青と藍

 月夜の路で、彼はひどく酔っていた。年齢と共にいくらか軽くなった身体を弟子に預けて夢見心地で揺られている。記憶には残らないであろう弱い意識の中、つらつらと言葉を垂れ流している。


「先生、呑みすぎですよ」

「国王直々に選を受けた作家さまに先生と呼ばれるたぁ、畏れ多いね」

「やめてくださいよ。俺の師匠は先生おひとりです」

「あぁ、良い月だ。最高の夜だねぇ」


 噛み合わない会話に弟子は嘆息する。と同時に、どうせ覚えていまいと気がかりをひとつ、訊くことにした。


「先生は今度のことをどう思ってらっしゃるのですか」


 今度のこと、というのは師が受けたことのない栄誉を弟子である自分が得たことだ。少なからず、それは弟子にとって気がかりだった。いままでの心地よく張りつめた関係性が崩れてしまいそうであったから。


「藍草は青くないが手をかけてやれば青く染まるという話を、師弟に喩えた人がいたそうだね。で、藍草は青を妬むだろうか」


 たとえ話にされたところで、弟子に師匠の心は読めない。けれど沈黙は長く続かず、彼は再び声を発した。


「わたしが藍草であったなら、おのれから取り出された青がうつくしければ嬉しいだろうさ」


 それきりするりと力の抜けた彼の身体を担ぎなおし、弟子は家に至る道を踏みしめた。ふたりの頭上に、月がつめたく光っている。

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