第20話 妖精王女降臨
「ち●ぽこかたくておいしいな!」
「な、なにぃーッ!?」
「いきなりなに!?」
「おま●こずぽずぽきもちいい! フ●ラチオじゅぷじゅぷがんばるぞ!」
黒江ちゃんたちが騒ぐ。そうだろう。僕もそうだった。
知らないから驚く。知っていれば驚かない。僕はもう、驚かない側の人間だ。
「あーん、イクイク、イックー!」
発声練習を終え、演技に入る。
演技? いや、違う。ここは沈黙の森。
私の名はウィンビィ。螺旋の一族、フェアリィの王女、ウィンビィ・ファル・テスラ・スプリング。森の最奥、常春の園に住まう妖精のひと羽。
この小さな胸の中に潜ませた恋心の相手は遠い異国より参られたヒト族の男性……。
「お待ち下さい。偵察兵の報告によれば、迫るオークの軍勢は一万を超えるとのこと。その上軍を率いるは闇の将軍ゲストロフ。いかにあなたが失われた英雄の力を引き出せるといっても、到底勝てる相手ではありません」
「それでも行くというのなら、どうかその聖剣で私の体を貫いて。あなたのいなくなった世界なんで、生きる価値などないのです。ならばいっそ、あなたの手で……王女としては失格かも知れません。ですが、それが私のせめてもの望み……」
「……ずっと、ずっとお慕いしていました。ヒトと妖精、英雄と小国の王女。あなたと私ではあまりに身分が違いすぎる。この身朽ち果てるまで、秘密にしておくつもりだったのですが……いざあなたとの別れを前に、言わずにいられなかった弱い私を、どうかお笑いになって下さい……そして、お笑いついでにお聴き下さい……私はあなたのことを愛しています」
戦争の最中、花開く恋。引き裂かれる二人。
正確にはこんなシーンは原作にはない。直見さんが話を膨らませた二次創作だ。
けども、直見さんの筆力が原作未読の人をも惹きつける力作へと引き上げていた。
黒江ちゃんたちの視線が手に取るようにわかる。
ウィンビィの語りから、目が離せない。
王女の想いは果たして、主人公に通じ、愛の証として最初で最後の口づけを交わす。
しかし、二人には一時の甘い語らいすら許されない。今は国の滅ぶ瀬戸際なのだ。主人公はウィンビィを殺めることはできず、ウィンビィもただ主人公を見送ることしかできない。恐らくそれが永遠の別れになるとわかっていたとしても……。
鼻をすする音が聞こえてきた。
「ううー、ウィンビィ、マジかわいそうなんだけど……ねぇ、国吉。これどうにかなんないの?」
「なんない……フェアリィの国なくなっちゃう……ズズ」
原作を知っている国吉さんだけでなく、仲田さんまで涙を流していた。黒江ちゃんだけは不機嫌そうな顔をしている。
「すごい。本物のウィンビィのようだ……あれが男の娘の力だというのか」
「あんなにかわいいのにオチ●チンがついてないはずがないでござる」
小野寺さんと服部さんが口々に言う。感情移入は十分。引き込めた。
直見さんが満足そうな笑みを浮かべていた。
「ぶちかましてやりなさい」
と目で言っている。僕は他に気づかれないように小さく頷いた。
そして、唐突に始まる、オークによる陵辱シーン。
「ほぎゃああああぁぁ!?」
けったいな悲鳴を上げる仲田さんたちに、構わずウィンビィは物語を続けた。
「まさかオークに幻覚魔法の使い手がいたなんてッ!? ハヤト様は!? 本物のハヤト様はどこッ!?」
「ククク、お前の大好きな勇者様ならほら、そこにいるぜ……首だけだがナ」
「勇者弱ッ!?」
「そしてお前がキスしたのはオークだ」
「オークなのっ!?」
最愛の人を殺され、幻覚に心を弄ばれ、醜く下劣なオークに来る日も来る日も嬲りものにされ、ウィンビィはいつしか廃人同然になっていく。そして、悟るのだ。
