第28話 ラブホ

 ロビーの壁にはめられたパネルには各部屋の様子が映っている。光っている写真のスイッチを押して、奥に進むと向こう側の見えない窓口があった。

 休憩か宿泊の内、休憩を選んで部屋の鍵を受け取り五階へ。エレベーターは妙に狭くて、すごく揺れて、直見さんと肩が触れた。

 部屋の扉を開けた玄関は行き止まりと錯覚するほど狭く、直角に短い廊下が延びていて、隠れ家のような通路を抜けると、その先に煌びやかな空間が広がっていた。

 すぐのところに、いくらでも寝転がれる巨大なベッド。寝そべりながら見れる大画面の液晶テレビ。思ったよりケバケバしい内装ではない。しかし、テーブルもイスも高級感があって、どこか艶めかしい雰囲気がある。

 いや、そう思うのは期待感によるものかも知れない。

 僕こと美幸翼は直見さんとセ●クスするために、誘われるまま会社を脱けだし、繁華街へとやってきた。道中すれ違う人の視線を意識しながら。

(案外入れちゃうものなんだ)

 直見さんがいつものセーラー服ではなく、グレーのスーツに身を包んでいるからかも知れない。

「こういうとこ来たことあるの?」

「見学だけさせてもらったことがある。実際に利用するのは初めて」

 その割りには直見さんは堂々としている。

 背広をハンガーにかけてブラウスのボタンに指をかけながら振り返る。

「さぁ、早速やっちゃいましょう」

「やっちゃうって、そ、そう急がなくてもいいじゃないかな……?」

「そうね。まずはシャワーを浴びてきてちょうだい」

「シャ、シャワー……!? ど、どこを洗えばいいの?」

「どこって……体を?」

「そうか、そうだよね……あ、どこから洗えばいいかな?」

「……二の腕?」

「わかった。二の腕だね!」

 確認を終え脱衣室へと向かう。

(本当にするわけじゃないとはいえ、緊張するよね)

 直見さんが僕を誘ったのは、正確に言えばセ●クスの取材である。

 エロゲにはエッチなシーンがある。エッチといっても少年誌のパンチラ程度ではなく、ヒロインの露骨な性描写を含む。最近のポピュラーな構成では一ルートで三、四回程度。ゲームのジャンルによっては、それが陵辱や虐待であったりするわけだが、現在制作中の『恋愛遺伝子俺のチ●コが気持ちよすぎて誰もがアヘ顔ダブルピース』はギャグの入った青春学園ものなので概ね主人公との和姦シーンである。

 僕が演じるヒロインは伊波香織。主人公の実の妹で、健気ながんばり屋だが、大変なドジっ娘でもある。

 本人は隠しているつもりだが、度の超えたブラコンでお兄ちゃんのことが大好き。

 完全にお兄ちゃんに目が向いているので他人からの好意に無自覚で、作中校舎の屋上で同級生の男子に告白されるも断り、結果逆上した相手にあわや乱暴されかける。

 直見さんが偶然構想中のストーリーとそっくりな場面に居合わせ、僕を見いだした問題のシーンである。

 それはともかくとして。

 直見さんはシナリオの九割九分を書き終えているが、残りほんの少しが書けていない。

 最後の最後でスランプになったのだ。そのシーンというのが何を隠そう妹香織とのセックスなのである。

(よりにもよって……でもあんな表情でお願いされたら断り切れないよ)

スランプを脱するために取材に付き合って欲しいと懇願された。

「あと少しなのよ。お願い、美幸くん。最後までヤラせて」

 後には声の収録やそれ用の台本制作もある。ここで躓いているわけには行かない。

 どうしても書けなければ、ヘルプのライターに外注を出すという方法もある。諸々の都合で急遽シーンを増やしたり、ライターが書けなくなったりすることがあるので業界ではまれによくある手段だ。

 だが、直見さんはそれはどうしても嫌だという。

 他ヒロインの収録を先回しにして、ギリギリまで粘るつもりだ。

 取材というかごっこ遊びに効果があるのかわからない。

 しかし、彼女がそれを望むならば。

(僕は全力でそれに応えるよ)

