第24話 美少女プロ声優登場

 無事買い物を終えた僕たちは、せっかく街まで出てきてるのだからもう少し遊んでから帰ろうと決めた。

 このところ休日も全部演技の勉強に捧げていたので、僕としても気持ちがはやるのを止められず、また止める必要もないというのが嬉しい。

 ただ、遊んでいる間も僕は女装をしたままだった。

「この服装に慣れるために今日はこのまま過ごすことにしましょう」

「翼は絶対スカートめくれるとかそんなミスするから今のうちにたくさんしとけ」

「ふぅうぅ……そうかも知れないけども」

 不本意ながら二人の言うことはもっともなので僕は渋々従うことにした。

 まず、ゲームセンターに行った。アーケードの格ゲーで黒江ちゃんと対戦してボコボコにされた。見たこともないコンボを鮮やかに決められて圧勝されると悔しさを通り越して逆に清々しい気分になる。

 クレーンゲームでエタエルのマスコット的存在であるところのツギハギウサギのぬいぐるみを眺めていたら直見さんが獲ってくれた。バカにされるかも知れないが、実はゆるキャラが好きなのだ。初めて見たときからツギハギうさぎはお気に入りだった。

「気持ちはわかるわ。絵師さんはいい仕事をしてくれた。とてもかわいいデザインに仕上がったもの」

 直見さんはこういう趣味もバカにせず理解してくれる。

 大事にしようと、ぬいぐるみをギュッと抱きしめた。

 エアホッケーの対戦は二人が本気すぎて怖かった。三人でプリクラも撮ったし、そんな感じで僕たちは概ねゲームセンターを満喫した。

 そろそろ食事をしようという段階で、

「では、お寿司にしましょうか」

 と言い出したのは直見さんだった。

「はあ? なんで寿司なんだよ。こういうとき回転寿司なんてあんま行かねーだろ」

「いえ、回らない方だけど」

「もっと行かないよ!?」

 回転する方でもお高いのに、学生が食べるには予算オーバーである。おいくら万円するのかしら。

「この辺ならファミレスでいいだろ。翼、サイケとバニーズならどっちがいい?」

「サイケがいい。ドリアあるし緑色だし」

「オッケ。じゃあ、こっちだ。直見、てめえもいいだろ?」

 直見さんは異論はないようだけど寿司屋を否定されたことは不服のようだ。

「……だって。楽しいからお祝いしたかったんだもの」

 とボソリとつぶやいていた。

 食事時だけあって店内は混雑していたが、タイミングよく待たずにテーブルに案内された。隣のテーブルには、金髪ツインテールの、アニメにでも出てきそうな美少女がパンをほおばっていて、少し小野寺さんを思い出した。

 各自注文を終えると、

「最初はぐぅ~」

『じゃんけんぽん!』

「やたっ! 僕の勝ち! 勝利の花びらパーサイン!」

「ちっ! やられた。仕方ねーな」

 黒江ちゃんが悔しそうに席を立つのを直見さんは不思議そうに見ている。

「ちょっと待って。これはどういうこと?」

「ドリンクバー、じゃんけんで負けたやつが持ってくるのがウチらのルール。てめえのはサービスで持ってきてやるよ。なにがいいんだ? 翼はいつものだよな」

「うん、オレンジジュース」

 幼馴染みだけあって大体のことは承知の上。恥ずかしながら僕が炭酸が苦手なことも。

「そうなの……いえ、そういうことならば、私もじゃんけんさせていただくわ。籠原さんに買って、その上で持ってきてもらう。それが筋というものよ」

「えー。いいよ、だからサービスだって」

「いいえ、そういうわけにはいかないわ。さぁ、行きましょう。出さなきゃ負けよ、じゃんけんぽん!」

 果たしてじゃんけん対決の結果は、黒江ちゃんチョキ、直見さんがパー。

 直見さんは三人分の飲み物を持ってきた。

「……籠原さん、なんで席が換わっているのかしら」

「あたしじゃんけん勝ったし」

 黒江ちゃんが僕の隣の席に移っていることを、直見さんが非難するも、黒江ちゃんの傲岸な態度は崩れなかった。

「さっきのじゃんけんはドリンクバーにだけ適用されるべきでしょう。どこに座るかについては最初に決めたじゃないの」

「気が変わったんだよ」

「そういうわけにはいかないわ。だったら、私にも美幸くんの隣に座る権利が与えられてしかるべきだもの」

「翼はこんな理屈っぽいやつより、あたしと座りたいもんなー?」

「ええっと……」

 二人とも仲良くなってきたと思ったのになんでまた些細なことでケンカをするのか。因縁はそうたやすく根絶やしにはできないものなのか。人類は争い続ける定めなのか。

「直見さんも、黒江ちゃんも、仲良くしようよー。どうしてもこっち側の席に座りたいなら僕がそっちに移るからさぁ」

「それじゃ意味がない!」

 二人に異口同音で叫ばれては口を閉じて背を正すしかない。

(怖ひ……ていうかやっぱり二人とも仲がいいんじゃ)

