイノシシと戦闘をしている少女が目に入った。彼女は悪魔族だな。背中に黒いコウモリのような翼が生え、頭には短い角が二本。

 黒髪のショートカットに白のキャミソールのような服に膝上くらいまである黒のフレアスカートを身にまとっている。革鎧じゃなくて服なのは悪魔族だからだろうか?

 

 彼女は先端がフォークのようになった槍でイノシシをけん制しているようだ。

 

 せっかくだから、彼女の戦闘を見て行くことにしようと決めた俺は少し離れたところで彼女の様子を伺う。

 イノシシは彼女に突進していくが、単調な動きだからか彼女は大きく右へステップするとイノシシの突進をかわす。彼女は通り過ぎて背を向けたイノシシを後ろから追いかけ、そのまま槍で三度イノシシを突き刺すと、あっさりとイノシシは倒れ伏す。

 彼女は倒れたイノシシに近寄ると、腰の剥ぎ取りナイフを抜き放ちイノシシにナイフを当てる。倒したモンスターからドロップアイテムを得るには、彼女がやったように剥ぎ取りナイフでモンスターに触れる必要があるってことだな。

 

 よし、俺もやってみよう。

 

 俺が一歩踏み出したところで、俺に気が付いた彼女が俺に声をかけようと手をあげるが……彼女の顔が曇る。

 その瞬間、俺の視界が切り替わった!

 

 何が起こったんだ? 慌てて周囲を見渡すと――

 

――見たことのある受付とメイド服を着た少女が目に入った。


 どうやら強制的にここに引っ張られたみたいだけど、何故なんだろう? バグかな?

 しかし、メイド服の少女が発した次の一言で、事情が判明する。

 

「あなたの名前がハラスメント報告されました。運営側で過去事例を検索した結果、ハラスメントは正当なものと認められました」


 って……俺の名前がハラスメントに該当するだとお! ハラスメントとはゲーム的に問題ある行動……例えば誹謗中傷や性的な発言を繰り返すなどした場合に被害を受けたプレイヤーがハラスメント報告を行うことが出来る。

 俺がそれに該当するそうだが、よりによってキャラクター名でハラスメントって……えっと、俺の名前は「触手紳士」……アウトだったのかよお。先に言えよ。


「どうすればいい?」


 俺の質問にメイド服の少女が即回答する。無表情なままだから怖い……彼女はNPCだから仕方ないのかもしれないけど。

 

「名前を変更してください」


 彼女の言葉と共に、ウィンドウ画面が俺の目の前に出現し名前入力が求められる。

 ちくしょう! せっかく戦闘をしようとしたのに、また最初からかよ。

 

 すぐに元の位置に戻りたい俺は安易な名前をつけてしまった……俺のプレイヤー名は「リュウ」に変更されたのだった。

 自分の本名の竜二からもじった単純な名前だけど、急いでいて思いつかなったんだから仕方ない。

 

「名前の変更を確認いたしました。元の場所へ転送します」


 おお。元の場所に戻れるのか。最初の出現地点じゃないだけまだましだな。

 

 元の場所に「リュウ」として出現した俺の前にはさきほどの悪魔族の少女が腕を組んで佇んでいた……彼女が俺にハラスメント報告をしたのだろう……

 

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