第26話 ミル様乱入
というようなことがあってすぐ。
「かわいいよー! かわいい、すごくいい! そこで一度くるんと回ってみようか! そう、スカートをふわりと翻す感じで! うん、そう、すごくいい! 最高!」
会社の居間で、カメ子化した小野寺さんにコスプレ姿を激写されていた。
女装姿を見た服部さんたちが興奮し「じゃあコスプレしてよ」と言われて着替えさせられたのだが。
(じゃあコスプレしてよってどういう流れなんだ……)
「あの、この衣装って……?」
「現在制作中のゲームでヒロインが通ってる学園の制服。正確にはそのモデルになった制服でござる」
撮影に夢中の小野寺さんに代わって服部さんが答えた。
爽やかな、青いラインのセーラー服。
(スカート丈が短すぎるよ……変じゃないかな)
「すげー似合ってんぞ、翼」
黒江ちゃんが茶化すように言ってくるので、僕は照れ隠しに反撃する。
「う……そ、そういう黒江ちゃんだって似合っててすごくかわいいんだからね!」
「ぐ……バ、バカ……似合ってねーよ、かわいいとか言うなよな……」
彼女も同じ制服を着ていた。普段の遊んでそうな雰囲気が取り払われ、天真爛漫健やかに育った、快活なイメージに包まれている。
「よし、では籠原さんこっち来て。二人で並んでみてくれないか」
「ふ、二人でですか?」
「ああ、できればいくつかポーズをとってみてくれないか」
「デラちゃんは今、雑誌書き下ろしの構図が決まらないので悩んでいるのでござる」
小野寺さんはいつもスラスラと落書きしてみせるから悩んだりしないのかと思い込んでいたが、やはり人間のすること。そういうことはあるらしい。
そういえば、直見さんもスランプになったことがあった。嘘か真か僕が理由だという。
「ゲームのイベント絵はもうほとんど完成しているんじゃないですか?」
「うむ。もう制作も終盤でござるからな。立ち絵も含め、原画は全て完成して彩色段階に入っているでござる。デラちゃんは筆が速い、優等生なのでござる」
「じゃあ、今やっているのは別の仕事ですか?」
「それが、社長が急遽店舗予約特典を増やすと言い出したのでござるよ。三店舗分。あと雑誌通販用のグッズも。全て書き下ろしでござる」
「おかげで、スケジュールの余裕が一瞬で消えたわけだね、クク、ククク……」
「営業して勝ち取ってきたわけで、おかげで店頭フェアをしてもらったり、雑誌で特集組んでもらったりで、ありがたいのでござるがね」
「私は無理だって言ったんだぞ……? そういうことなら前もって期間をとっておけとね。こちらとしてもこの量でいけるとしてスケジュール管理しているわけだから。ところがあの社長め……『あとちょっとくらいいけんでしょー』だと? できないと言っているだろうが、たわけー!」
あの理性的な小野寺さんがブラックになり、背中からおぞましい瘴気を放っていた。
「た、大変なんですね。間に合いますか」
「間に合わせるよ。ユーザーを裏切るわけにはいかない。現在知り合いのグラフィッカーにあたっているところだ」
原画と彩色の作業は分けられている。原画はたまにキャラ別に分担することもあるが、絵柄を統一するため専任することが多い。
すうぃーとぱいんでは、小野寺さんが速筆であることもあって原画を終わらせた後は彩色班に入ることになっている。その分の作業を社外の人に発注しようというのだ。塗り方を指定してもやはり出来は個人の技量に左右されるため、適当な相手には任せられない。
「君たちの協力にはとても感謝しているよ。やはりモデルがあると作業がはかどる……たぎり具合が違うからね、ククク……あ、次はお互いよりそう感じになってもらえるかな? うん、そうそう、そういう感じ……」
資料用とはいえポーズをとって撮影されると雑誌モデルにでもなった気がする。
「付き合わせちゃってごめんね」
僕はアルバイトとして雇ってもらっているのでこういった雑用も仕事のうちだ。だが、黒江ちゃんは違う。
「べ、別に。ヒマだったし。翼と一緒なのが嫌なわけじゃねーし」
「制作終盤てことは完成も近いんですよね。発売日も近づいてきましたもんね」
「ああ……うん、発売日ね、そういうのもあったでござるな……ええ、忘れてないでござるよ? 延期なんてしないでござるよ……?」
