第21話 僕の好きな幼馴染
黒江ちゃんたちは帰宅すると言い出した。
既に着替えは済ませている。なぜかコスプレをしていない黒江ちゃんたちまで替えの服を借りたようだった。
見送りに出たが、黒江ちゃんは目を合わせようとはしなかった。
「ふん……」
不機嫌そうにさっさと行ってしまう後ろ姿にさよならの声をかけることしかできない。
ポンと肩を叩かれた。仲田さんだった。
「仲田さん、国吉さん、あの、お願いがあるんだけど……」
「はいはい、わかってる。チクったりしないよ。最初っからそう。チクるつもりなんてなかった。だってウチら友だちじゃん」
「えっ」
「美幸くんのことだから、どーせ悪い奴に騙されてるんだろって思ってた。だから、取り返そうって乗り込んだわけだけど……まぁ、こういうことなら話は別だし」
仲田さんの言葉にウンウンと頷く国吉さん。
「ぼ、僕は騙されてなんかないよ。直見さんたちも、悪い人じゃないし」
「だから、わかってるって、みなまで言うな!」
ずびし。チョップをおでこに食らった。
「……いたた……でも、ありがとう。仲田さん。国吉さん」
「……あのさぁ。美幸くんはウチらのこと、黒江の幼馴染みだから付き合いで仲良くしてるって思ってるでしょ?」
「え……違うの?」
「違うよバーカ……ちょっと寂しかったんだぜ。ウチらは美幸くんのこともちゃんと友だちだって思ってたから」
ウンウンと頷く国吉さん。
「だって、ちょっとバカにしてるみたいなとこあったし……」
「それはまぁ、ちょっと、というか、かなり? バカにはしてたけどー」
「えーっ!?」
冗談冗談と仲田さんは笑い、僕たちは改めて友だちになった。
「これからもよろしくね」
駅へと向かいながら二人と話した。
「黒江はさ、いいやつなんだよ。マジ怒りっぽいし、暴走することあるけど……いじめとかハブとか見過ごせないやつでさ。ウチらのことだって、一人で守ってくれちゃってさ。それでいて、すげー不器用」
二人に会ったばかりのことを思い出す。
中学の頃、仲田さんはいじめを受けているという噂があった。
『あんなダセー連中よりもあたしに付き合えよ』
国吉さんは教室の隅でいつも独りで過ごしていた。
『面白い本ある? 教えて欲しいんだけど』
二人とも黒江ちゃんのそばにいることが増え、明るい性格になっていった。
二人にとって黒江ちゃんはただの友だちじゃない、大切な存在なのだ。
「あ、で、お願いのことなんだけど、実はもう一つあって……」
「え、他に? なによ」
「黒江ちゃんが落ち込んでいるみたいだから、励ましてあげて欲しいんだ。きっと僕が言うことを聞かなかったせいだと思うし、僕がなにを言っても逆効果だと思うから……」
仲田さんと国吉さんは顔を見合わせて、
「三割くらい正解?」
「それって実際大外れだし」
二人してグイッと僕の背中を押し出した。
「元気にさせたいなら自分でやんなよ」
「がんばれ、美幸くん。私らじゃ、わかってても、できないことがあるから。黒江は君を待ってるから」
「え、それってどういう意味……?」
「いいから、とにかく走れ!」
わけがわからないまま走り始めた。先に行ってしまった黒江ちゃんに追いつこうと。
夕暮れ時の赤に染まった公園の遊具は物寂しい。楽しい思い出の分だけ別れを意識してしまうからか。砂場、ブランコ、シーソー、ジャングルジム、そして滑り台。
ペンキの剥げた大きな半球状の滑り台は、幼い頃となにも変わらないように見えた。
「みーっけ」
滑り台の下に空いた空洞の中に、黒江ちゃんの姿はあった。
薄暗がりでも見間違えたりしない。彼女の黒は軽薄さのない荒々しい強さの黒。
「探しちゃったよー。黒江ちゃん、家に帰ってないみたいだったから。あ、隣、いい?」
黒江ちゃんは無言で少し場所を空けてくれたので隣り合って座る。昔は広いと思っていた空間も、二人で入ると少し狭い。
「……なんでここに」
「いるってわかったかって? わかるよぉ。僕、幼馴染みだよ? 黒江ちゃんは寂しいとき、よくここに来てたじゃない」
