ことの始まり

 それを最初に見つけたのは、僕じゃなくて彼女だった。彼女は幼馴染で、僕がどもらず喋れる数少ない相手の一人だ。

 その日はたまたま、僕の家の農作業を手伝いに来てくれていた。

「ねえ、何か落ちてきて野菜が畝ごと吹き飛んだんだけど」

……大変、現実的かつ冷静な第一声だったのを覚えている。

 すわ、魔物の襲来か……と、おっかなびっくり様子を見に来た僕の前で、彼女が手にしていたのは飾り気のない一振りの剣だった。


 天から剣が降ってきた。これが、そもそもの始まり。

 あろうことか、それは僕の家の裏の畑に落ちてきたのだ。 

 こぶし二つ……いや、三つ分は深さがあろうかという大穴を大地にうがち、僕の一ヶ月先の収穫を吹っ飛ばして。

 正直に言おう。僕の家は、決して裕福ではない。ありていに言うと、貧乏だ。

 驚くより先に、がっくりきたのを覚えている。


 もちろん、それはすぐに彼女と一緒に村長に届けた。そのまま帰してもらえれば何事もなかったのかもしれない。けれど。

「お前の畑に落ちてきたというなら、お前が持ってみなさい」

……と、僕が言われたのが運の尽き。

 恐る恐る剣に触れた途端、その刃が神々しく輝いたのだ。

「うむ、これは天が授けた聖剣で、お前は選ばれた勇者に違いない!」

「えええええ!?」

 それは何かの間違いです、と心の中では即答したものの、実際の僕はうろたえるばかり。

 だってそうだろ? いきなり『聖剣』とか『選ばれた勇者』とか、飛躍にもほどがある。ただでさえ人前ではどもってばかりの僕に、とっさに何かを言えるわけがない。

 とにかく助けを求めようと、その場に一緒にいた彼女に視線を送った……のだけれど。

 だから、見てしまったのだ。

 彼女が、ちょっとというか、かなり悔しそうな顔をしていたのを。

……考えてみれば、そうなんだよな。

 村で何番目かに剣の扱いがうまいの、師範代の娘である彼女だったんだから。

 選ばれし勇者は、きっと彼女のほうが似合っていた。さぞ、勇ましかったことだろう。


 彼女はちょっとの間、すごい勢いで機嫌を損ねてむくれたらしい。

 けど、元来さっぱりした性格の彼女のこと、切り替えは早かった。

 親を押し切って僕と一緒に旅に出ることを願い出、僕に剣の握り方から指導を始めた。

「そんな握り方じゃ剣がとんでっちゃうってば! 雑巾絞るようにしっかり持つ!」

「こ、こうかな」

「そうじゃなくて、こう」

「こ……こんな感じ?」

「なってなーい!」

 他についていってくれる最初の仲間が決まるまでこんな調子が続いて、僕らは旅に出た。

 僕がこんな有様だから、多事多難とかそういうレベルの話ではなかったけれど。

 彼女は、それはそれは気合が入って勇ましかった。

 やっぱり、勇者は彼女が似合うのではないか、と改めて思ったものだ。


 一応、僕は他の人にも剣を持ってもらうよう村長に願い出た。

 が、僕以外の誰かが振っても、剣は振るどころか持ち上げるのが手一杯で何かを切るどころではなく、ただ一人軽々と振り回して見せた彼女の手にあっても木の枝一本切れなかった。

 彼女が旅立ちを許可されたのは「剣を振ることができたから」というのも大きい。

 僕が旅立ちを命ぜられたのは多分、及び腰で振り回した剣が村長の家の柱を叩き切ってしまったからだと思う。

 村長は散々僕に説教してから、旅の手はずを整える、と一方的に約束してくれたから。

……かなしい。

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