第23話 一触即発

 今日は待ち合わせから前途多難さを感じさせたものだった。

 まず、僕の遅刻。余裕を持って準備したつもりだったが、想定外のことばかり起きて、結局待ち合わせ場所である彫像前に着いたのは約束の時間を三十分も過ぎた頃だった。

 二人は既に到着しているメールが来ていた。

 黒江ちゃんは近所に住んでいるのだが、

「駅前で待ち合わせた方がなんか、それっぽいだろ……?」

 という意見で現地集合することになった。

 多分週末にショッピングする感が出るということだろう。でも今回に関しては完全に裏目。到着してすぐ、二人の姿を探す。

(……いた)

 直見さんは話しかけてくる男の人を無視して、僕に手を振り微笑みかけてきた。

「こんにちは。美幸くん。電車遅延ですって? 大丈夫だったかしら」

「うん、大丈夫。それより、遅れてごめんね」

「別にいいのよ。君のことなら、待つのも楽しいわ」

 直見さんは照れもせずこういうセリフを口にするから、聞いているこちらの方が恥ずかしくなってしまう。

「そ、そう、かな? あ、今の人は?」

「知らない人よ。前にどこかで会ったことないかって訊かれたけど、人違いね」

 それはナンパされていたのではないだろうか。

 私服姿の直見さんはいつものセーラー服と違って、オシャレな出で立ちだった。

 ワンポイントフリルのついたブラウスに段々状になった濃紺のスカート。長い黒髪もきちんと梳かれていてバラの刻まれたバレッタで留めている。

 育ちの良さそうなお嬢様ぽい雰囲気もあって、あの男の人が声をかけたくなった気持ちもわかる気がする。

「直見さん、とってもオシャレでかわいいね」

「え……私が? そ、そう、それは、その……ありがとう」

「でも、収録のときもセーラー服だったのにどうしたの?」

「……こういうときこそ服に気をつかえって服部さんが」

(服部さん珍しくいい仕事。休日にオシャレして友だちと遊ぶのって気持ちいいもんね)

「でも、やっぱり、私にはこんなのは……着替えてこようかしら。いつもの服に」

「えー! なんで? とっても素敵なのに。着替えちゃうなんてもったいないよ」

「そ、そうかしら……」

「そうだよ!」

「……ええ、美幸くんがそう言うのなら今日はこの格好でいようかしら」

「それがいいと思うよ!」

「……」

 直見さんの肌が少し赤く染まっている。着慣れない服で緊張しているのかも知れない。ここは男として、きちんとリードしなくては。

「あれ? ところで黒江ちゃんは……?」

 スーッと直見さんが指を差す先、彫像前のもう片方の端に黒江ちゃんは立っていた。

 黒地Tシャツに裏がアニマル柄のファー付きジャンパー。デニム地のホットパンツ。

 彼女もまた男の人に話しかけられていたのを強引に振り払ってきた。

「あーしつけえ! 誰がAVなんか出るかっつーんだよ!」

「かわいいから仕方ないよー。前にタレント事務所からもスカウトされたよね」

「AVには興味があるわ。参考にしたいからOKしてちょっと酷い目に遭ってきてくれないかしら?」

「なんで酷い目に遭うのが前提なんだよ! てめえの思い通りになんかなってやるもんか! つーか、翼、AVがなんなのかわかってて言ってんのかよ?」

「え、えっとそれは知ってるよ……?」

「へーえ? じゃあ説明してみろよ……?」

 黒江ちゃんがニヤニヤ笑って挑発してくる。

「それはその……服を脱いでエッチなポーズしたりするやつでしょ……知ってるよ?」

「それじゃあグラビアのイメージビデオと同じだろ? 他にどんなことすんだよ?」

「ほ、他に……? 他には、その……フェ、フ●ラチオとか……」

「あー? なんだよ、声が小さくて聞こえねーんだけど」

「フェ、フ●ラ」

「あー?」

「フ●ラチオ! オチ●チンをなめなめしたりしゃぶったりするの!」

 街中で、大声で、叫ぶ。多分僕の顔は耳まで真っ赤になっているはずだ。

 幸い、周りの人たちは僕たちに気を留めた様子はない。

「これはいい言葉責め。いいぞもっとやれ! って感じね」

 直見さんの執筆スイッチが入りかかっている。

「お前が恥ずかしくなるんなら話題に乗るなよな。つか、あたしだってフ●ラなんかしたことねーつの」

 僕が叫んだことで、むしろ黒江ちゃんが赤面している。

「……で? 万が一、あたしがAVに出たら、お前は見るのかよ」

「私は見るわ。あなたの目の前で。あなたに知り合いに見られている感想を問いながら」

「てめーの歪んだ性癖は訊いてねー。あたしは翼に訊いてんの」

「僕は……」

 AVに出る黒江ちゃん。

 画面の中で、黒江ちゃんは知らない男の男性器をなめしゃぶる。いや、それどころかAVには本番もあるのだ。あまつさえもっと過激なことまで。

「僕は見たいけど、見せたくないよ!」

「お、おう」

「黒江ちゃんはかわいくてきれいだから、男子が裸を見たいって気持ちもわかるし……僕もきっとドキドキするけど、そういうことは大切な人として欲しいって思うし、見世物にしないで大事にして欲しいって思う」

「そ、そうか……あ、安心しろよ。誰にも見せるつもりはねーし……」

 ちら、と黒江ちゃんは僕を見て。

「ま、でも? お前がどーしても見たいつーなら見せてやらなくもないぞ。ギリギリ、ちょー特別にな」

「ううん、大丈夫。我慢するよ。エッチなのは仕事だけにする」

「……そ、そうかよ。じゃあ、気が変わったら言えよ。別に待っているとかそんなんじゃなく、心の準備はできてるとかでも全然ないけどな」

「うん? わかった」

 AVを見たら、エッチな演技の参考になるのかならないのか。

 白百合先生は本物そっくりでは下品すぎて使い物にならないと言っていた。

 だが、見るべきところはあり、人によってはプラスになるとも言っていた。

 結局のところ、役者にとってなにを栄養とし力にするかは自分次第。取捨選択していけるものだけが上達できるのだ。

「……それじゃあ、そろそろ行きましょうか」

 それから僕たちは買い物を始め、着せ替え人形が一体誕生することになるのは既に書いた通りだ。二人に頼って非常に疲れたけど、一人では決められず徒労に終わったであろうことは想像に難くない。女性の服はそれ程未知の領域であった。

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