「……寂しくなんかねーし」
(……いつもとは逆だなぁ)
彼女は辛いときそばにいてくれる。辛いことに気づいていないときも。
いや、僕だけじゃない。黒江ちゃんは友だちの盾となって守っていてくれる人だ。
「黒江ちゃん」
名前を呼ぶ。彼女は振り返ってはくれない。
「心配しなくてもチクッたりしねーよ。お前が真剣だってことはよくわかった。もう邪魔したりしない。好きにやれ」
夕陽に向けた横顔にかける言葉が見つからない。無力感が苛む。一歩踏み出したと思ったのは気のせいだったのか。
いや、違う。
あれこれ言うべきことがある気がする。でも、この「べき」というのは厄介で、すぐ見えない鎖でがんじがらめにする。何度もそれで失敗してきた。
身の丈に合わない想像を慕ってもしょうがないのだと今ではわかる。
結局のところ、自分ができるシンプルなことをするしかないのだ。
黒江ちゃんの頭を抱えるように手を伸ばした。
「ありがとうね、黒江ちゃん」
溢れ出しそうなその気持ちを伝えるのに言葉だけじゃ足りないと思った。
「……なにすんだよ。いきなり。エロスケ」
悪態をつきつつ黒江ちゃんは振り払いはしない。
「ありがとう。今まで守ってくれて。友だちでいてくれて。とっても、感謝してる」
「お前がおかしなやつだから、からかってただけだよ」
「それでも僕はすごく救われていたんだ。黒江ちゃんがいてくれて、僕はちっとも寂しくなかった。とても楽しかった……」
「……バーカ」
僕の体は小さくて姉がするように黒江ちゃんを包みこんであげられない。
「僕、大きくなりたいんだ。早く大人になりたい。僕を守ってくれた人たちのことを、今度は僕が守ってあげたい。そこには、見返したいって気持ちもちょっとある。でも、今の僕がなにも返せないのは本当のことだから、黒江ちゃんがくれたものを返せるようになりたい。対等になりたいんだ。僕は……黒江ちゃんのこと好きだから」
この気持ち伝わりますように。
捕まえた彼女の体が震えてる。
「……バカヤロー。お前ほんとバカ……」
黒江ちゃんは振り返り、逆に僕のことを抱きしめてきた。豊かなふくらみに揉まれて窒息しそうになる。
「遠回りの、勘違い野郎……そんなこと考えなくていいんだよ。どこにも行くなよ。そんなこと言ってお前までいなくなるんだろ。あたしを置いて行くんだろ……もう、いいんだよ。たくさんなんだよ、そういうのは……」
灯りのつかない黒江ちゃんの家。
日焼けサロンに通い、茶髪に染めて、繁華街で遊んでいられる理由。
僕は彼女が手作りのお弁当を食べているのを見たことがない。
それなのに成績は落とさず、友だちを大事にする彼女。
知っている。彼女は努力家で、その努力は決して報われているとは言えないことを。
でも、だからこそ。
「僕はエロゲ声優になるよ。ずっと探してた仕事を見つけた気がするんだ。でも、どこかに行ったりしない。変わらないためにお金が必要だから、それを稼ぐ。それがエッチなことだっていうのはまだ恥ずかしいけど……僕は働く。君と友だちで居続けるために」
僕の気持ちは伝わっただろうか。彼女の心の中を開いてのぞけたらいいのだけど。
聞こえてくるのは、激しい心臓の鼓動だけ。
「……お前、友だちでいるためにエロゲ声優やるって、どんだけ頭悪いんだよ……」
「そう、言われると、そうなんだけど……」
「……たく、お前は昔から、変わらないな」
この温かさは、ずっと、近くに感じていたもの。
ふっと彼女の温もりが離れ、彼女の唇が降ってくる。
「……バカだよ、本当バカ……バーカ……好きだよ」
僕の耳をひとかじりした口はそうつぶやいた。
「僕も。僕も好きだよ」
「……そういう意味じゃねえよ、バーカ」
化粧の流れたひどい顔。でも、その顔はとてもかわいらしくて。
なぜだか、とてもホッとした。
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