第6話 はじめてのエロゲ
エロゲとは。
年齢制限を設けられたアダルトゲームのうち、性的描写のあるものをいう。
家庭用ゲーム機では規制により性的描写はほぼ認められていないため、自然とエロゲはPCゲームということになるが、近年はDVDプレイヤーやスマートフォンでプレイできるソフトも増えてきている。
エロゲの制作会社は国内に二百から三百あるといわれ、ひと月に発売されるタイトルは四十を超える。
その制作会社のほとんどが家庭用ゲーム機を制作する会社に比べて少人数小規模で構成されている。
機材の低価格化省スペース化によりマンションの一室を必要なだけ借りて制作現場としている会社も存在する。
「うちなんかは地方だから一軒借りちゃった方が安上がりだし便利ってことでそうしてるのでござるよ。慣れるとなんか我が城って感じがするでござろう?」
残念ですがまだ慣れません。
直見さんによるトイレでの爆弾発言の後。
ダイニングに戻った僕はようやく詳しい説明を受けていた。
僕に声優をやって欲しいというエロゲとはどういうものであるのか。
「ぶっちゃけ、女の子がかわいくて、ドラマがあって、ガッツリ抜ける男のオカズってのがエロ、ゲッ!?」
スパコォン!
「え? 抜くって、え?」
「抜くとは射精することだ」
「しゃせ……ふぇぇぇ!?」
「まぁ、実物を見せた方が早いわね。服部さん、ノート」
ノートPCと一緒に出てきたのは大きな箱。家庭用ゲーム機のソフトの箱と比べるととても大きい。電話帳くらいある。
「あ、これ……ポスターと同じ絵だ」
箱に描かれた女の子のキャラクターはポーズこそ違うけれど壁に貼ってあるポスターと同じだった。
赤い髪のポニーテール。
あのポスターは服部さんの個人的な趣味じゃなかったんだ。
「その絵かわいいでござろう?」
「あ、はい、とってもかわいいです。アニメキャラみたいですね」
「アニメ化するエロゲもしばしばあるでござるね。ちなみにこの中ならどの娘が一番いいでござる? 初見で」
「ええっと、この子かな。みんなかわいいけど、この子は身につけてる小物もかわいくて、とってもセンスがいいなって思います。派手すぎないし」
「ほほう、お目が高い。その子はラフから難産で他の子よりも時間をかけてその形になったんでござるよ。制作者のこだわりが詰まっているでござる。ねぇ、デラちゃん?」
服部さんの視線を追いかけると、ぷるぷると震えている小野寺さんがいた。
人形のように整った顔。でもその白い肌が耳まで赤く染まっている。
「あ、もしかしてこの絵を描いたのって小野寺さんなんですか?」
「う、うむ……」
「デラちゃんはうちの抱える優秀な原画家なんでござるよ。若いのに個人としてもイラストレーターとして有名なんでござる」
ぷるぷる……。
「へぇ、そうなんですか、すごいですねー! でも、こんなにかわいい絵が描けるなら当然なのかも」
ぷるぷるぷる……。
「箱の裏の、ほら、この私服姿のシーンもファンの方々にはすこぶる評判でござってね」
「わー、すごくかわいいですねー! 自然体ぽいのにさりげなくオシャレですごーい!」
「くっ……」
小野寺さんは耐えきれないと言わんばかりに急に立ち上がると部屋を出て行こうとし、
「そろそろ休憩も終わりだ。暑いから少し外の空気を吸ったら仕事に戻る。美幸くんはその……なんだ、感想をありがとう、すごく……嬉しい。ゆっくりしていくといい。では」
「ふひひ。デラちゃんは相変わらず面と向かって褒められるのに弱いでござるねぇ」
あれは照れていたのか。ちょっと親近感が湧くな。
「ではでは拙者も任務に戻るでござるかなー、ニンニン」
服部さんも出て行って、部屋には僕と直見さんだけが残された。
目の前にはノートPC。パッチっていうのを使っているからディスクを入れなくても遊べるらしい。
ゲーム画面が起動すると
「すうぃーとぱいん」
かわいらしい女の子の声が迎えてくれる。
ソファーの隣に座る直見さんにうながされて、マウスをクリック。すると……
「わぁぁ!」