「あの人もいない。国もなくなった。私の守りたいものは、なに一つなくなってしまった……そうよ、なくなってしまったのなら、もう努力も我慢もする必要はない……この快楽の波に身を委ねればいい……だって、こんなに気持ちいいんだもの、楽しまなきゃ損てものだわ……どうせ、もう私には他にすることなんてないんだもの……! アッ、イイッ! 気持ちイイッ! オークのオチ●ポ気持ちイイッ! もっとして、もっともっと貫いてッ! あの人のことも国のみんなのことも、全部忘れるくらい、たくさんのザ●メンで、私を真っ白に染め上げてぇぇーッ!?」
……。
……。
「どう?」
「どうもこうもねぇよ……」
息も絶え絶えの様子で、黒江ちゃんは言った。
赤くなった顔。珠のように噴き出した汗で髪の毛が肌にはりついていた。
たっぷり十分はセ●クスシーンを演じた後。
「パンパンパン! もういいわ。美幸くん」
ふと見れば、直見さん以外の全員がぐったりとしていた。
熱中しすぎてところどころ記憶がないけれど、なかなかの手応えだったと思う。まだウィンビィが体に宿っているような余韻がある。それを証明するように直見さんは夢見るような表情で褒めてくれた。
「素晴らしかったわ。私の心のチ●コがフル勃起よ! やっぱり私の目、いや、私の耳に狂いはなかった。君こそ人の心を操る魔性の演じ手よ!」
その言葉が嬉しい。その表情が嬉しい。嬉しさを表現するのにこの体では足りないくらい。しっぽがあったら振り回したい。
ただ、この演技は自己満足で終わってはいけないのだった。僕は今回の重要なお客様を見回した。
「ヤバ……これ激ヤバなんだけど……マジ、もうダメぇ……」
「あぁん、もぉ……美幸くんすごすぎぃ……どうするのよぉ、もう普通のじゃ満足できないかもぉー……」
と、仲田さん、国吉さん。
「私としたことが、こんな人前で……うう、切ないよ……くぅ、いたずらになぶられるくらいなら、いっそ殺せ!」
と、小野寺さん。
「いやはやこれほどとは……拙者がバージンでなければ死んでいたでござる、社会的に」
と、顔中洗濯ばさみをした服部さん……え、なにしてるの?
「まだ……まだだ……」
獣は死の瞬間まで獣である、とでもいうかのように。
黒江ちゃんは上半身を起こす。その瞳からは戦意は失われていないことがうかがえた。
「あたしは、ちっとも感じてなんかねぇ……心動かされたりなんか、絶対しない。翼があたしを参らせようなんて百年早いんだよ」
彼女を倒すにはこれでも足りないというのか。
(いや、これは黒江ちゃんの強がりだ……)
僕は気づいた。ムキになるのは効いている証拠。あと少し刃があれば切っ先は彼女の心臓へと届く。
「直見さん、もっと台本を、もっとセリフを! 書いて! 君だよ。君なんだ。君の書く物語があれば、僕はいくらでも戦える!」
「……っ! 書く、書くわ、私。いくらでも。君が望む限り」
言うが早いか、直見さんは万年筆を高速で走らせ、あっというまに追加のシーンを書き上げる。表情はキャラの気持ちが伝わってくるようにコロコロと変化する。生き生きとして心から書くのが楽しいのだ。彼女は物語を求め、物語が彼女を求めている。それを引き離すなんて、やっぱりとんでもない。
「はい、美幸くん!」
出来たてホヤホヤの台本を、リレーのバトンのように受け取って、素早く目を通す。
頭にイメージ。いける。彼女の求める声が手に取るようにわかる。彼女が見た、理想の演技が流れ込んでくる。
話は、オークによる陵辱を受けた後、ダークエルフの姫将軍エキドナがウィンビィが繋がれた牢獄を訪れるところから始まる。対立し合う種族だが、かつてダークエルフが闇の軍勢に降る以前、ウィンビィとエキドナ、そしてアセリアは同じ師のもとで共に学び、共に遊び、同じ時を過ごした幼馴染みでもあった。
