高校三年生の一ヶ月

なおすけ

第1話

 ピピピッピピピッ

 いつもと変わらない一日が始まった。顔を洗い着替えをし、朝食を取る。支度が終わると自転車に乗り、学校へと向かう。


 昇降口で靴を履き替えていると、

「よう! 奏汰」と声をかけられた。


『川口 奏汰そうた』これが僕の名前だ。

 身長は170くらいで髪は目にかかるくらいの黒髪。周りの人からは目が大きいとよく言われる。


「おはよう、翔」


『谷口 かける

 身長は僕よりも少しだけ高くて髪は長く、顔も良くて成績優秀で優しいという完璧な奴だ。


 二人が通っている学校は『第一北だいいちきた高校』という名前で、その名の通りこの街の北にある学校だ。クラスはA〜F組まであり、三学年だけで約180人の在校生がいる。


 3-Bと札に書かれたクラスに入ると、翔は皆のとこへ行き挨拶をする。その間に荷物をまとめて、HRが始まるまで少し寝てようと思い額を机にくっ付けていた。



 誰かが肩を叩いて何か言ってる。

「おい奏汰! 起きろって! 」

 何度か翔に叩かれてようやく目を覚ますと、「一時間目移動だぞ! 早く用意しないと!」と焦った顔がそこにあった。


 急いで用意をし、教室へと向かった。

「今日HR何やったの? 」

 翔は呆れ顔で答えた。

「お前ずっと寝てたんだな。今度文化祭あるだろ? それの係決めをしたんだよ」

 正直どうでもいいことだと思い、一時間目も寝ようかななど考えていたが次の一言で眠気なんか吹っ飛んだ。


「そいえばお前『実行委員』だってさ」

 翔は憐れむような目でこっちを見てきた。


「え? まじ……? 」

 翔は真面目な顔で答えた。

「うん。まじ」

 色々聞きたいことがあったが、教室に着いてしまったので後で聞くことにした。



 六時間が終わり放課後がやってきた。


「奏汰ー帰ろうぜ」

 テキパキと荷物をまとめて学校を出た。

 柳の葉を揺らせる風は、ほんの少しだけれど夏の終りを思わせた。


「もうすぐ夏も終わりだな」

 翔はポツリと言った。

「そうだね」

 それから二人は少しの間無言で歩いていた。


「そいえばさ、朝の話の続きなんだけど何で僕になったの? 」

 翔はニヤリとした。

「だれも立候補者が居なかったから寝ている誰かさんを俺が推薦したんだぜ」

 何故かドヤ顔をされた。

「お前の仕業かよ……」

 しかし翔は詫びれる様子もなく衝撃の一言を放った。


「由美ちゃんも実行委員だぜ」

 俺は自分の耳を疑った。

「なん……だと……」

 翔は笑顔で祝福してきた。

「良かったな! 頑張れよ! 」


「まじかよ……」


『林 由美ゆみ』クラスが同じで、僕が長年好意を抱いている人だ。艶のある長い黒髪に大きな瞳。丸顔で笑った時の笑窪が可愛い。


「お前好きなんだろ? 由美ちゃんのこと」

 翔はニヤニヤした顔で俺に問うてくる。

「ま、まぁ……」

 すると翔は腕を組んで考える仕草をしていた。

「由美ちゃん悪くないと思うよ。彼氏いないらしいし」


 そもそも由美ちゃんが男子と話しているとこをあまり見ない。僕は何度も告白しようと思ったが、そんな勇気はあいにく持ち合わせておらず、どうしてもそれができなかった。


 そんなことを考えていると翔の家に着いた。

「じゃあな。また明日」

 といい家の中へ入っていった。


 その後家に帰って夕飯を食べ、風呂に入って歯を磨いてさっさと寝た。


 次の日も帰りのHRまでは特に変わったこともなく淡々と時間が過ぎていった。


「えー今日のHRでは文化祭について話し合いますので、由美さんと奏汰さん前にでて仕切ってください」担任に頼まれた。


 前に立つと、先生が資料を渡してきた。

「これに書いてある通りにお願いね」

 資料にはまず自己紹介と書かれていた。


「ええっと、実行委員の川口 奏汰です。よろしくお願いします」

 人前で話すのは苦手だ。


「同じく実行委員の林 由真です。よろしくお願いします」とおどおどしながら話していた。


 どうやら由美ちゃんも話すのが苦手らしい。だったらここは頑張らねば。


「まず、文化祭の出し物について決めていきたいと思います。意見がある人は手を挙げて発表してください」


 たくさん案が出てきたので、多数決を取ることにした。その後もクラスの出し物の係分担などを決めて、長いHRがやっと終わった。

 大体の人はさっさと帰ってしまい、教室には五人しかいない。資料をまとめて整理していると、隣から突然甘い香水の匂いがしてきた。声が聞こえてきた方を振り向くと由美ちゃんが居て、もじもじしていたが小さな声でこう言った。