途端に暗い目をする服部さん。過去に嫌なことでもあったのだろうか。
「で、でも、服部さんは結構余裕そうじゃありません?」
「ええ、ええ、そうでござるな。拙者の修羅場はこれからでござるよ……」
(触れちゃいけない話題なのかも知れない)
「な、直見さんは早めに作業が終わるんですよね。シナリオだから。まだかなー。台本読みたいなー」
なんとか明るい方向へ話題を転換しようと試みるも、
「直見殿は驚異的に筆が速いでござるからな。いつもならもう一度書き上げて各種チェックと手直しに入っている頃でござるが……今回は少々手こずっているようでござる」
「え、直見さんがですか?」
昨日はそんな気配は見えなかったので意外だった。では、今も二階の執筆部屋で机に向き合っているのだろう。
「まぁ、スランプという程でもないと言っていたから心配することはないでござる」
不謹慎とは思いつつ、天才的な人でも行き詰まることはあるのだとなんだか安心する。
(直見さんも僕と変わらないんだ)
そのとき、ピンポンとベルが鳴って安兵衛さんが応対に出るのが見えた。
やってきたのは、金髪碧眼の美少女声優ミル様だった。
僕と黒江ちゃんの目が点になる。なぜ彼女がここにいるのか。
「は? アポイントなんてないわよ。そんなことより、私様が来てくれたことを恐れ敬いなさい、庶民共!」
平たい胸の前で腕を組み、その態度はひたすら傲岸不遜大胆不敵。
「え? アポないの? 堂々としているから知り合いかと。こいつはうっかりだ」
「安兵衛さぁぁぁん!?」
うっかり安兵衛再び!
「あら、そこの二人は昨日の。なんだ、やっぱり関係者だったんじゃない。いいわ、ちょっと直見先生を連れてきてちょうだいよ」
「だ、ダメだよ。またどうせ直見さんをラノベに連れ戻しに来たんでしょう?」
「ええ、そうよ。当たり前じゃない。今日こそはエロゲシナリオなんてやめさせて、ラノベ作家に戻してやるんだから」
エロゲ会社に乗り込んできてとんでもない発言をする。
「こんなエロゲなんていくら作ったって私様の出演するアニメの足下にも及ばないのよ! さ、いいから先生を呼んできなさい」
エロゲとアニメは別コンテンツだ。比べられるものでもない。
小野寺さんたちが不快に思わないかヒヤヒヤしたが、幸い大人の余裕か気分を害した様子はない。そうなると、僕の方が苛立ちを覚える。
「そんな風に言うことないじゃないか。エロゲだってちゃんとした作品だよ。そりゃぁ、ちょっと……いや、すごくエッチなものだけど……」
「は? エロゲがちゃんとした作品? あなた本気で言ってるの? エロゲなんて低俗で、下劣で、男の性欲処理に使うようなもの、作品と呼ぶのもおこがましいわ」
「そんなことないよ! エロゲだって一生懸命シナリオ書いて、絵を描いて、プログラムを打ってるんだよ。すごいことなんだよ!」
「ハッ、滑稽よね。たかがエロゲになにマジになっちゃってるのかしら」
(この子、すっごいムカつく……)
なんとか言い返してやりたいが、小野寺さんはなんだか仕方なさそうに笑うばかり。
「まぁ、そういう目で見られることもある。エロ要素が入っていると、どうしても一段低く見られがちだ。これはもう宿命だな」
「そんな! 小野寺さんの描く女の子、ラノベやアニメにも負けてないのに! かわいいのに! 服部さんは?」
「プログラムはコンシューマもエロゲもやってることは同じでござるなぁ。まぁ、前にも言ったかも知れぬが、色眼鏡で見られるのは慣れているでござるから」
反論しない二人にますます増長するミル様を見ていると、歯がゆくて仕方ないが、それぞれ資料撮影と休憩を終えた二人はミル様のことは任せて仕事に戻ろうとする。安兵衛さんはドサクサに紛れてさっさと消えていた。ミル様は知り合いの小学生かなにかとでも思っているのか。
「あいつ、会わないってよ」
居間で待っていたミル様に執筆部屋から戻ってきた黒江ちゃんが告げる。
ミル様は僕のお気に入りの位置に座っている。
「会わないってなによ。私様が来てるっていうのに」
「んなこと言ってもしゃーねえだろ? 集中したいから誰も来るなってさ。つーか、あれだけ拒否られてんだからもう諦めれば?」