美しい桜の花びらがハラハラと舞うグラフィック。
鮮やかな世界の向こうから誰かが僕のことを呼んでいる。
それが誰かはわからないが、素敵な女の子なんだろうなと予感させる始まり。
「これを直見さんたちが作ったの? すごいね! ゲームなんだね!」
「ゲームだからね。まあ、続けてみて」
話は数年ぶりに子供の頃住んでいた町に帰ってきた男の子が、生意気な妹や幼馴染みや部活の先輩といったかわいい女の子たちに囲まれて学園生活を送るというもの。
オーソドックスな学園ものらしいんだけど、僕には新鮮に映った。
「いいなぁ……」
「むむむっ!? なにが、なにがいいの?」
「え、だって、この主人公。こんなに面白くて楽しい男子の友だちがいるんだもん。僕もこういう友だちができたらなって思って」
「……そ、そう。そこか」
直見さんが変な顔をする。なにか僕はおかしなことを言ったかな。
地の文と主人公のセリフは文章だけだけど、女の子はしゃべりかけてくる。
画面の中で女の子たちはコロコロと表情を変えて、あるいはピョンピョンはねたりして、見ているだけで楽しい。
「この話、直見さんが書いたの?」
「そうよ。シナリオだからね」
彼女たちを知れば知るほどかわいく思えてくる。気づいたら直見さんが僕のことをガン見していて、ビクッとしたけど、気づかない振りしてゲームの中で繰り広げられる会話劇に集中する。
突然のハプニング。予想もしない展開。
自分がどんどん物語に引き込まれていく。
こんな立派な作品を一つ上の女の子が制作したということに、改めて衝撃を受ける。
(そんなに年も違わないのに、もうプロの人に交じってこんな素晴らしい作品を生み出しているなんて。それがこんなに面白いだなんて。直見さんはすごい!)
これは販売もされている、商品なのだ。
「直見さん、これ……」
興奮の内に褒める言葉を口にしかけて、躊躇う。
プロの作家先生の作品を僕なんかが褒めて良いものか、上から目線で失礼なことになりはしないか、考えすぎな気がしたが、とうとう断念せざるを得なかった。
「なに?」
「え、うん、なんでもない……」
画面に目を向けて、物語に集中する。
「『でも、王子様はこの世にたくさんいるんだぜ。だが、この俺朝比奈太陽は君の前にたった一人しかいない!』」
主人公のとあるセリフを口にしたところでお茶がなくなっていることに気づいた。飲み物の減りが早い。
「お代わりは同じお茶でいい?」
「あ、お願いします」
「別に敬語じゃなくていいわ。私、仕事仲間にはそうしてくれた方がやりやすいの」
「あ、はい。じゃなくて、うん、わかったよ。直見さん」
「ええ、それでいいわ。で、時に美幸くん」
「うん、なあに?」
「あなたは、文章を朗読する癖があるのかしら?」
「えっ!? もしかして声に出てた? 心の中でしゃべっているつもりだったのに!」
道理でのどが渇くはずだ。しゃべっているんだもの。
「声優さんに自分の考えたセリフをしゃべってもらうのはもう慣れたけど……地の文とか他のところ、それも主人公のセリフを声に出されるのはさすがに恥ずかしいわね。あら、まさか、そういった羞恥プレイの一環なのかしら。だったらごめんなさい。続けて。私、堪えるわ」
「いやいやいや、違うよ。朗読しちゃってたのはついうっかり無意識にだから。羞恥プレイとかじゃないから……羞恥プレイ?」
直見さんはスラスラと恥ずかしがるそぶりもないからどこまで本気かわからないけれど、とりあえずそういう遊び方じゃない。
「ごめんね、恥ずかしくさせたならごめん。本当に違うんだ。心の中だけのつもりが声に出ちゃったんだ。練習のつもりで」
「……え、練習?」
「うん、練習」
あれ? 直見さんが変な顔をしているぞ。
まるで僕の言葉の意味がわからなくて戸惑っているみたいに。
僕は確認の意味をこめて尋ねる。
「これって声優の練習なんだよね? 声優ってキャラクターやナレーションに声を入れる仕事でしょ? だから僕は、このゲームのまだ声の入っていないところに声を入れればいいんだよね?」