「今日はありがとう。また明日」



「おい奏汰ー、顔気持ち悪いぞ」

 さっきからニヤニヤが止まらない。

「ええ、そうかな? 」

 いきなり頬をを軽く叩かれた。

「シャキッとせい! 」


 あの後返事をする間もなく由美ちゃんはササッと帰ってしまった。

「そいえばさ、奏汰って人前で話すの苦手じゃなかったか? 」

 確かにその通りだ。授業の時は当てられた時以外は絶対に話さない。

「んー、あの時はなんかいける! って思ったんだよね」

 自分の行動を振り返ってみると、なんだか恥ずかしくなってきた。

「まあ悪くはなかったぜ」

 なんだか慰められてる気分だ。



「いってきます」

 肌にまつわるような風の冷たさに深まり行く秋を感じる。

 今日は文化祭前日なので、午後は授業がなく学校全体で準備が行われていた。

 3-Bでは『メイドカフェ』という出し物をするらしく女子は衣装を造り、男子は飾りづけをしていた。クラスは盛り上がっていて良いのだが……

「奏汰ーこれどこにつけるの?」「奏汰ちょっとこっち手伝って」と飾りづけ係からたくさん呼び出しがかかり、開始早々既にパニック状態。

 翔に助けてもらおうと思ったが、翔は飾り付けに夢中だったのでやめた。


 すべての準備が終わった時には大分日が傾いていた。

 実行委員の二人は明日の打ち合わせで皆より三十分程帰りが遅れてしまい、翔も帰ってしまった。

 クラスにはやはり誰も居なかったので、仕方なく一人で帰ることにした。

 昇降口で靴を履き替え、外に出ると柳の木の下に由美ちゃんがいた。

 話しかけようか悩んだが、周りに人の気配がしなかったので、勇気をだして話しかけた。


「お疲れ」

 すると由美ちゃんは振り向き、僕の顔を見た瞬間頬を赤らめてモジモジし始めた。

 とても小さな声だったが、しっかりと聞きとれた。


「お疲れ様。明日頑張ろうね」


 由美ちゃんはまた明日と言って逃げるように帰ってしまった。


 その日僕は嬉しすぎて眠れなかった。



 文化祭当日

 実行委員は会場準備があるので、皆より三十分早く登校しないといけない。ウトウトしながら自転車を漕いでいると、曲がり角で由美ちゃんと鉢合わせになった。

「お、おはよう」

 少し頬を赤らめながら挨拶すると、由美ちゃんももじもじしながら「おはよう」と返してくれた。そこから学校まで十分程で着くが、周りに誰もいなかったので自転車を降りて一緒に登校する事にした。正直凄く恥ずかしかったけど、嬉しい気持ちの方が大きかった。

 しばらく二人の足音しかしなかった。やがて僕は勇気を出してずっと気になっていたことを聞いた。


「なんで実行委員やろうと思ったの? 」

 由美ちゃんは何故か分からないが、僕のことをチラッと見てからそっぽを向いてしまった。

 そしてギリギリ聞こえる声で言った。


「今度……教えてあげる……」


 その後も一言二言会話するだけで学校に着いてしまった。会場準備は男子と女子が分かれるので、また後でと言い、僕は体育館へと向かった。主にパイプ椅子を並べるだけの作業だったが、量が多くて大変だった。


 一般生徒が全員集まり、体育館で開会式が行われた。それが終わると、文化祭の始まりである。

 午前中は一、二年生が出し物をし、三年生が見て回る時間だ。しかし実行委員は交代で見回りなどをしないといけないので、あまり見ることが出来なかった。

 十二時半から一時の間は一、二年生は昼食、三年生は出し物の準備時間なので、今度は三年生が慌しくなっていた。


 時計の長針が12、短針が1になった瞬間、一、二年生は我先にと各クラスへ押し寄せていった。


 翔は宣伝係なのか、メガホンを持って廊下へと出て行ってしまった。メイドカフェと言っても、女子がキラキラした服を着ながら客と対応するだけなので、特別なにかある訳ではない。

 一方男子は注文された物(飲み物かお菓子)を皿にのせるだけの作業なので、正直つまらない。


 二時間ほど経つと、レジから小銭持ってきてとの要求があり、誰も行こうとしなかったので、気晴らしに行くことにした。皆が行きたくない理由はいたって単純。クラスが北校舎の三階にあるのに対して、小銭がある教室は南校舎の一階にあるため階段の上り下りが多く大変なのだ。