 彼女のおかげで僕は前に進むことができたと思うから。


「わぁ、広い! きれい! すごい! やばい、はしゃいじゃうよー!」

 思わずテンションが上がってしまう程にそのお風呂は素晴らしかった。

 浴室はゆったりとして、掃除が行き届いてピカピカで。

 桜色のタイル。ワインレッドの浴槽。ユニットバスとは大違い。

 浴槽の底に寝転がれるくらい大きくて、入浴中に視聴できる防水加工の施されたテレビが壁に備え付けられている。

「こんなの家にあったら毎日長風呂しちゃうよ……とと、今はシャワーだけだった。お風呂は立派だけど、残念残念」

 と、名残惜しくも湯船を諦めたところで、

「入りたいなら入りましょう」

「ひぃ!? 直見さん!?」

 突然背筋に降ってきた声にピンと産毛が逆立つ。

 振り向けば、バスタオルを巻いただけの直見さんが立っていた。

「なな、なんて……まだシャワー浴びてないよ!」

「ええ、見ればわかるわ。一緒に入りましょう。これも取材よ」

 直見さんはテキパキと浴槽にお湯をため始め、桶を軽くすすいでソープを泡立て、イスに座って背を向けるよう促した。

「自分で洗えるから! 大丈夫だから! 直見さんは出てて……」

「お兄ちゃんよ」

 強く断言する直見さんを理解できず、言葉をなくす。

「……へ? な、なにが?」

「直見さんじゃなくて、私のことはお兄ちゃんと呼んで」

「お、お兄ちゃん……?」

(男の僕が? 女の直見さんをお兄ちゃんと呼ぶ?)

 戸惑いをよそに直見さんは当然のように頷いて。

「そう、私は君の大好きなお兄ちゃん。君はその妹の香織。書きかけの本は読ませたでしょ、思い出して。君は離れて暮らしていたお兄ちゃんと再会したばかり……」

「お兄ちゃんと再会したばかり……」

 思い出す。恋愛遺伝子のシーンが頭の中に再生される。

「屋上で男の子に迫られていたのを助けてもらって」

「助けてもらって……胸がキュンとして」

「演劇部の自主練習で二人きりの秘密特訓」

「秘密の特訓……ナイショにするのにドキドキして、でも二人だけが嬉しくて」

「お兄ちゃんと仲の良い男の子の間で取り合われてオロオロして」

「ケンカしないで、二人とも……」

 意識にもやがかかり、代わりに頭の中のイメージがクリアになっていく。

「男の子と付き合うことになるけれど、紆余曲折あって、最後にはお兄ちゃんのところに帰ってくる。もう、嘘はつけない。たとえ異常でも、不健全でも、私が本当に好きなのは……そう、本当に好きなのは……それは……」

 なぜか紡がれないその言葉。

 なにを躊躇うことがあるのだろう。それはもう、わかりきったことなのに。

 私は、その言葉を引き継ぐ。

「私が本当に好きなのは、お兄ちゃんだけなの……私はお兄ちゃんの妹だけど、もうただの妹のままじゃいられない……気づいちゃったの、一人の女の子として、お兄ちゃんのことが好きなんだって……」

 だから、勇気を振り絞って告白し、ここに来た。

 兄妹という名の一線を超えて、恋人同士になるために……。

「あっ……んっ……ふぁっ……お、お兄ちゃんっ、香織自分で体洗えるってばぁ……そんなところゴシゴシされたらくすぐったいよぉ」

 浴室内に声が反響する。

「でも、体はきれいにしないとだろ」

「そうだけどぉ……んんっ……さっきからオッパイばっかり」

「ああ、大事なところだからな。念入りに洗わねば……おっとぉ? なにやらぷっくりしてきたぞ。なにかな? なにかなこれは」

「あ、んっ……なに言わせたいの? そこは……乳首だよ」

「なんでぷっくりしてきたんだ?」

「それはぁ……ん、だってぇ、お兄ちゃんがゴシゴシこするからぁ……あひゃぁ、ダメだよぉ、つまんじゃダメぇ……コリコリするのもぉ……そんなことされたら、切なくなっちゃうからぁ……お兄ちゃん」

 私のオッパイは小さくて、先輩たちの胸と比べると激しく見劣りする。毎日牛乳は飲んでいるのに一向に育つ気配がない。

(お兄ちゃんにもんでもらったら少しは大きくなってくれるかな?)

 浴槽にはジャグジー機能がついていて気泡が勢いよく噴き出している。

 シャンプーと一緒にあった入浴剤を入れると、あっという間に泡風呂になった。

「すごーい。ねぇねぇ、ほらほら、羊さんになったみたい」

 泡をすくい上げてプ~っと息を吹く。泡が重くて思ったようにならなかったけど、たまたま二、三個の泡がシャボン玉のようにふわふわ飛んだ。

「これならオナラしてもわかんねえな」

「しないでよー?」

「嘘嘘。しないしない」

「もー! 素敵な泡風呂気分が台無しだよー」

「ごめんごめん」

「ダメ。許さないもん」

「えー。許してくれよー」

「許して欲しかったら、ぎゅってして」

「はいはい……ぎゅっ」

「えへへ……やったぁ」

「これで許してくれるか?」

「うん。許しちゃうー」

 小柄な私の体をお兄ちゃんに抱っこしてもらう形で一緒に湯船に浸かっている。

(大きいお風呂はいいなぁ。うちにあれば毎日お兄ちゃんと入れるのにな)

「香織……」

「ひゃぁん! もう、またお兄ちゃんたらオッパイばかり……」

 泡で見えないのをいいことに、お兄ちゃんがイタズラしてくる。エッチな手つき。

(嫌じゃないけど……気持ちいいけど……まだ恥ずかしいよ)

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