「諦める? バカ言わないで。明日も明後日もラノベを書き始めるまで毎日来るわよ」
「ヒマなやつだな」
「ヒマじゃないわよ! 近い将来トップ声優になる女よ、私様は!」
「なら仕事すればいいじゃない」
口をとがらせブーたれてしまった。
エロゲ会社専属のバイト声優ではなく声優事務所所属の正規の声優なら仕事はいくらでもあるのではないか。なにも既に終わった作品に固執することもない。
「それは……しょうがないじゃない。私様は惚れ込んじゃったのよ。エタエルに、そしてアセリアに。また絶対この役をやりたいって思うくらいに」
急にしおらしくなるミル様。調子が狂う。
『不可能なんじゃない。不可能だと思い込んでいるだけよ。世界は、いつだって意外性をはらんでる』
急に彼女の声色が変わる。
『夢を見るより、叶えましょう?』
それはアニメで見たアセリアそのものだった。
森の泉。いつか異種族が共存する理想を語るアセリア。主人公のハヤトとも気持ちを通じ合わせることができたのだから、と。
その理想は、その後すぐ同族によって裏切られることになるのだけど……。
「えっ!? ちょっ! あんた、なんで泣いてんのよ?」
「どうした翼、お腹痛くなったのか?」
「え……あ、本当だ。ついエタエルを思い出しちゃって」
プロの演技はすごい。なんというか、格が違う。
言動はおかしいが、彼女はプロ声優なのだと再認識する。一瞬でエタエルの世界へ引きずり込まれた。声優の世界をかじった僕には、その歴然とした実力差を垣間見た。
純粋に尊敬する。彼女はこの歳にしてどれだけの練習をこなしてきたのだろう。才能だとしたらそれをどれだけ研鑽してきたのだろう。
畏怖すると共に、悔しいと思った。
物語に声を吹き込む素晴らしさを知っているのに何故エロを蔑むのか……。
「……直見さんを説得するの、手伝ってもいいよ」
意を決してミル様に告げると、彼女はテーブルの上に身を乗り出してきた。
「お、おい翼……」
「え、なに、それ本当? えーと、あなた名前なんだっけ?」
「美幸翼。でも、条件がある」
「条件? 握手ならしてあげてもいいわよ」
「握手はいいよ。君と僕が勝負して君が勝ったら、手伝う」
ミル様は明確に不満を垂れ流した。
「は? 勝負ってあなたもしかして声優? 何年目よ。出演作品は? はぁ~? まだ一ヶ月ちょっと? おまけにエロゲに数本出ただけぇ? 話になんないじゃない。あ、勝負ってゲームかなんか? 私様格ゲーなら結構得意よ」
「ううん、ゲームじゃない。声優なら声で勝負だ」
ミル様は気を悪くしたようで。
「ふーん? そう、わかってないんだったらハッキリ言ってあげるわ。私様、子役から始めて芸歴十年になるのよね。素人同然のあなたなんか私様に張り合おうって時点でおこがましいにも程があるって言ってんの! 一昨日きやがりなさい!」
自尊心を傷つけられ、彼女の瞳には明確な敵意。
こんな場面ではいつも黒江ちゃんが矢面に立ってくれたものだった。
僕はその陰に隠れてビクビクしているだけだった。
でも、これからはもう違う。
これは僕が持ちかけた勝負。一歩たりとも退いたりしない。
「実力差があるのはわかってる。それでも、僕は君に勝ってみせる」
彼女の頬が怒りでピキピキと引きつっている。
「上等じゃない。あなた次に受けるオーデションを教えなさいよ」
アニメなどではオーデションを行って配役を決定することがある。ミル様は僕が次に受けるオーデションに自分も参加して勝敗をつけようと考えたようだが、生憎すうぃーとぱいん専属の僕にはその予定はない。
「はぁ? 出ないの? 仕方ないわねぇ……」
ミル様は周囲を見回し、部屋に貼られたポスターに目を止め、ニッと意地悪な笑みを浮かべた。
「オーディションがないなら作りましょうか」
「え? 作る?」
「ここの新作、あなたも当然出るんでしょ?」
「その予定だけど」
「その役、私様がいただくわ。取られたらあなたの負け。私様の勝利。わっかりやすい、それでいいわよね?」
勝負を持ちかけておいて今更後には引けない。
「わかった。絶対負けないから!」
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