第4話 株式会社すうぃーとぱいん

「……と、これじゃ伝わらないかしら。君にしかできない仕事を私は知っている。ぜひ君にその仕事をしてほしいのだけど」

 実際のところは、僕の脳みそは急展開について行けず、疑問を持つどころかなにひとつ理解してはいなかったけれど。

 僕を必要とする彼女の手が、今だけじゃなくて、長い間求め続けてきたもののように思えて、半ば反射的にその手をつかんでいた。

「よろしい」

 幽霊さんはうなずき、僕を立ち上がらせるともう用は済んだとばかりにスタスタと立ち去ってしまう。

 なにか言わなくてはと思い、けれど頭が働かず、追いかけようとしたところで、ハッと黒江ちゃんたちのことを思い出して振り返った。

 黒江ちゃんは仲田さんたちに助けられて立ち上がるところだった。

 見たところケガなどはしていない。口を開きかけると、黒江ちゃんが視線をそらしてしまったので心臓がギュッと締めつけられた。

「……チャイム、鳴っちゃうよ……?」

 ようやっとそれだけ言って教室へ向かう。今は僕と顔を合わせたくないみたいだから。

 とはいえ、教室の席はすぐそばだから気まずくなるのは免れない。

 黒江ちゃんは僕の一番の友だちだから早く仲直りしたい。

 でも、正直なところ僕にはなにもわかっていなかった。

 黒江ちゃんがなぜあんなに怒ったのか。幽霊さんがなぜ僕を助けあんなことを言ったのか。あんなことがあったのになぜ僕の心は、なんというか、晴れ晴れとしているのか。

 わからないことばかりで目が回りそうなのに、

『君には才能がある』

『私には君が必要なの』

 どうして幽霊さんの言葉が頭の中で何度も繰り返されるのか。原因があるとすればひょっとするともしかしたら。

(それが僕がずっと欲しかった言葉だから)

 僕は希望に貪欲だ。

「あれ……?」

 ふと、手の中になにかを握っていることに気づく。

 硬質的な白い紙。長方形の中にバランスよくパソコンの文字がレイアウトされている。

『株式会社すうぃーとぱいん 企画・シナリオ直見羅壱』

 その紙は世間一般で多分名刺と呼ばれる物だった。


 学校の最寄り駅から電車で三駅いくと田畑ばかりの景色も消えて、ビルの建ち並ぶ都会的な街並みが見えてくる。駅ビル周辺は東京と比べたら見劣りするのだろうけど、地方にしては賑わっている方だ。

 大通りから外れて路地をしばらく進んだところにあった、とある建物を訪れていた。

 あの出来事の後、名刺のことを尋ねにいったら放課後名刺の住所にくるように言われただけで詳しいことは説明してくれなかった。

 ここに僕にしかできない仕事があるのだろうか。

 名刺には会社と書いてあるけれど一体なんの会社なのか。

(すうぃーとぱいんてなんだか美味しそうな名前だから果物屋さんかお菓子屋さんかな。いやもっと直接的にパイナップル屋さんかも知れない。メニューが一種類だったらお釣りや注文を間違えたりしなくていいな)

 と、なるだけ楽しい想像をしようとしたが、実のところ、気分は鉛のように重かった。

 一つは、黒江ちゃんと気まずい雰囲気になってしまったこと。いつもだったら黒江ちゃんの方から話しかけてくれるのに、今日はあれから一度も会話をしていない。

 もう一つは、ここにくる前にアルバイトの面接に行ってきたからだ。結果は不合格。その場で言い渡された。

 面接をしてくれた店長さんは人の良さそうなお父さんっぽい人だった。

『え、君男の子? へぇー女の子に見えるね。そう言われないかい?』

 初対面の人からそう言われるのは慣れている。

 いずれ体も大きくなり、男らしく成長すると信じていたし、今もその希望は捨てていないが、その時期はいまだ予兆すらない。

『うーん。どうも君は今うちの店に欲しい子とは違うみたいだね。変に期待を持たせるのも悪いから今言っちゃうね。今回は縁がなかったということで、ごめんね』

(ああ……)

