第25話 かわいくなんてないよ!
「おいおい、そんなところで泣くなよ。あたしらが泣かしてるみたいだろ」
「な、泣いてなんかないんだから! これは、その『あのとき見た花の名前を拙者たちはまだ知らない』のラストを思い出して泣いちゃっただけよ!」
「じゃあ泣いてんじゃん」
墓穴を掘ったミル様は僕が渡したハンカチをふんだくって涙をぬぐい、鼻までかんだ。
「ハンカチありがと。洗わずに家宝にしなさい」
「あ、うん。洗います……」
「泣き終わったらフォカッチャくって帰れよ。うざすぎ」
「あなた、初対面のくせに私様に対して態度が悪すぎないかしら!?」
ミル様は僕たちがこれから食事なのをいいことに、空いている席に無断で居座り一方的に用件を告げる。
「とにかく、私様がわざわざこんな地方くんだりまで出向いたのはね。そもそも直見先生、あなたに会うためなのよ! ここで会ったのもなにかの縁、いやむしろ必然! 一度しか言わないから耳をかっぽじって傾聴しなさい!」
「モクモク……」
「直見先生、あなた、エロゲなんてやめてラノベ作家に戻りなさい!」
「モクモク……」
「傾聴することに注力していたのだけど」
直見さんはタラコスパゲッティを食べ終えると口元をぬぐった。
「返事はノーよ。私が今書きたいのは『永遠のシェフィールド』じゃなくて『恋愛遺伝子俺のチ●コが気持ちよすぎて誰もがアヘ顔ダブルピース』なの」
「タイトルひどいよ! 知ってるけど!」
「……なんでよ、なんでエロゲなのよ」
ミル様はふるふると怒りに震え、
「ラノベ書けるのにエロゲを書く必要はないでしょう? たとえ、あなたの兄の代わりだったとしても……」
「そこまで!」
突然。
直見さんはミル様の言葉を遮った。
「そこまで答える必要はないと思うわ」
まなじりをつり上げ、一転して静かな、それでいて強い意志を感じさせる口調。
「な、なによ……そんな大きな声出さなくたっていいじゃないの」
ミル様は見る見る落ち込んでしまう。
(今なんて……兄の代わり?)
『永遠のシェフィールド』シリーズ全五巻は直見先生のデビュー作にして、ラノベ購読者でない僕ですら知っている大ヒット作だ。
アニメ化後に発売された、短編を集めた外伝一巻もすごい売れ行きだと聞いたことがある。エタエルの番外編ないし、新作を待ち望んでいるファンは日本中に大勢いるのだろうし、編集や出版社も彼女にラノベを書いて欲しいのは間違いない。こういってはなんだけど、多分ラノベを書き続けた方が売れるし、儲かると思うし。
たくさんの人に求められていながら、なぜ彼女はラノベじゃなくエロゲのシナリオを書くのだろうか。
「ねぇ、なんで直見さんはラノベを辞めてしまったの?」
つい疑問が口を出た。
「バカねぇ、その質問はさっき私様が」
「それはね……」
「答えちゃうの!?」
「それはね。私が不健全だから」
直見さんは寂しげに顔をうつむかせる。
「私は書くことが好きで、書き上げた長編小説が幸運にも編集者さんの目に止まってデビューすることができた。自己満足に過ぎないあの作品を買ってくれた人がいて、五冊も出すことができて、私は本当に恵まれているのだと思うわ」
彼女がデビューしたのは中学三年のとき。運もあるのだろうが、実際にヒット作となりアニメ化までしたとなれば彼女が恵まれたのは運だけじゃない。
けれど、と彼女は言った。
「最初はちょっとした違和感だった。担当編集さんの指摘も、読者の期待も、こうした方がいいというのがわかっていた。けれど、それは私が書きたい展開と違っていた……」
その差異は巻を重ねるごとに増えていき、とうとう決定的な違いとなった。
「エタエルは全員死ぬはずだったの」
「え? それってバッドエンド?」
「陵辱、憤死、惨死……本来、登場人物のほとんどが悲劇的な最期を迎える全滅エンドだったのよ」
