第31話 ブランケット

「つーばさ、遊ぼーぜー」

 日曜日。家に黒江ちゃんがやってきた。

 遊ぶといっても中学に上がったくらいからそうであったが、一緒になにかするというよりは、同じ部屋で会話しながら思い思いに過ごす。

 二人でままごとやプロレスをした頃もあったが、成長するにつれ、趣味も時間の過ごし方も違ってきた。

「昼飯作るけど、冷やし中華いるー?」

「うん!」

 僕の幼馴染みの黒ギャル女子高生は手際よく調理をし始めた。

 姉は休日出勤の為、昼は適当に済ませようと思っていたところだった。

 やがて我が家の台所と食器を使って彩り豊かなサラダたっぷり冷やし中華を仕上げた黒江ちゃんが二人分運んできてくれたので僕は作業を中断して食事の支度をする。

「もうすっかり麦茶の季節だな」

「あはは。お姉ちゃんもそんなこと言ってたよ」

「美鳥さん今日何時頃帰ってくんの?」

「わかんない。夕方くらいかな」

「ふーん、じゃあそれまで二人っきりってわけだ」

「そうだね。ごちそうさま」

 涼やかな味を堪能して、食器を片付けると元の作業に戻る。

 畳の部屋のテーブルにノートPCを開いて、その横にはラノベ『永遠のシェフィールド』全巻。

「そのPCどしたん?」

「服部さんに借りたんだ」

「その本は国吉の?」

「ううん。改めて買ったよ」

「パソか本かどっちかにしろよ」

「読み比べしてるのー。もー、黒江ちゃん邪魔しないでー」

 PCで起動しているのは前作『季節を歌うプリンセス』。直見さんの初担当したエロゲである。前任の相武マイラの書いた、これまでの会社の作品と共に借りてきた。

 黒江ちゃんに反抗した報復を受けながら、テキストを読み比べる。

(早坂くんは全然違和感がなかったって言ってた。まるで同じ人が書いたみたいに)

 本当にそうなのか、またそうであるならラノベと比べたらどうなのか。

 気になりだしたら居ても立ってもいられず、ここのところ寝る暇も惜しんで検証を続けている。

 なにせラノベを読むのは時間がかかるが、エロゲはそれ以上に時間がかかる。平均プレイ時間が八時間以上のものもザラであるので、時間はいくらあっても足りない。

 片耳だけイヤフォンをつけてマウスをクリックし続けた。

「なんでそこまでしてやるんだよ、お前の仕事じゃないだろ」

 黒江ちゃんが茶々を入れてくる。

「直見さんがスランプなんだよ」

「だから?」

「助けてあげなきゃ。書けなくて苦しんでいるのなら」

「おせっかいなんじゃねーの?」

(そうかも知れない)

 その思いは指摘されるまでもなくあのラブホ取材のときから抱いていた。直見さんが見せた明確な拒絶の意志に、その苛立ちの理由も知らずに余計なことをして刺激してしまうことは、はばかられた。

 だが、同時に、なんとかしないといけない義憤に駆られてもいた。

 シナリオが遅れるようであれば、スタッフ全員が困ることになるのだ。

(だから、直見さん、あなたは書かなきゃいけない……書かなきゃ……)

 思いとは裏腹に、満腹になったからかまぶたが重い。視界が揺れる。

「……あーあ。あんな変人放っときゃいいだろうが……そんな暇があるならあたしを構えよー、バカ翼……」

 黒江ちゃんの罵倒を子守歌に、僕は意識を手放した。

「ふぁはっ……? ありぇりぇ、僕いつのまにか眠って……」

 目覚めたときには外はすっかり日も暮れていて、黒江ちゃんもいなくなっていた。

(あ……ブランケット)

 代わりにあったのは書き置きと、肩にかけられた薄いブランケット。

(ありがとう。ごめんね。黒江ちゃん)

 一人で寝てしまった僕をそっとしておいてくれた優しい幼馴染みに感謝しつつ、僕は電気を点けて再びPCの画面とにらめっこを始めるのだった。

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