第2話
「んっ……。」
ここは……。あぁ、そうか。俺はジャーマからアグアへ逃げてきたんだ。そして、得体の知れないガキに水を貰ったんだ。そして……、そして……?
エベルハルトは丸1日寝ていた。3日間の疲れからだろう。彼がいくら少女とは言っても、人前で無防備に寝ることは今までなかった。
「おはようおじさん。あっ、でももうこんばんはの時間だね。」
さっきまで海に入っていたのだろうか、ずぶ濡れの少女は巨大な魚を片手に1匹ずつ持ってエベルハルトの元へ駆けた。この小柄な少女の背丈とほとんど変わらないくらいの馬鹿デカい魚を2匹も持って走る姿に、エベルハルトは若干引いた。
「よ、よぉ……」
エベルハルトはもう36になる男である。その36年間で色々なことを経験してきた。その男を引かせるというのは中々である。
「お魚食べるでしょ?おじさん丸1日寝てたんだよ~。疲れてたんだね。」
慣れた手つきで火を起こし、慣れた手つきで巨大な魚を串刺しにして焼きはじめた。得体の知れない男にここまでするとは、人がいいのかただ単に馬鹿なのか。
「あぁ、悪いな。なぁガキ、お前名前は何て言うんだ?」
エベルハルトが他人に興味を示すことは非常に稀である。彼も不思議な少女に懐柔されたのか、今までの凄絶な出来事に疲れ果てているのかはわからないが、彼は近年稀に見るほど穏やかな表情をしていた。
「んー、イヴがイヴの名前なのかな。よく分かんないけど、皆がイヴのことイヴって言うよ。」
「じゃあお前の名前はイヴなんだろうよ。」
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、予想以上の馬鹿さにエベルハルトは少し笑った。
「あ、おじさん笑った!ねぇ、おじさんの名前も教えてよ。」
「あぁ、俺はエベルハルトだ」
「エベ……?ハル……?長い名前だね……。」
この少女、イヴは人を騙すことも人に騙されることも知らない、陰謀など少しも存在しない世界で生きてきたのだろう。エベルハルトは、自分とは正反対の世界で生きてきた少女にある種の救いのようなものを感じていた。
「エベルハルト。おら、この魚もう食えるだろ。」
「ありがとうハルト!」
イヴは笑った。無邪気に笑った。エベルハルトは心にある冷たく凍った塊のようなものが少しずつ溶けていっている気がした。
「なぁ、なんでテメェはこんな所に1人でいるんだ?」
エベルハルトは初めてイヴを見た。
焚き火の炎越し見る彼女は、透けるように白い肌に髪、狂気を感じるほど赤く色づく瞳を持っていた。
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