 好印象な店長さんでいけると思っただけに落胆の度合いも大きい。不採用もクビも何度もあるが、何度経験しても慣れることはなく辛い。

(僕はいらない子なのか……)

 不採用になるたび自分の価値を見失う。クビになるたび不必要な人間だと思い知らされる。

 世の物事には正解があり、きちんとした順序があり、それは僕がどうこうするものでもなく、決められた真理であり、生まれてくる前から絶対のものである。

 だけど僕はそれを間違える。寸分違わずやろうとして、順番をあべこべにしてしまう。

 その結果が惨憺たるアルバイト遍歴だ。物事の正確さと現代社会のスピードに、僕はどうにもそりが合わない。

 幽霊さんはああ言ってくれたけれど、もっと僕に詳しくなったら呆れてしまうのではないだろうか。

 どれっぽっちの期待でも今の僕には重量オーバー。

 そう思ったら、呼び出しベルを押すのがためらわれた。

 それと、ここまで来ておいてぼけっと突っ立っていたのにはもう一つ理由があって、

「ここどう見ても普通の家だよね……?」

 何度見ても二階建ての一軒家がそこにはあった。明るいブラウンの屋根の洋風建築。庭付きのちょっとこじゃれた一軒家。

 でも表札には『株式会社すうぃーとぱいん』とあって間違いない。ただ僕の一般企業のイメージとはかけ離れている。

 意を決してベルを鳴らすとインターホンごしに女の人の声が返ってきた。

「はい、こちらすうぃーとぱいんです。どういったご用件でうごごっ!?」

「あ、あの僕は美幸と申しまして本日は……うごご?」

 次の瞬間。

 バーン!

 眼鏡をかけた女の人が扉を開けて登場。

 シュタタ、タンッ……!

 跳躍。

 ガッシャァァン!

 勢いがつきすぎて猛獣みたいに柵に阻まれる。

「え、あの、大丈夫ですか……? ものすごい音がしましたけど……」

「そんな場合ではなぁぁい!」

「はぃぃ、ごめんなさい!?」

 眼鏡女性は僕を食いいるように見つめた後。

「うぉおぉおぉおお! 理想通りの美少女キター! あーもう全てが想像通り、いや想像以上! パーフェクツ! 入ってよかったこの業界! 待っててよかった適齢期! いつか夢のプリンセスが二次元の壁を超えて拙者のもとへやってきてくれると、ずっと信じていたでござるよ!」

 瞬間的に悟る。

(この人変な人だ!)

 動揺する僕が口を挟む余地を奪う勢いで、その女性は独りごち続けた。

「ああ、積年の思いが遂に今日報われるのでござるね! はっ、そうだ、お祝いをせねば! 本日は貴殿と拙者の出会った記念日! 運命の邂逅アニバーサリーとして毎年ワンホールのショートケーキを食べるでござる。イチゴちゃんはあーんしてあげるので、代わりといってはなんでござるが、貴殿のイチゴちゃんを拙者にあーんと……」

「うるさい」

 ペチコォン!

 眼鏡の人をハリセン一発で黙らせたのは後ろからやってきた女の子だった。

「近所迷惑だ。静まれ変態カオス

 銀髪で白い肌。顔も手も小さくておまけに眉毛も小さい。現実離れした美少女。まるでアニメから抜け出てきたかのような。

 グレーのスーツを着ているのも子供の背伸びにしか見えない。

 彼女は言い逃れようとしている眼鏡の女性をバッサリ切り捨てると、僕に向き直った。

「君は美幸くんだな? 直見から話は聞いている。入りなさい」

 幼い見た目に反して事務的過ぎる声のトーン。ハリセンを振るう動きも淡々として、ロボットみたいだ。

 けど、そこで少しだけ彼女に変化があった。

 僕の頭から足までを一瞥したときだ。

「ふむ……」

「え……? な、なんでしょうか。なにかゴミでもついてますか?」

「本当に男の子なのか……?」

「男の子です!」

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