二十二、十九
桜 導仮
二十二、十九
彼女は私から目を逸らし言う。
「ごめんなさい」
その一言で私の恋は終わった。
帰り道、
「はぁ……」
ため息をつく。
何がいけなかったのだろうか。
顔か? やっぱり顔なのか? ……それ以前の問題か。
「はぁ……」
項垂れ、もう一度ため息をつく。
あんまり考えすぎるのもよくないか。
顔を上げると自分の家が見えた。
ふと、時計を見ると七時半。これからの事を考えると億劫になる。
玄関の前に立ち、家の鍵を取り出し、鍵を開ける。
扉を開くと
「お帰り」
と、目の前に立つ鬼、もとい母が言った。
「ただいま」
声が震えそうになるのをこらえ、言う。
「あんた今何時だと思ってるの。皆もうご飯食べ終わってるのよ。誰が食器片付けると思ってるのよ」
これから数分、小言が続くなと思いながら下を向く。
中学生二年生とは言え、小児の頃からこうだと身に沁み付いた恐怖感が沸き出る。
「大体あんたはね――」
「お母さん」
過激になりそうな母を遮ったのは姉だった。
「もうそれぐらいでいいんじゃない? ご近所さんにも聞こえちゃうし」
「そう? あなたが言うならそうなのね」
さっきのが嘘のように大人しくなる。母は姉に甘い。
「お姉ちゃんに感謝するのよ」
母はそう言って立ち去った。
「いつもいつも大変ね」
姉はにやけながら言う。
「出来損ないだから仕方ないわよね」
姉は二階の自分の部屋に向かった。
私はリビングに向かう。
リビングに続く扉を開けると、ソファーで新聞を読んでいる父の姿を見る。
「ただいま」
私は父に向って言うが、
「……」
父から返事が返って来る事は無かった。
冷蔵庫に向かい開けると中には今日の分の食事が入っていた。
食事を取り出しレンジにかける。
私が一人暮らしするまでずっとこんな感じなんだろうな。
翌朝、いつもと同じ時間、五時に目を覚ます。
私は二階の自分の部屋からリビングに向かう。
リビングの机にはいつも通り食パンが置いてある。
中から一枚取り出しトースターで焼き上げる。
慣れ親しんだ朝食だ。
制服に着替え、靴を履く。
時計を見れば六時。
そろそろ父が起きる時間だ。
玄関の扉を開け、外に出る。
清々しい青空だった。
校門に着く。
家からここまで一度も知り合いに会った事は無かった。
だが、今日は違った。
彼女だ。
昨日私が告白した彼女、水仙さんが目の前を歩いている。
振られたにも関わらず胸は高鳴る。
声を掛けようか考えている内に彼女は遠ざかっていく。
私は慌てて後を追いかける。
彼女は靴を履き替え階段を上ってく。
同じ様に行動していく。
二階、三階と上っていく。
教室は三階にある。
しかし、彼女はそれを無視し四階に続く階段を上る。
後を付けると彼女はどんどん階段を上っていき最終的に屋上の前まで来た。
本来ならば開くはずのない扉が彼女の手によって開けられていた。
彼女は何の迷いもなく屋上に出る。
扉の陰から様子を窺うと、彼女は鞄を足元に下し、靴を脱ぎ、フェンスに手と足を掛けた。
私は飛び出し、彼女の腰に抱き着く。
「え」
彼女は口にし、後ろを振り向いた。
目が合う。
しばしの沈黙。
「あのー……」
彼女が声を発する。
「そろそろ離して貰っていいかな?」
「……馬鹿な事はしないって約束してくれるなら」
我ながら図々しいと思った。
「あー……うん、しないしない」
彼女の返事を聞き私は拘束を解く。
フェンスを降りる姿を見ながら私はこれからどうするかを考える。
「あの」
足が地面に付いた時、声を掛ける。
「何でこんな事しようとしたんですか」
「えーと」
目を右往左往させてる。
「き」
「気分転換?」
ばつが悪そうに言う。
「死のうとしてたんですか」
彼女の答えなど関係なく私は聞く。
「そんな事――」
「私のせいですか」
「え?」
「私が女なのに告白して」
自然と涙が溢れた。
「それで……」
「そんな事無いよ」
彼女は私を抱きしめてくれた。
「正直最初は驚いたよ。でも、桔梗ちゃんの目を見たら本気だって分かるし」
一拍置き、
「だから桔梗ちゃんのせいでは無いよ」
「でも、」
私は彼女の顔を見る。
「そしたら何で死のうとしてたんですか」
死、と言う言葉に彼女の身体が一瞬強張るのが分かった。
「それは……」
彼女は頭を左右に振る。
「いや、君には言ってもいいか」
意を決したようだ。
「正直さ私、今の生活が嫌なの」
「どうしてです? 生徒会役員もやってて人望もあるのに」
「それが嫌なんだよ。皆して私の事をいい人だって」
噛み締める様に言う。
「どいつもこいつも私に勝手な妄想押し付けて、やれ家は豪邸だの執事をつけてるだの、うるさいんだよ」