どう受け取っていいかわからず、呆然とする僕を直見さんは静かに見つめる。
「担当さんも今のあなたのような顔をしていたわ。そして、今の形、ハッピーエンドにするよう提案された。私は抵抗したけど、最終的に担当さんの言う通りにして、結果作品は好評いただけた。あのときの判断は間違っていなかったと思うわ。でも……」
彼女は気づいた。
「まともじゃないのは私の方だ」
エタエルはラノベとして正しい。例え作者が最初から歪んだ結末になるよう作っていたものを、改変されたものだとしても。
別に、彼女は残酷な趣味嗜好を持っているというわけではない。
ただ、当然そうあるべきと思っていたものが商品としてのラノベとは乖離していた。
「私が作ろうとしているものは、ラノベではない」
だから、彼女はツテをたどり、エロゲのシナリオに移った。
「大勢のファンがいるのに?」
「私自身が、心の底から面白いと思わないものをお見せすることはできないわ。お互いが不幸になるだけよ」
それはきっと欺瞞と呼ぶのだ、と。
ああ、と僕は納得した。ラノベを書かないことは彼女なりの筋の通し方なのだ。
「だから、私は前作『季節を歌うプリンセス~私のアソコも春満開~』を選んだ」
「いや、そのタイトルは改めて言わなくていいんじゃないかな」
「じゃあ、もう二度とエタエルの続編は書かないっていうのっ!?」
ミル様はテーブルに身を乗り出す勢いで立ち上がった。
「今のところその予定はないわね」
「ぐぬぬ……」
「ん? でもてめえ、こないだそれっぽいの書いてたじゃん」
「それ本当!?」
ミル様は勢いよく黒江ちゃんを向いた。
(確かにあれはエタエルではあったけど……)
「あれはむしろ二次創作と呼ぶべきものね」
「は? 二次創作!? 本人なのに?」
原作者直々の手による二次創作とはある意味豪華なものだ。
「手塩にかけて育てた一人娘を陵辱するようでとても興奮したわ……」
「こいつ変態だー!?」
そこは否定できない。
「つーか、お前さ、別にこいつの肩を持つわけじゃねーけど、本人がやらねーって言ってんだ、あんましつこくするなよ」
黒江ちゃんが間に入る。こういうとき黙っていられない性質なのだ。姉御肌と言える。
「そんなわけにはいかないわよ! 私には私の事情ってものがあるの」
「なんだよ、その事情って」
「なにって、決まってるじゃない」
ミル様はさも当然そうに胸を張って言った。
「エタエルのアセリアは私が初めてもらった名前付きの役で相性バッチリの超ハマリ役なわけよ! これ一作で終わらず続編出して、ガンガンメディア展開して、私の名声を超々高めてもらわなくっちゃ困るわけ! 幸い第二期の制作までは決まってるわ。それに続いてガシガシ書いて、なんだったらアセリアメインのスピンオフでもいいわ。とにかく私の超々々魅力的な美声を日本中のお茶の間にお届けするのよ!」
日本中かはともかく、ファミレス中には響き渡るような声でミル様は叫び、黒江ちゃんに注意された。
「迷惑の塊みたいなやつだな……じゃあ、帰るか」
「ええ、そうね」
「ちょっとー! 聞いといて無視しないでくれなーい?」
「ごめんね」
二人の代わりに頭を下げ、退散することにした。
ミル様は料理食べかけなことに気づいたり、レシートを落としたりと大慌て。
「ねー! 待ってよー!? そこの黒ギャルはともかく、あんた、あんたも思うわよね? 女の子だってわかるでしょ? 私様の
(え……女の子って僕? そ、そうか、今僕は女装しているから、この人僕のことを女の子だと思って……!)
ハッと気づいたときには黒江ちゃんがニマニマ、直見さんがしたり顔で頷いていた。
「あいつお前のこと完璧に女子だと思い込んでるぜ」
「当然だわ。こんなにかわいいのだもの」
「か、かわいくなんてないよ!」
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