第15話 露見

 薄暗い細道を人の流れに逆らうように二人で歩いて行く。

 小野寺さんたちが休憩を上がるのに合わせて、僕と直見さんは帰宅することにした。

 なぜ一緒かというと、僕が帰ろうとしたところ、直見さんが

「駅まで一緒に帰っても良いかしら」

 と言ってきたからだ。今日一日収録の付き添いをしてもらっている。断る理由はない。

 なんだけど……。

「もう一度言うけれど、私今日の結果が悪いとは思っていないの。君は一ヶ月前まで演技経験のない素人だったのだから。でも、もっと上を目指せるとも思っているわ」

 直見さんの口調に熱が入るのに合わせて彼女の手にも力がこもる。

 なぜそれがわかるのかというと、僕は彼女の指の力を、身をもって感じているからで。

 というか、なんで手をつないでいるんだろう?

 彼女が「人が増えてきたわね」といった途端手を握ってきて、そのままなのだ。

 女の子と手をつなぐことは決して嫌じゃない。けど、周りはどう思うだろう。恋人同士に見られたりはしないだろうか。いや、姉弟が関の山だろうとため息をつく。

「君に問題があるとするなら、それは過度な緊張、あがり症。そういった心因的なものだと思うの。ある程度は慣れが解消してくれると思うけれど、あがり症は場数では治せないという説もあるわ。練習を重ねながら、君の力が百パーセント勃起できる……失礼、発揮できる改善策を考えていきましょう」

 ……そこは間違えないんじゃないかな。

 と思いつつ、内心ドキドキしていた。

 彼女は僕を立派な声優にすることに夢中のようだった。

 こんなにも親身になってくれる彼女のためにも、僕は是が非でも成果を上げなければならないと思う。

「僕にできることなら最大限の努力をするよ。任せて。なんでも試してみたいんだ」

「……君なら、きっとできる。今日は初めてだったから辛かったのよ」

「そうだね。次は意外とすんなりいっちゃったりして」

「ええ、個人差はあれ初体験は痛いものだから」

「まだあそこに入ってた余韻は残ってる。けど、次は僕の方から率先して動けるようになりたいな」

「マグロ卒業。美幸くんがリードする展開ね」

「ディレクターさんを喜ばせてあげたい」

「しぼりとって、ヒイヒイ言わせてやればいいと思うわ」

「次もその次も使ってもらえるように」

「ご主人様専用の肉●器にしてください」

「……ごめん。なんの話?」

「ハァハァ……ごめんなさい。今いいところなの。私もう我慢できない」

 それから急に執筆モードのスイッチが入ってしまった直見さんを置き去りにすることもできず、駅前の広場にある石のベンチに腰かけてしばらく時を過ごした。

 二人分買ってきたホットのレモンを飲みながら、執筆が終わるのを待つ。

 こういうことは前にも何度かあった。校内での練習に付き合ってもらっていたときのことだ。執筆モードの直見さんは区切りのいいところまで書き終えるまで人の話を聞かない状態になる。無理に止めようとすると鬼のように怒られたり、おっぱいをぎゅうぅっと握られたりする。男の子なのに。

 直見さんの書く姿は鬼気迫るものがある。けれど、楽しそうでもあって、書いているキャラと同じように笑ったり、怒ったり、悲しんだり、痛そうにしたり、苦しんだり、とにかくコロコロと表情を変化させる。

 キャラクターと気持ちを共有しているんだ。

 何度も彼女のシナリオを読ませてもらったことがあるけど、こうして書かれた文章は特に面白かった。キャラたちが本当に生き生きとしているのだ。たわいなことで笑い合い、傷を負えば慰め合い、時に衝突し、すれ違って、けれどそれも相手を想うゆえであり。

 人を魅惑するシナリオ。よくこんなことを思いつくなと想う。予想を裏切る展開なのに、個々のキャラの心情は痛いほどに共感できる。

 直見さん自身は間違いなく変な人だけど、直見さんの書くものは間違いなく面白い。

 自分でもそれがわかっているから、こんなに夢中になれるんだろうか。

 僕は直見さんの書いている姿を見ているのが嫌いじゃなかった。

「あれっ美幸くん?」

 不意に名前を呼ばれて顔を上げると、そこには国吉さんの姿があった。黒江ちゃんと仲良しな友だちの一人だ。男の人と一緒みたいで、その人が尋ねる。

「誰? 友だち?」

「うん、同じ学校のクラスメイト。珍しいね。黒江と一緒じゃないんだ? あ、そっかぁ、やっぱりそうなんだ。あ、じゃあ、ジャマしちゃ悪いしまた学校でねー」

 前の言葉は連れの人に、後ろは僕に向けての言葉みたいで、彼女はニコニコと手を振って去って行った。僕も釣られて手を振り返した。

 この駅はこの辺りで一番大きな駅で、国吉さんがいるのは別におかしなことではない。

 僕も別におかしなことをしているわけじゃなく、おかしいと言えばこの間も一心不乱に書き物をしている直見さんだけなんだけど。

「なんだかまずいことになった気がするよ?」

 漠然とした不安と後ろめたさが背筋を昇ってきていた。

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