情景による人物描写

 開け放した窓からは野球部の掛け声と夏の夕暮れの空気が入ってくる。階段の途中に腰掛けてトランペットをいじっていたゆいが立ち上がる。丁寧に音出しを繰り返すのを、窓枠にもたれて聞く。まわりにひと気はなくて、二人だけの切り離された空間みたいだった。

「始めていい?」

 わたしがうなずくと唯は大きく息を吸った。力強い金管の音色が響く。名前も知らない曲が高らかに奏でられる。精緻な指の動きも真剣な顔も、悲しくなるくらいきらめいて見える。潤んだ瞳から目を離せないでいると、あふれた涙が雫をつくった。息も乱さないまま、唯はぽろぽろ泣いていた。演奏はやまない。なぐさめることも涙を拭ってやることもできない。ずっと耳を澄まし目をみはっていた。ただ、この音が止んだら何と声をかけるかだけ考えていた。


(335字)

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