【掌編】白長髪 (四〇〇字からの「人物描写」コンテスト)

 私はよく近所の銭湯に行く。気分のわるいときに、広い空間に独りで居たい、と感じる人間なのだ。

 体質として、私は髪が白かった。、とからかわれるのを忌んで、腰まで髪を伸ばしている。この解決策は中学のときに閃いた。アーサー王伝説の龍に託つけたのだ。

 番台の小母さんに、今日はあれやっていい、と聞いた。今日は大丈夫らしい。

 適当に身体を洗った。泡立った洗髪料の泡は白い。髪に不自然な気泡が浮いた。

 ぬるま湯で洗剤を流した。髪を雑巾のようにきつく絞る。「くすみのない雑巾」というのも不自然な比喩だけれど。

 広大な浴槽を一人で専有する。

 しかも髪を縛らずに、喩えるならば、塗料の刷毛を、壁に力一杯に押し当てるように、拡散する。

 水垢の付いた天井を見上げる私は、私のすべてが私になる感覚と、どこかに隠れたくなる感覚を同時に味わった。

 緩やかに伸びた白い髪も、小ぶりな乳房も、無毛の局部も、私は遍く肯定し、肯定された気分になった。

 風呂上がり、番頭さんは牛乳を奢ってくれた。瓶が汗を掻いていた。番頭さんは他の客を相手に仕出した。


【了】(450字)

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