幼馴染みの無様な現状に憐憫の情を示すエキドナ。ウィンビィは彼女の心の中の惑いや葛藤を察し、自らを犠牲に禁じられた幻惑魔法をかけるのだ。
僕は否、私は、黒江否ダークエルフの姫将軍エキドナに向かって語り始めた。
「エキドナ。もう悩むことはないわ。その美しい手に剣を持つ必要なんてない。珠のようなその褐色の肌を、赤黒い血に染める必要なんてないの」
「な、なに言ってんだ翼。あたしはエキドナじゃない」
「そうよ、そんな名前は忘れていいの。あなたは一人の女の子……ん、私も翼じゃない。ね、そうよね?」
エキドナの瞳が見開かれる。
「見える……ファンタジーの世界が……これが演技の力……?」
私は優しく彼女に囁く。
「全て忘れて。名前も地位も過去も、しがらみを捨てて忘れて、真っ白になって。弱いところも心のやわらかいところも、見せて。大丈夫、誰もあなたを傷つけない。鎧を脱いで、裸になったあなた自身をさらけ出して。そして……二人で幸せになりましょう?」
「や、やめろ、やめろやめろ……これ以上は」
「ねぇ、お姉様」
「やめろやめろやめろ、翼、頼むから」
「怖がることはないの」
「やめて……」
「愛しているわ、永遠に……ちゅっ」
「んーっ! んーっ! やっやっやぁ……あ、あ、あ、ああああああぁぁぁっ!?」
ウィンビィが黒くとがった耳元へ愛を囁いた瞬間、エキドナは遂に精神の抵抗を破られ、決して醒めることのない夢の術中へと囚われた。
長い妖精の命が尽きるまで二人は邪魔の入らない幸福な世界で繰り返し睦み合うのだ。
互いに憎からず思っている同士が傷つけ合うことのない幻の絵空事。
「美幸くん、美幸くん、美幸くーん! 君は最高よ!」
ハッと我に返った僕の目に飛び込んできたのは感極まって抱きついてきた直見さんのふくよかな胸。
「ハッキリ見えたわ。ウィンビィがエキドナを犯すシーンが! 私だけでじゃない。みんなにも見えたはずよ。その証拠に、ほら、全員絶頂を迎えた恍惚の表情をしている!」
と言われても直見さんの乳房に両頬を挟まれている。視線だけ向けると、直見さんの言うとおりの光景が見えた。
(気持ちよさそう……)
「君は演技で物語を追体験させたのよ。指一本ふれずにア●メに達するほどの快感を与えたの。まさにエロス、シンクロニティ、いえ、略してエロニティの力で!」
「そ、そんな力は使ってません!」
「謙遜しなくていいのに」
(でも、確かに今、役に入った気がした)
白百合先生が言っていた。性別も、年齢も、育った環境も、生き方も、人でないものにさえ、全てを超越して、声優はなんにでもなれると。
(僕は妖精の王女ウィンビィになっていた……!)
これまでで最高の芝居をやった充実感。別人になる快感。人の心を動かす達成感。
それらがないまぜになって、とにもかくにも……。
(……気持ちよかった)
名残惜しいけれど、直見さんから離れる。ほっぺたに感触が残っていた。
「いや、それよりも、肝心の彼女は?」
「見て……」
そこには、ソファに身を投げ出して、うっとりとしながら、細かい痙攣を続けている黒江ちゃんの姿があった。チョコレートのような褐色の肌。華美な外見に孤高の強がりを隠した幼馴染みは、こう言ってはおかしな表現だが、まるで少女のように初々しくて。
知らない女の子みたいに見えた。
「かわいい……」
つい素直な感想をつぶやくと、途端に黒江ちゃんの顔が耳まで赤く染まった。
「ん……バカ、バカバカバカぁ……翼のくせにぃ、翼なのにぃ……お前にこんなことされたってぇ、あたしは、ちっとも、うれしくなんか、ないんだからな……」
物語の刃が彼女の心に届いた。
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