掌夢箱(しょうむしょう)
本田育夢
旧作
【掌編】或る髭の男 (四〇〇字からの「人物描写」コンテスト)
うちの大学には仙人が如き清掃員がいる。彼の特徴は何と言っても、黒々と繁茂した髭なのだ。
口と顎の髭が連結していて、食事に支障が出るだろう。歯医者からは出禁を喰らうだろう。洗顔はしているようで、鼻毛や耳毛にも問題はなく、制服も着こなしている。なおさらに髭が異質だった。
挨拶すると明朗に返してくれるうえ、勤務態度は真面目そのものだった。しかし、友人には彼を気味悪がる連中も多い。
いくら教養主義を謳う大学でも、宜なるかな。
あるとき、彼と自分は休憩時間が偶然に重なって、校舎の休憩所で缶珈琲を一緒に飲んだ。彼は練乳入りのそれを器用に呷った。窓の外には、夕間暮の紫紗幕があった。
寝不足ですかネ、と聞かれた。確かに、自分は課題提出のために、徹夜をしていたのだ。
自分は首肯して、右目の奥の疼痛を憂いた。
勉強好きな生真面目は好いですが、と彼は続ける。身体は資本です。死んじまったら月夜の提灯、と彼は戯けた口調で言った。
「ま、いまは熱心な学生さんたちを支えられて、幸福ですよ」
夜道に注意するように言われた。そこで休憩時間は終わったのだ。
日常の何気ない仕事に従事するひとを、自分が尊敬するようになったのは、きっと彼のおかげである。
【了】(504字)
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