 と、そのとき。

「あの、失礼ですけど……」

 涼やかな声の持ち主に声をかけられた。騒いでいるから注意されてしまったと思ったら、その人は店員ではなく、隣のテーブルのツインテール美少女だった。

(あれ? 今の声、どこかで聞いたことがあるような……)

 美少女はまっすぐ直見さんを見ている。

「あなた、ラノベ作家の直見ライチ先生じゃございませんか」

「え、ラノベ作家!?」

 突然見知らぬ美少女に話しかけられた動揺が治らない内に新たな衝撃が襲う。真偽を問う視線を直見さんに向ければ、

「いいえ……」

 直見さんは静かに首を横に振った。

「そ、そうだよね。直見さんは文才があってラノベも書こうと思えば書けるかも知れないけど、あくまでエロゲのシナリオライターであって……」

「ラノベ作家直見ライチ……その名は捨てたわ」

(なにそれかっこいい!?)

「え? てことはてめえ、小説家なの? エロゲ作ってるだけじゃないの?」

 黒江ちゃんも動揺している。

「昔の話よ。それにラノベ作家を小説家と呼ぶのは個人的に抵抗があるのよね」

「そんなこたぁどーでもいいんだよ。要するにてめえの書いた本がその辺の書店に置かれて売られてるってことだろうが!」

「まぁ、その事実に関しては否定しないわ」

「ちょっとあなた! 今、私様が直見先生と話してるんですけど! 邪魔をしな……」

「うるせえ黙ってろっ!!」

「ひゃぁん!?」

(あ、今の悲鳴かわいい。今度使ってみよう……じゃなくて)

 謎の美少女を一喝で黙らせた黒江ちゃんは直見さんに向き直り、質問の槍を飛ばす。

「作品は? なんてタイトルの本書いてるんだよ」

 僕も黒江ちゃんもそれ程活字は読まないが、ラノベ好きの国吉さんなら知っているかも知れない。

「本になったのは一シリーズだけよ」

 直見さんは言った。

「『永遠のシェフィールド』。ファンからはエタエルと呼ばれているわね」

「アニメ化してんじゃねえか!?」

 黒江ちゃんが驚愕して叫んだ。

(うそ!? 本当にっ!? エタエルの原作者? それが直見さん? 僕アニメ見たよ? コスプレしたよ? クレーンゲームでぬいぐるみとってもらったよ? あ、原作者に!? え、それってつまりどういうこと?)

「あ! てことは序盤で裸のヒロインから毒を吸い出すシーンを書いたのは」

「私よ」

「夜這いにきた暗殺者を返り討ちにしたのは」

「私よ」

「立ちはだかる女天使に対して戦闘中に●●をぶっかけたのは」

「それは私じゃないわ」

(すごいすごいすごい)

 変人先輩からプロのエロゲライターに、更にそこからアニメ化したラノベ原作者へとランクアップしていく直見さんに、急激すぎて頭がついていかない。

「つーか翼、お前ハマってアニメ見てただろ。クレジットで気がつかなかったのか?」

「うん、気づかなかった!」

「ああ、やっぱ翼だな!」

 意識しないと制作スタッフまでは覚えないものである。最近は見るようにしている。

 黒江ちゃんとキャアキャア言い合っていると、

「ちょっと!」

 謎のツインテールが堪えきれなくなったように叫んだ。

「私様のことを忘れてないでしょうね!」

「ごめん、忘れてた!」

「謝られた!? 素直にショック!?」

 ツインテール美少女はちょっと涙目になりながら声を張り上げる。

「無視しーなーいのー! 無視しちゃダーメーなーのー! 私様のことは全世界が注目しないと、いーやーなーの! いい、よーくお聴きなさい! 私様こそは、そのアニメ『永遠のシェフィールド』でヒロインのアセリア・シェフィールドを演じた業界期待の超新星、超絶美少女プロ声優のミル様ことミルドレッド・ニコラ・ステイシア、その人よ!」

 ……。

 ……。

「ふーん、そうなんだ」

「え……ちょっと反応薄くない!?」

「だって、今初めて聞いたし」

「ちょ……!? 今やこの業界で私様の名前を知らないなんてモグリよモグリ!」

「んなこと言ったって業界の人じゃねーし。翼知ってる?」

「ごめん。僕も」

「私も知らないわ」

「なーんでよー!? あなたは初対面じゃないでしょ、原作者。収録前の顔合わせで会ってるでしょうが」

「そんなこと言われても……あなた緑川光じゃないし」

「あーもうどういうことなの、どういうことなの! ここでドッカンきてくれなきゃ私様のプライドってもんが傷つくじゃないのよ!」

「お客様……」

「なぁによ! 今、私様の一大事なの、よ……?」

 ミル様の顔色がスーッと青ざめていくのがわかった。

「お楽しみのところ申し訳ありませんが、他のお客様のご迷惑になりますので、席にお戻りになって声を落として話していただけますと幸いです」

「……はい、すみません」

 通路を占有して大声で騒いでいた自称美少女プロ声優さんは消え入りそうな声で謝って席に座ったのだった。

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