第4話


  扉を開けたレイクス達の視界の先にはして、カリュープスの鋼で覆われた尻尾だった。

  想像以上の大きさにレイクスは少し足がすくむ。

  カリュープスは眠っているのか、こちらに反応を示さなかった。


「眠ってるみたいだし、このまま逃げないか?」

「戦う必要もないからの。それに労力を使わないで済むならそれに越したことはない」

「じゃあその方向で行くぞ」


  レイクス達は屈みながら壁を伝って、カリュープスから距離をとる。

 胴体、顔と慎重に進んだところでようやく扉が見えた。


「おい、もう少しで出口だ」

「……腹が空いた」

「は? こんなときに何を言って……」


  ぐぅぅぅぅとミオレの腹が再び鳴いた。

 その音に反応したカリュープスは目を開ける。

  視界に映るのは、屈んで扉を目指していた二人の人間。

 侵入者と判断したカリュープスは、鋼の翼を羽ばたかせ退路を塞ぐ。

 着地と同時に凄まじい風圧と共に砕けた散った石や砂がレイクス達を襲った。

 レイクスはミオレを覆う形で風圧に耐える。


「さっき干し肉食ったばかりだろ! 腹の虫鳴らすならここを超えてからにしてくれ」

「すまない……不覚であった。それと妾は護らなくても問題ないぞ。……ただ護ってもらえたのはとても嬉しかった」

「お、おう」

  レイクスは照れているのか頬を掻く。


「戯レハ終イカ人ノ子ヨ」


  第三者の声が聞こえ、レイクスは驚いたが平然さを取り戻す。


「わざわざ待っててくれてありがとよ」

「会話ノ邪魔ヲスル程無粋ナ真似ハシナイ」

「……だったらお前が塞いでる扉を通してくれないか?」

「コノ洞窟ノ守護者トシテ貴様ヲ地上二帰ス訳二ハイカナイ」

「交渉は不成立か……。ミオレ、戦闘準備だ」

「言われなくとも分かっとる」


  レイクスは剣を構え、ミオレは吸い込まれるように、剣の中に消えた。


「覚悟ハ良イカ人ノ子ヨ」

「ああ、良いぜ」

「ソレデハ参ル!」


  カリュープスは洞窟中響き渡るような咆哮を上げた。

  そして、大きな鉤爪が地面を削りながらレイクスに襲いかかる。

  それ程速さはない一撃をレイクスは難なく躱す。


「なあ、ミオレ。武器化の状態でも喋れるのか?」

『念話で会話できるから安心してよい』

「それは良かった。この『力』の能力はどうやって使えばいい?」

『妾がこの剣に入り込んだ時点でもう能力は付与されている。物は試しじゃな。あの薄鈍を斬ってみるがいい』

「了解」


  単純な遅い動きで襲いかかるカリュープスの攻撃を掻い潜り、鎧のような胴体に剣を入れる。

 撃力を膨張させ、鋼の硬さをもろともしない一撃。

 剣はすんなりと入り、鮮血が飛び散る。


「凄いなこれは……。切れない物はないんじゃないか?」

『当然のことよ。力こそ強烈にして、猛烈にして、頸烈。……つまるところ最強じゃな』

「自己評価高過ぎるだろ……」


  レイクスは呆れた風に呟く。


「馬鹿ナ……鋼ノ身体二傷ガツイタダト……?」

「お前の誇る堅さは俺には無意味だぜ。このまま斬られるか、そこを退くか……どうする?」


  カリュープスは不気味な笑い声をあげ、

「面白イ。コレダカラ人ハ面白イ。我モ本当ノ姿ヲ見セヨウ!」


  そう言うと、カリュープスは身体の鋼を風圧と共に飛ばした。

  部屋全体に降り掛かる鋼の雨をレイクスは剣で受け止める。

  受け止められきれなかった鋼は、一つまた一つとレイクスの身体に傷をつけた。


「不意打ちにも程があるぜ。まさかご自慢の鋼を飛ばしてくるとはな」


  身体についた切り傷を回復魔法でレイクスは応急処置をする。


「不意打ちも立派な戦法だ。これこそが我の本当の姿! 行くぞ人の子よ」


  カリュープスは鉤爪を振るう。しかし、鋼を纏ってときよりも速さが違った。

 何とか一撃は躱せたが二撃目は剣で往なし、三撃目は間に合わず剣で防ぐのが精一杯であった。