 ゆっくり行こうと思ったが、待たせるのは悪いと思い、少し早歩きで教室へと向かった。


 五分ほど歩くと、お目当ての教室に着いた。お金を使うクラスはBクラスだけなので、誰も居ないと思っていたが、スッと優しくドアを開けると、目の前の棚を『誰か』がゴソゴソと漁っていた。こちらに気がついていない様子だったので、その人の肩をポンポンと叩き「どうしたの」と聞くと、その人は「ひゃっ」と可愛らしい声を発し、驚いたからか体制を崩してしまいこちらに背中が倒れてきたので、咄嗟に押さえた。すると何処かで嗅いだことのある甘い香水の匂いが鼻を刺激した。まさかと思い顔を見てみると、目の前には由美ちゃんの顔があった。

 五秒ほど硬直していたが、状況を理解した僕は顔を真っ赤にしながら由美ちゃんを立たせて、「ごめん」と言った。少し遅れて状況を把握した由美ちゃんも耳まで真っ赤にして、とても小さな声で「ありがとう」と言った。


 いくらか落ち着いたので、何でこの教室に居るのか聞いてみると思いがけない答えが帰ってきた。

「レジ係の子が小銭足りないって言ってたから取りに来たの」と言った。

 すると次は由美ちゃんが不思議そうな顔をして、

「奏汰くんはどうしてここに?」

 僕は硬直してしまった。好きな子に『初めて』名前を呼ばれたからだ。固まっていると、由美ちゃんは「大丈夫?」と心配してくれた。大丈夫と言い、ここに来た理由を話すと由美ちゃんは俯いていた。「ど、どうしたの?」と聞くと、

「どこにあるかも分からないのにここに来て、急いで探したせいでグチャグチャにしちゃった」と今にも泣き出しそうな顔で言った。それを見た僕はいつの間にか由美ちゃんに抱きつき、「大丈夫」と言っていた。


 ハッと我に返った僕は由美ちゃんから離れてまた「ごめん」と言っていた。由美ちゃんの表情は髪で隠れているので分からない。怒っているのかと思いどうしようか焦っていると、由美ちゃんが突然真っ直ぐな瞳をこちらに向けてきて、


「あの、私、奏汰くんの事が……」

 ガラガラ!! 「奏汰! 何やってんだよ!」と苛立ちと不安の混ざった翔の声が教室に響いた。

 二人の立ち位置と表情を見た翔は一瞬で状況を飲み込み、奏汰の腕を引いて小声で「お取り込み中悪いが小銭尽きた上に二人が居ないってパニックになりかけてるから一旦戻るぞ」と言うと奏汰は焦った顔で「まだ小銭取ってない」と言った。すると翔は黒板の横にあるロッカーを開けてそこにある金庫に『1325』と打ち込み、一円と十円と百円の束を取り「急ぐぞ」と言った。


 走ったお陰でギリギリ間に合った。怒られると思いドキドキしていたが、ドアから顔を出すと皆「良かった」「間に合った」「大丈夫?」と怒ってる者は見える限りでは居なかった。


 その後は順調に進み、『成功』という形で終わらせることができた。

 クラスの片付けは次の日でいいということだったので、『実行委員』以外は皆帰った。

 実行委員は体育館の片付けがあり、終わった頃には実行委員以外は全員帰ってしまっていた。

 特に一緒に帰る人も居ないし、家に帰っても暇なので少し寄り道をすることにした。


 家から離れてしまうがお気に入りの場所があるのだ。嬉しいときも、悲しいときもよくここに来ていた。

 そこはちょっとした展望台になっており、沈む夕日を見ることのできる場所。

 坂を登りきると、『誰か』が展望台から夕日を眺めていた。近づいてみると思ってもいなかった人がそこに居た。

 僕はその時やっと『決心』がついた。


 その人の隣に立ち、「由美さん」と声をかけた。

 由美さんは少し驚いていたが、「はい」と返事をし、二人は向き合った。

 沈みかけている夕日を横にし、真剣な顔で僕は心の内を明かした。


「僕は君の事が大好きです! この世界の中で誰よりも君のことが大好きです! こんな僕でよければ……その、つ……付き合ってください!」頭を下げた。


 由美ちゃんは真剣な眼差しで僕の話を聞いていてくれた。少しの沈黙。

 終わったと思い顔を上げようとした瞬間、突然抱きつかれた。僕が固まっていると……

「私も大好きだよ。奏汰くん」

 夕日の光が二人に反射して瞬いていた。





「ピンポーン」ガチャ、

「お帰りなさい」

「残業で遅れた。ごめんね」

「大丈夫よ。だって今日は結婚記念日だもの」

柔らかい唇が僕の唇に触れた。


 僕は今、幸せな家庭を築いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高校三年生の一ヶ月 なおすけ @udonman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