第4話

微睡み始め、船を漕ぎだしたイヴを見ながら、エベルハルトは考えていた。


俺はこれからイヴと行動を共にする。急に仲間になろうとする俺を、普通の人間なら警戒するだろうが、どうやらイヴにそんな知恵はないらしい。現に、イヴはこの得体の知れない俺ともう2日ほど共に野宿している。まぁ、本当は宿を取りたいところだが……。


物思いに耽っている間に、10人程度の足音が迫っていたが、エベルハルトが砂浜を踏みしめる僅かな音を聞き漏らすはずはなかった。

「12人、こっちに来てる。足音は凄く軽い。プロの殺し屋だね……お友達?」

エベルハルトは驚いた。つい先程まで眠りかけていたイヴが、僅かな足音に目を覚まし、人数まで言い当てた。

「……でも、お友達じゃあないよね。友達は友達を殺しにこないでしょ?」

「……あぁ。」

更に驚くことは、殺気まで感じ取っていた。見たところ僅か10代ほどの少女が、プロですら放ってしまう微々たる殺気を感じ取るとは、相当な手練れである、とエベルハルトは考えた。

そしてエベルハルトは、燃え盛る焚き火の炎よりも赤い瞳を三日月型に細めて微笑むイヴの姿に狂気を感じつつ、また美しいとも感じていた。


エベルハルトは腰に差してあるジャーマ由来の"シャムシール"という、刀身が僅かに湾曲した刀を抜いた。それを見たイヴも、マントの中から細身ではあるが身長ほどの長さがある2本の両刃の剣を取り出した。こちら側の殺気を感じ取ったのか、暗殺部隊が走り出した。お互い殺気を隠すことはしなくなった。そして、2つの殺気はぶつかり合った。


暗殺部隊の1人が投げた小さなナイフ数本を、エベルハルトの刀はすべて弾き落とした。その間に、背中合わせになったエベルハルトとイヴを円で囲むように暗殺部隊が立ちはだかった。イヴとエベルハルトは同時に砂浜を蹴り、暗殺部隊に向かって行った。エベルハルト暗殺に向かった暗殺部隊のメンバーは、そこそこの手練れたちが用意されていたが、2人は造作もなく斬り倒して行った。

エベルハルトはふとイヴを見た。2本の細身の刀身が月の光を受けて青白く輝き、真っ赤な血飛沫が舞う。その中で踊るように戦うイヴはやはり美しかった。

「ハルト余裕だね!それともイヴに見蕩れてるの?」

「うるせぇ。」

戦闘中にそんな軽口叩くテメェも余裕だな、と返してエベルハルトは最後の1人を斬った。


「なーんか手応えなかったなぁ。」

戦いが終わった後、イヴは暗殺部隊が持っていた武器を興味津々な様子で触ったり月に向かって翳したりしていた。

「ねぇ、どうしてハルトはプロに追われて……っ!?」

相変わらず武器を月に翳しながら、エベルハルトの方を一瞥すると、ちょうどエベルハルトの体が地面に向かって傾き始めていた。

「ちょっ、どうしたの!?斬られたの!?」

エベルハルトの白いシャツの腹部に赤い血が滲んでいた。イヴはエベルハルトのシャツを脱がすと、雑に巻かれた包帯の中からの出血、つまり古傷が開いたということに気づいた。

「ちっ……、この間の傷が開いたか……。」

雑な手当のせいで傷口は腫れ上がり、美しい腹筋が描く影が醜く歪んでしまっていた。荒い息で話すエベルハルトは、恐らくずっと傷の痛みに耐えていたのだろう。

「ねぇ、ちょっと触るよ。痛いけど我慢してね」

イヴの小さな手がエベルハルトの腹の傷を撫でるように動いた。すると、瞬時にあの赤く腫れ上がった傷口は消え、美しく筋肉の付いた滑らかな腹に戻った。

「"手当"って言葉があるでしょ?そのまんまだよ、手を当てて祈ればいいの。」

イヴは年相応に美しく微笑んだ。

エベルハルトは昔読んだ惑星イヴに冠する文献を思い出していた。


───惑星イヴの王や王になる素質を持った人物は、どんな大きな怪我でも傷口を撫でるだけでその傷を治すことができる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る