習作
あなたと同じ景色を
アパートへ続く上り坂をゆっくりと歩く。買い物袋のかたわれを手にした彼女が数歩先を行く。しばらくすると、小柄な背中が動きを止めた。確かめるように振り返った彼女の視線は、けれど僕を通り越して遥か遠くに投げられる。ころんとした大きな目が見開かれている。
「綺麗な夕焼け」
ため息のような呟きのあと、彼女は「あっ」と声を漏らした。
「いいよ、気なんか使わなくて。わかんないなりに風景は楽しめるんだから」
「ごめんね。わたし、まだ『色がわからない』って感覚がちゃんと理解できてなくて」
「そんなの僕だって、ふつうに見える人の世界はわかりっこないし」
悩んだことは一度や二度じゃないけれど、そのたびに覚悟は決めてきたのだ。他人より乏しい色の世界は、分かちがたい僕の一部だ。
「でも君が夕焼けを綺麗だって言うとき、たしかに綺麗だって感じるんだ。嘘じゃなくて、君の言葉と表情が、景色を美しく見せてくれるんだよ」
気障かもしれないけど、と前置いて続ける。
「君は僕のもう一つの色覚なんだ。叶うならずっとそばにいて、君の感覚を通して色を見ていたい」
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