第29話 直見の涙

 お風呂から上がり、大きなバスタオルで体を拭いて部屋に戻ると、喉が渇いていたことに気づく。

「お兄ちゃん、私にも飲み物」

 先に上がっていたお兄ちゃんが水を飲んでいるので、ねだったら飲みかけのペットボトルを差し出してきた。

「ほらよ」

「……お兄ちゃん、みんなにもこんなことしてるの?」

 今の今までお兄ちゃんが口をつけていたペットボトルの先を見つめながら問う。

「なにがだ?」

 まるでわかってない顔。これは常習犯に違いない。

「いい? これからお兄ちゃんは人に飲み物をあげちゃダメだからね。私以外、誰にも」

「なんでだよ。水じゃない方がよかったか? こっちにお茶もあるけど」

「これがいいです。これを飲みます」

 お兄ちゃんとの間接キス。甘くて冷たい水が食道を流れていった。

 

 念願の結実しつつある気配に気持ちが昂ぶっている。

(いよいよ、お兄ちゃんと結ばれるんだ……ただの兄妹じゃなくなる、恋人になる……大好きなお兄ちゃんの恋人に)

 お兄ちゃんは優しく私をベッドに促し、膝立ちで私のそばまでやってきた。

 体がこわばる。自然に足が閉じていく。

「恥ずかしがることないって。香織の体、かわいいよ」

 バスローブをはだけて、生まれたままの姿をさらされる。

 先程、お風呂場で見られたはずなのにこうして改めて見られると顔が火が出そうだ。

「この未成熟なオッパイも、白くてふよふよした肌も、さくらんぼみたいなチ●ビも」

「そ、そんなこと言わないでよぉ」

「キスしたいくらいかわいい……チュ」

「んんっ……したいくらいじゃなくて、もうしてるよぉ、お兄ちゃん」

「ん、嫌か? 嫌だったらもう止めるぞ」

「嫌、じゃない、けど……」

「そうか! じゃあ、もっとしよう! チュ、チュ、チュバ……チュチュッ」

「あっあっあっ、ん、ん~ダ、ダメっ……そんなにっ、んんぅっ……き、キスぅ……」

 お兄ちゃんの唇がふれるたび、そこから電撃のように快感が走る。

 胸も腰も鎖骨も首も。

(あぅ……お兄ちゃんになめられるの、なんでこんなに気持ちいいのぉ……?)

 ピリリと余韻が残る中、お兄ちゃんの唇がゆっくりとそこへ迫り……。

「あ、あ、ダメ、そこはぁ……あ、あっ……」

 パクリ。

 瞬間、世界が反転。

「ふみぃぃぃっ!?」

 ものすごい量の刺激が体中を駆け巡った。

 しかもそれで終わりじゃない。お兄ちゃんはチ●ビに吸いついたまま、もう片方をいじり回す。逃げ場のない愉悦の波が何度も打ち寄せる。

「ひゃっ、や、やっ、やぁん! い、やっ、やぁ、い、いっ、いいっ! そこ、クリクリって! クリクリされるの、気持ちいいよぉっ! あ、や、や、やぁぁっ……ぁ! だめ、だめ、だめェ……イく、イく、イっちゃうぅぅッ!」

 お兄ちゃんの執拗な愛撫を受けて、やっとお兄ちゃんが口を離した頃には私はすっかり従順にしつけられてしまった。

「お兄ちゃん……もうイジワルしないでよぉ……香織はもう限界だよぉ」

 甘えすがるようにすり寄る。

「イジワルしたつもりはないんだけどな……いいのか、香織? 俺のチ●コは女を虜にする聖なる力を宿してしまった。もう後戻りはできないぞ」

「うん、大丈夫だよ。お兄ちゃん」

 ずっと前から気持ちは決まっている。

「そんな力がなくったって、きっと私はお兄ちゃんのそばにいる。だって、お兄ちゃんはずっと私のお兄ちゃんなんだから」

「香織……」

 長い間、大切に隠してきた気持ちを吐露できる喜び。

「大好きだよ。来て……」

 お兄ちゃんによって私の両足が開かれていく。頭が沸騰しそうなくらい恥ずかしい。けれど拒まない。これは嬉しいことでもあるのだから。

 濡れそぼった秘所が曝かれ、極大に怒張した肉棒があてがわれる。粘膜が期待にひくつく。物欲しそうにしている自分が浅ましく思えて、興奮する。

「香織、お前は最高の妹で……世界で一番愛しい女の子だよ」

 お兄ちゃんは私の正面に覆いかぶさり、優しく髪を撫でる。

「香織、好きだよ、愛してる……」

「嬉しい……私やっとお兄ちゃんのものになるんだね」

 そして、初めての痛みと共に、私の内にお兄ちゃん自身が挿入された。

「あっあっあっ……んんんっ……入って、入ってきたぁ……? ん。あれ?」

 入ってはこなかった。

 いつまでたっても。

「お兄ちゃん……?」

 訪れることのない結合の瞬間を訝しみ、ギュッとつぶっていたまぶたを開く。

「えっ……?」

 お兄ちゃんが泣いていた。

 否。違う。お兄ちゃんなどではない。

 そこにいたのは正真正銘女性に分類される直見ライチ。

 背が高く、黒く艶やかな髪は長い。

 手足は長く、女性らしい丸みを帯びた肢体は出るところは出ており引っ込むところは引っ込んでていて、とても魅力的な体つきをしているのだが……。

「なんで、そんな格好を……」

 彼女の股間には女性に似つかわしくない凶悪な膨らみがあった。

 その正体、下着に装着されているのは、ディルドーという疑似ペ●スだ。男性器の機能を代行する、その性具の先端を今まさに僕の肛門へと突き入れようとしている格好のまま、彼女はボタボタと大粒の涙を流していた。

「なんで君はかわいいの?」

「え……?」

「なんでこんなに妹なのよっ……男の子のくせにっ……!」

 とっさに出る言葉にこそ、本音を孕む。それは真実に思えた。

「直見さん……?」

「……違う。なんでもない。なんでもないから」

 とてもそうとは思えない程、直見さんは泣きじゃくり、終わりが見えない。とても痛ましい。それに……。

(泣いているところ、初めて見た……)

 普段時は感情が抜け落ちたように静か。

 執筆中はキャラの表情が顔に出るが、しかしそれでさえ、これ程の激情をあらわにすることはなかった。

(わかる。これは本物の涙……直見さんの涙)

 しかし、なぜ?

 理由が見当たらない。

「なんでもない、なんでもないから! 私のことは放っておいて!」

 股を開いたままオロオロと慰めようとするみっともない僕に、彼女は拒絶するように何度も首を振り、やがて突き放すように一方的に宣言した。

「取材は終わり。帰りましょう!」

 どうしようもできず、帰り支度を始めるしかなかった。

 危うく後ろの初体験を捧げてしまうところだったことなんて思い至らず。

「……今日は付き合ってくれてありがとう。またね」

 結局、いくらか平静を取り戻した直見さんを見送ることしか僕にはできなかった。

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