  剣で防ごうとした攻撃は威力を殺しきれず、後ろに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

  骨が何本か持って行かれたがレイクスは平然としていた。


「堅さを捨てて、速さを取ったのか……。これじゃあ能力も発動する隙もない。だったら俺も攻めるだけだ!」


  レイクスは壁を伝い、大きく飛躍。カリュープスの眼球に目掛けて剣先を向ける。


「甘い!」


  カリュープスはレイクスを地面に叩きつけようと腕を振り下ろす。


「それはどうかな」


  そう言い、身を翻して襲いかかる腕に剣を投げ能力を発動させる。そして、重力で落ちる身体でカリュープスの眼球に蹴りを力強く入れる。

  投げられた剣は腕から入り、肩まで突き抜けたところで腕と剣が地面に落ちた。

  そして、華麗に着地したレイクスは顔についた血を拭い落ちた剣を拾う。


『妾を投げるとはお主は阿呆なのか!?』

「有効な攻撃手段はあれしかなかったから仕方ないだろ? そのおかげで腕一本と片目を潰せた」

『……それはそうだが。妾を大事にしてもらいたい。これでも乙女だからの』


  不服そうにミオレは呟く。


「分かったよ。なるべく気をつける」

「……これは一本取られた」


  大量の血を流しながらカリュープスはレイクスに敬服していた。


「人間を舐めてたら痛い目みるぜ」

「懐かしい。貴様みたいな人の子を我は良く覚えている。貴様は英雄か?」

「生憎それは違う。俺はただのならず者だ」

「ああ、その答えも正しくそのままだ。貴様に殺られるなら我が本望。この死に損ないの我を散らせてみよ!!」


  カリュープスは二度目の咆哮を上げた。


「何だか分からんが、俺にできることならしてやるよ!!」


  カリュープスは一直線に走り出す。

  その攻撃にレイクスは剣を構えて真っ向勝負で立ち向かう。

  猛進してくるカリュープスに臆さず疾走。剣がカリュープスの身体に触れる。

 その衝撃をレイクスは受けた。全身が軋むような痛みに襲われ、身体が吹き飛ばされそうになるのを足腰で耐え切る。

  『力』の能力は発動され、猛進するカリュープスは勢いを殺しきれずに、そのまま切り裂かれた。


「見事……」


  その言葉を最後にカリュープスは息を引き取った。


「そりゃどうも」


  レイクスは『力』を頼りにしてしまっていた。もしもこの能力がなかったらどうだっただろうか?

  恐らくは勝つのは厳しかっただろう。本来ここに来るときは『力』の能力はないのだ。レイクスは己の弱さに歯噛みした。


「終わったな」


  いつの間にか、武器化を解除したミオレは腕を上げて伸びていた。


「ああ……、終わった」

「こんな程度で感慨に浸っていたらこの先やって行けぬぞ?」

  「それもそうだな。ありがとなミオレ」

「べ、別に、礼を言われる程の事ではない」


  ミオレは少し頬を紅くし、ぷいっとレイクスから顔を逸らした。


「それじゃあ、王都に行くか」

「待て」


  ここから立ち去ろうとするレイクスをミオレは裾を引っ張って止めた。


「何だよ?」

「……腹が空いた」

「……もしかしてミオレ、カリュープスを食うのか?」


  レイクスは亡骸になったカリュープスに視線を落とす。


「食えぬことはないだろうが、流石にそんな真似はせん」

「だろうな。じゃあどうしろと?」

「妾はここで待っているから、適当に魔物を狩って来てくれ」

「分かったよ。腹ぺこ姫」


  そして、レイクスは盛大にため息をついた。

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イミタシオン・ヘルト〜神殺しの英雄〜 煉獄の業火を放つ鶏 @niwtori114514

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