「……え?」
(あ。直見さんがポケーっとしてる)
呆然とした表情。
普段は大人っぽい雰囲気の彼女の年齢らしい一面がのぞく。
「……いやいや、美幸くん、違うわよ? 今ゲームをやってもらっているのは、エロゲとはどんなものなのか、私たちがどんなものを作っているのか知ってもらうためなの。あなたには声優を頼んでいるけれど、えっと、そう、声を入れてももらいたいのはそこじゃなくて、そこは声を入れないで正解なの。このゲームはそういうものなの」
直見さんはブンブン手を振って、
「もう一度言うけれど、君にはヒロインの声優をしてほしいの。ゲームの中の女の子になって欲しいのよ」
「え……? 女の子ってこの……」
僕はどうやら、とんでもない思い違いをしていたらしい。
スピーカーから女の声が流れてくる。
『勘違いしないでよ、お、バ、カ、さん』
生き生きとかわいらしく語りかけてくるヒロインたち。これを僕にやれっていうのか。
「え、ムリムリムリ。ムリだよ。だって僕、男の子だもん。女子の声なんて出せないよ」
「大丈夫よ。問題ない」
他ならぬ僕自身が不可能だと主張している、直見さんは力強く言い切った。
興奮しているのか直見さんの両手が僕の肩に伸びていた。ソファーに押しつけられる形。いやむしろ、半分押し倒されそうになりながら、彼女を見上げる。
長い髪と影が僕の体の上に落ちている。学校では幽霊みたいな彼女の熱く秘めた意志がつかまれた肩から伝わってくるようだった。
(すごく、ドキドキする……)
彼女の熱が僕の鼓動を早める。
「ううん、そうじゃなくて。むしろ君にしかできない。君じゃなきゃダメなのよ。私の魂がヒロインは君だと言っているの。わかる? わかってくれる?」
「う、うん、わかった……わかったよ……だから、その……」
「本当に? わかる?」
「うん、わかる。わかんないこともあるけど、多分一番大切なところはわかった。だから、その、離れてっ離れて欲しいっ。君が揺すると僕が揺れているのか、君の胸が揺れているのか、両方が揺れているのか、それとも本当に揺さぶられているのはもっと別のところなのか、全然わからなくなるからっ!?」
「あら、まあ、失礼」
「ふうぅ……」
直見さんから解放され、僕はゲームを再開した。今度は朗読せず、女の子のセリフに注目する。
直見さんの求めるのはヒロインの声優だという。
果たして男子である自分に可能かわからないが、彼女が望むならその期待に応えたい。
そう思ってゲームを進めていたら……。
『二人っきりに……なっちゃったね』
『あのね、先輩……私、ずっと前から、先輩のこと、好き……だったんだよ?』
『うれしい……私のこともっともっと、好きになって欲しいな……』
「あれ、え、これってなんだか……」
段々と話の流れが不穏な雰囲気になってきて……。
「え、ちょっと、え……えっもしかして、やっぱり? そういうことなの? そういうシーンもあるの……?」
『あ、あぁん、先輩急ぎすぎ……私は逃げないからぁ……んっ、んんんっ……そう、そうだよ、優しくさわって……気持ちよくさせて……?』
画面の中で、女の子は下着姿で後ろから主人公に胸をもまれている。恥じらいながらも嬉しそうに頬を染めて。
先に進むのが怖い。だって、これ以上進んじゃったら、そしたら……。
「クリックが、止まっているわよ」
「え、え、ちょ、ちょっとダメ……そこを押しちゃったら……押したら大変なことになっちゃうよぉ、ああっ」
直見さんの手が僕の手に重ねられ、強制的にクリックさせられる。
やがて、スピーカーから熱い吐息と桃色のセリフが流れ始め……。
『あっあっあっいい、いいのぉっ……乳首、乳首ィ……つまんでっ、私の乳首、もっと、もっと強くぅ……ああっんっ……オッパイも、ぎゅっと強くもんで。オッパイいいのぉ』
「さ、言ってごらん」
「できないからぁぁぁぁぁああああ!?」
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