無意識の内に力が入っているのか私は締め付けられる。それはそれで幸せだと思う私は。
力を入れてる事に気が付いた彼女は、
「あ、ごめんね」
そう言って力を緩める。
「だから私は死のうと思ったんだ」
「でも……」
「いいのよ、今の人生に何も見出せないから。それに、」
彼女は何処か遠くを見つめる。
「私の家さ、貧乏で、母子家庭なんだよ。昔からお母さんばっかり無理してそれで最近倒れちゃってさ」
また力が入る。
「だから私が死ねばお母さんも少しは楽になるかな、って」
「残されたお母さんはどうなるんですか」
「正直……どうでもいい」
彼女は笑顔で言った。
「散々色々と言ったけど正直うんざりしてたんだ。家庭環境もろとも」
言葉は出なかった。
「だから私は死ぬの」
彼女は私を離し、フェンスに近づく。
「ま、待って下さい!」
私は咄嗟に、
「そしたら私も死にます!」
「へ?」
「貴女がいない人生なんて私には意味なんて無いんです!」
「いやでも家の事とか」
「あんな家どうでもいいです!」
「ほら友達とか」
「そんなものはいません!」
「あとはーえーと」
「兎に角私は死ぬまで貴女の隣にいたいんです!」
沈黙。
「本当にいいの?」
聞いてくる。
「私みたいな自分勝手で死ぬ奴なんかと」
「むしろ貴女じゃないと嫌なんです!」
彼女は一瞬考える素振りを見せた。
「うん」
そう決意し彼女が近づいてくる。
私の前に来ると頭を下げ、
「こんな私ですが、よろしくお願いします」
そう言った。
「はい!」
頭を上げ何も言わず私達はフェンスに向かう。
「あのー」
と、聞き慣れない声が後ろからする。
私達が振り向くとそこには真っ黒なスーツを着た女の人が立っていた。
「私こう言う者でして」
そう言って一枚の紙を渡してくる。
「自殺支援団体?」
名刺サイズの紙には女の名前も連絡先も無く、それだけ書いてあった。
「貴方の名前は無いんですか?」
水仙さんが聞く。
「そうですね、元の名前は皆捨ててますね。そしたら」
女は辺りを見渡し、一拍。
「私の事は『黒』とでも呼んで下さい」
黒と名乗った女は一礼する。
「私達は団体名通り、自殺する人達を支援する団体です」
「支援?」
「はい。自殺すると言っても、飛び降りをしようとしてなかなか飛べなかったり、練炭自殺しようとして運悪く生き残ってしまう、なんて事もあります」
女は笑顔で言う。
「そんな人達の為に私達は確実に死にたい人を殺す、と言う支援を行っております」
女が話終えると、辺りは静寂に包まれる。
最初に声を発したのは水仙さんだった。
「そんな事されなくても、飛び降り位自分で出来ますよ」
女の顔に変化はない。
「それでしたら私達は止はしません」
挑発するかの様に言う。
「桔梗ちゃん、行こう」
水仙さんは私の手を引きフェンスに近づく。
私達はフェンスを上り、内側に降りる。
下を見ると人影が見えた。もう生徒が登校する時間になっていたのか。
隣を見ると水仙さんも下を覗いていた。
しかし、その顔は青ざめていた。
「水仙さん?」
私は彼女に問う。
「桔梗ちゃん……」
こちらを見る。
「ごめん、私怖くなっちゃった」
「ね、そうでしょう?」
後ろから声がする。
「そう言う人達の為に私達はいるんです」
女は依然笑顔だ。
「死にたいと思った人間はいざ死を前にすると駄目になるんですよ」
女と目が合う。
「まあそれ以外の人間もいますが」
明らかに私に向けて言っている。
「すぐに決めろとは言いません。決心がついたら、えーと、そうですね」
女は懐から折り畳まれた紙を取り出し、広げる。
「この近くでしたらあそこのトンネルですね。トンネルの最初の扉、そこから入って真っすぐ突き進めば私達の本部に着きます」
彼女は一礼した後、
「それでは失礼します」
そう言い去ろうとするが、振り返り、
「一つ言い忘れてました。『二十二、十九』これを覚えておいて下さい。それでは今度こそ」
扉から出ていった。
あれから私達は屋上に佇んでいた。
「ごめんね。私が決心つかなかったせいで」
水千さんはさっきからそればかりだ。
「大丈夫ですよ。それよりさっきの」
私はさっきの名刺を眺める。
「……行こう」
私達は顔を見合わせる。
「自分の手で出来ないなら誰かにやってもらうしかないよ」
「そうですね」
夜、腕時計を確認すると夜十時。普段ならこの時間に帰っていたら大目玉だ。
「桔梗ちゃん」
声の方向を見ると暗闇から水仙さんが現れた。
「それじゃあ行こうか」
彼女はそう言って手を差し出す。
「はい」
私は手を取り、私達はトンネルの中に向かう。水仙さんの手は震えていた。
指示の通り最初の扉、その扉を開けると真っ暗な闇だった。
