第3話

「妖精の類だと?」


  ミオレから言われたことにレイクスは首を傾げた。


「うむ。妾達は戦士スレイヤーと契約し、妾達が武器の中に入り込んで各々が特殊な能力が発揮できるようになっておる」

「特殊な能力ってなんなんだ?  過去の文献を探しても見当たらなかったぞ」


  過去に神が降臨したのは四百年も前のことである。

 戦士スレイヤー達がそれぞれ十二体の神を封印したことで事なきを得たが、二年前に一体の神が解かれ、大勢の死者がでたことは記憶に新しい。そして、神の封印が解かれると共に新たに十二人の戦士スレイヤーが選ばれたのだ。


「『力』、『磁力』、『重力』、『知識』、『時空』、『霊操』、『幻想』、『自然』、『光』、『影』、『音』、『概念』の十二の神の力を模倣したのが妾達の能力。因みに妾は『力』じゃな」

「能力については分かった。……さっきミオレは契約と言っていたが戦士じゃない者が契約したらどうなるんだ?」

「精神が壊れて廃人になるか、狂人になるかのどちらかかの。そもそも、戦士スレイヤー以外がここまで来るのは不可能じゃな。神戮具ラグナロクが封印された洞窟は外では見かけない強力な魔物に溢れているからの」

「それもそうだな。それで、ミオレと契約するには何をすればいいんだ?」

「はっ、抜かしおる。妾がいつお主と契約すると言った? 義理も道理もなしに契約するのは愚かであろう」


 レイクスは少しの間思考し、

「……つまりは俺と契約して有益なことを言えと?」


  ミオレは大きく頷いた。


  レイクスは何かミオレの気を引くようなことはないかと考える。


 ふと、レイクスは何か思いついたように、

「……ほら、洞窟は退屈だろ?」


 図星だったのか、ミオレは額に汗を浮かべる。


「た、確かに長い眠りから覚めてから退屈であったがお主と契約する理由にはならん」


 そう言って、ぷいっと顔をしかめる。


「ここで俺と契約しなかったらどうなるか分かっているのか?」


  ミオレはレイクスに言われたことに言葉を失う。


「神との戦いはどれくらい続くのか分からないが、ミオレは洞窟で何年も寝て過ごすのだな」

「……嫌。嫌じゃ!」


  ミオレのオッドアイの瞳は僅かながらに潤んでいた。


「おい泣くなよ。俺が悪かった」


  レイクスも流石に言い過ぎたと思ったのか少し動揺する。


  ミオレは涙を拭い、

「な、泣いてなどいない! これは……これは目にゴミが入っただけじゃ!」

「洞窟を出て、三日ほど歩いたところにグランエディアという王都がある。そこは活気に溢れていて、フェルミウトの塔から見る街の夜景はとても美しいぞ。そして、何よりも飯が美味い。王都に辿りついたら好きなだけ食べろ」


  虚勢を張って強気でいるミオレをレイクスは甘い言葉で宥める。


「……それは本当か?」

  潤んだ瞳で上目遣いという破壊力抜群な攻撃をされたレイクスは赤面し、ミオレから目を逸らした。


「お、おう好きなだけ食べろ」


  そう言うと、ミオレは瞳をキラキラと輝かせていた。


「それで、俺と契約してくれる気にはなったか?」

「良かろう。別に食い気に負けたわけじゃないからな?  勘違いするでないぞ。あくまで退屈だからお主についていくのだからな!」

「はいはい」


  言い訳をしている子供にしか見えないミオレをレイクスは呆れた風に見つめていた。


「それで契約する方法はどうすればいい? 」

「妾の魔力を入れ、その魔力の混じったお主の血を武器につける。然すれば契約は完了だ」

「俺の場合は剣だな」


 レイクスは背を向け、首筋を差し出す。


  「ではゆくぞ」


 純銀のように輝く銀髪をかきあげ、鋭い八重歯で首筋に噛みつく。




  少しの痛みと同時にレイクスは異物が血液の中に入ってきた感覚。

 その感覚が段々と強くなっていき、胃液を吐き出したくなってくる。

 気が狂いそうになるほど気持ち悪い感覚をレイクスは唇を噛み締め堪えた。

 どれくらい続いたのだろうか一分、十分いや、数十秒だったのかもしれない。それくらいレイクスには長い時間だった。




「魔力は入ったぞ」


  重たい身体を何とか動かし、剣で指を切る。

  剣が血を吸い込んでいき、容量に達したのか剣は血を吸い込まなくなった。


「契約完了だ」


  ミオレが八重歯に血をつけながらニカッと笑う。


「ああ、これから宜しくなミオレ」


  レイクスの顔色が悪いことに感づいたのかミオレは小首を傾げて、

「どうしたそんなに疲労した顔しおって。こんな契約くらいで軟弱なものやのう」


「ここまで来るまでに沢山の魔物を狩ってきたからな」

「とてもそんな風には見えんがのう。まあいい、契約が済んだならば王都に行くぞ」


 ミオレはレイクスを見透かした目で見つめていたが、気が済んだのか閉ざされた扉に向かって歩き始める。


「なあ、俺が来た道は塞がってるけどあっちの扉は何か居たりするのか?」

「お主は扉から来たのではないのか?」

「あそこに瓦礫の山があるだろ? そこから俺は来た」


 ミオレは少し驚き、何か考える様子で、

「なるほど。だとしたらあの龍は倒していないのか」

「龍だと?」

「最後の試練として用意してあったのだが、倒さないでここに辿りつくとは、まさかのことよ」

「もしかして帰るためには、その龍を倒さないといけないのか?」


  ミオレは静かに頷き肯定。


「全身を鋼で覆われた龍――カリュープスを知っておるか?」

「いいや、知らないな」

「そうか。まあ知らなくても問題無かろう。さっさと其奴を倒して王都に参るぞ」


 そう言い、ミオレとレイクスは重い扉を開けた。

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