「本当にこの中なの」
水連さんの声は震える。
「確認する為にも行かなきゃですよ」
「そ、そうね」
私達は闇の中を進む。
「どれだけ歩けばいいのよ」
とうとう水仙さんは泣いてしまった。
入ってからどれだけ歩いただろう。
闇は人を狂わせるとは言うが本当だ。
「もうやだ……」
彼女は座り込もうとする。
限界か。
そう思った時、
「いらっしゃい」
そんな声が横から聞こえる。
「こんな所まで来るなんて、うちのお客さんでしょ?」
暗闇で分からなかったがよく見ると、真っ黒なスーツを着た男が立っていた。
「あ」
私の手から水仙さんの手が離れる。
「ねえ! 本当に私達死ねるのよね!」
彼女は男に縋る様に聞く。
「ええ勿論! そんな状態になるまでとは。さぞ辛かったのでしょう。ささ、こちらへ」
男は言って後ろにあった扉を開ける。
中からは光が漏れ出し、思わず目を閉じてしまう。
目が慣れるとそこは教会の様になっていた。
一つ違うのは正面、神父が本来立であろう場所。
そこが檻になっていた。
檻の中は十字架が五つ横に並び、それぞれの上に杭があった。
周りを見渡すと、所々に老若男女問わず真っ黒なスーツを着た人間がいる。他には椅子に座っている私服の人間だけだ。
「それじゃあ順番もあるから椅子に座って待っててね」
男は椅子を指差しながら言う。
「水仙さん、行こう」
彼女の手を取り歩く。
何も言わず付いて来てくれる。
手近な椅子に座る。
「やっとだ」
彼女が呟く。
「やっと死ねるんだ」
『これから初めまーす』
そんな軽いアナウンスが掛かる。
それと同時に前の方にいた私服の人達が歩き出す。
歩き出した人達は仕事帰りの様だったり、制服だったりと様々だ。
檻の中に次々入って行く。
十字架の前に一人ずつ、そして一人につき一人、スーツの人達が付く。
スーツの人達が十字架に人の手足を縛っていく。
全員の作業が終わりスーツの人々は檻から出ていく。
檻の中は異様だった。全ての人間が貼り付けの状態にされ、なおかつ全員が笑顔なのだ。
正直不気味に感じた。
『ビー』
と、上映の合図の様な音が鳴る。
それと同時に十字架の上にあった杭が勢いよく落ちた。
するとどうなるか。
下にあった人間の頭が次々に潰れていく。
辺りを静寂が包む。
後になって込み上げて来るものがある。
スーツの人達が檻の中に入り掃除を始める。
周りでは数人吐いている人もいる。
そんな中、
「い、嫌だー!」
そう叫んで逃げ出そうとする男がいた。
男はすぐさま取り押さえられた。
男が暴れていると一人の女性が近付き抱きしめた。
そして耳元で何か呟いた。
すると男はさっきのが嘘の様に落ち着き、今では笑顔だ。
そして男は檻の中に連れてかれ先程と同じ様に頭を潰された。
その光景を見て隣の水仙さんは玩具を買ってもらった子供の様に目を輝かせていた。
何週しただろうか。
ようやく私達の番になった。
流石に最後に入っただけあって最後だ。私達以外はスーツの人達以外いない。
誰もが例外無く潰された。
私達は檻に入り貼り付けにされる。
「どうも」
私を貼り付けている女に話しかけられる。
「黒さん……でしたっけ」
「正確には名前なんて無いんですけどね」
彼女はあの時の笑顔のままだ。
「しかし、残念ですよ」
「何がですか」
「貴女もここの異質さに疑問を感じているでしょう?」
「……」
「ここで一つ提案なんですけど、私達と仕事しませんか」
「何故」
「ここに疑問を持つのは素質があるんですよ。この仕事の」
「何のメリットが?」
「大きなのは無いですよ。少し寿命が延びる程度です」
「それなら私は」
隣を見る。
「彼女と死ぬ事にします」
水仙さんと目が合う。
「桔梗ちゃん、楽しみだね」
彼女は微笑んだ。
私は笑顔で頷いた。
「そうですか。残念です」
そう言って女は出ていった。
私は目を閉じる。
『ビー』
上映の合図で人生の幕を閉じるなんて変なの。
そう言えば、『二十二、十九』って何だったんだろう?
そんな事を考えていると、
「桔梗ちゃん、ありがとう」
声の方を向くと水仙さんの顔、そして潰れた。
私の最後に目に焼き付いたものは、そんな綺麗な光景だった。
「惜しい人を無くしました」
私は散らばった物を集めながら呟く。
「お前その子スカウトしてたもんな」
隣で作業している先輩に声をかけられる。
「ええ、昔の私にそっくりで。でもいいなあ」
「何が?」
「私は最後に」
嘘つきと言われましたので。
二十二、十九 桜 導仮 @touka319
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます