第3話 熊ヶ根薫
「負けました、だぁ? あんたたちは雁首揃えてそんなこと言いに帰ってきたの?」
激しく叱咤の声が響いた。
猫フードパーカーの娘、愛瑠はかわいそうに萎縮して一回り小さくなってしまっている。このままでは、手の平サイズまで縮んでしまうのではなかろうか。
ここは小洒落た感じの喫茶店。
罵声の主は、ベリーショートの女。
眉も目もつり上がった蛇のような目つき。
外見で人を判断するなという正論は、なるほど素晴らしい言葉だが、性格や生き方が外見に影響を及ぼす、というのも否定しきれない事実である。
それを踏まえて言うなれば、彼女はいかにも性格の悪そうな、もとい、性根の腐っていそうなツラの女だった。
「相手は新入生が一人だろ。それも如月流なんて聞いたこともない零細流派。そんな小娘一人捕まえられなくて、よくのうのうとファンクラブ会員をやってられるね。この面汚しどもが!」
「あ、あのお言葉でしゅが……」
「口答えするな!」
愛瑠の言葉をピシャリと遮る。
「愛瑠。あんたさぁ、やる気あんの?」
「やる気でしゅか? ありますよぅ」
「はあ? やる気あるのにこれかよ!? お嬢の口利きで入れてやって、ちょっとは使えるかと思ったら、おめおめと負けて帰ってきて、情けねぇと呟いた、そんな私の傷心(ハートブレイク)。そんなことで恭子様をお守りできると思ってんの? ええ?」
百合花塚恭子様ファンクラブ。通称、百合花会。
それが、この集団の正体だった。
活動内容は、百合花塚恭子様の啓蒙、情報交換、共有。そして、体裁のいい言葉に言い換えてはいるが、要するに、
『抜け駆けすんなよ、出過ぎたやつは粛正すんぞ』
天才剣術家にして言わずと知れた天然美少女如月イブを襲ったのも、恭子様目当ての新入生を懲らしめて取り込むためか。
だが、襲撃はあえなく失敗に終わり、その報告を受けたこの百合花会現会長、東金大蛇(とうがねおろち)は激怒しているわけだ。
「ふぬけ共め。ここは一つ、私自ら教育してやらないといけないようだねぇ」
大蛇が舌なめずりするのを見て、愛瑠たちは震え上がった。
というのも、大蛇は見た目通りのドSキャラ。
教育と言っては、いたいけな少女たちをいたぶる危ないお姉さんなのである。
先輩であることを笠に着て、なにをされるかわかったもんじゃない。
そんな大蛇の目に止まったのは、猫耳フードの可愛らしい愛瑠。
「代表として愛瑠、あんた、私の部屋に来なよ」
大蛇の瞳が妖しく光る。これから行われる大蛇の可愛がりを想像して、愛瑠の表情が恐怖に染まる。
だが、仔猫のように怯えるその表情がむしろ嗜虐心をそそってしまって、これがたまらん。
ガタガタ震えていた少女たちは、現金なもので、自分が選ばれなかったことにホッとして、愛瑠に憐憫の視線を送るも助けようとはしない。
「ほら、早くしろよ。心配するな。たーっぷり、かわいがってやるからさぁ」
舌なめずりする毒蛇に震える仔猫のもとへ。
「そうはさせんぜ。東金」
救いの女神が現れたのはそのときだった。
やってきたのは赤髪癖っ毛。道着姿の活発そうな先輩。
東金大蛇と同じ二年の熊ヶ根薫。ファンクラブ会員にして熊襲流柔術を修める女傑である。
「ああ? なんの用だよ、熊ヶ根」
「お前についての良くない噂を耳にしてね。確かめに来たんぜ」
「良くない噂? そいつは一体全体どんな噂だって?」
「ファンクラブを私物化して、会長なのをいいことに、後輩共を手籠めにしているって噂だぜ」
「ほう。そいつは結構なことじゃないか。強えやつが全てを手に入れる。それがうちの校訓だろう」
「誰が強いって? ふざけるなよ。蛇女」
薫は両手につけた腕輪を、はりのあるツンと尖った胸に押し当てる。
「ん、あふぅぅぅぅっ……くぅ……顕現するぜ、金剛力爪ベアクロー」
対する大蛇も陶器のように硬そうな胸にロッドを押し当てる。
「あっはぁぁぁぁぁんっ! くふ、ひれ伏せ、蛇鞭ヘヴィウィップの登場だ」
やれやれ顔を合わせるなりバトルとは。
争うことしか知らぬ若者たちは物騒極まりない。
それも、二年の上級生、心器持ち同士ともなれば、周りに振りまく迷惑も相当なもので。
店内はイスが蹴り飛ばされ、テーブルが砕け、凄惨な戦場と化した。
「こんなお店で暴れていいんですかぁ? 病院のときもでしたけどぉ」
いかにも新入生っぽい子が、悲鳴のような叫びを上げる。
それに対して、先輩らしきベリーショートの女が答えた。
「大丈夫よ。ここは学園都市だからね」
学園都市。
霊験学園が治めるこの都市一帯は、学園生徒たちの行動の自由が、過剰なまでに認められている。
殺人などの凶悪犯罪は問題外。
しかし、生徒同士がじゃれ合って、多少器物を損壊してしまう程度のことはご愛敬と許容されている。
なにせ校訓からしてこれだ。
霊験学園生徒の心得、一つ。
生徒同士は私闘に励み、大いに切磋琢磨せよ!
柔術使いの薫は接近戦を得意とし、鞭を獲物とする大蛇は中距離を縄張りとする。
自然、勝負は間合いを詰めようとする薫と距離を取ろうとする大蛇の攻防戦。
「お前は百合花会の癌だ。東金!」
薫は、剛直の印象を与えながら軽妙な足さばきで攻撃を誘発。空振りさせて生み出した隙を積み重ね徐々に間合いを詰めていく。
「後輩たちはお前の報復を怖れて逃げ出せずにいるに過ぎない。あたしが取り戻してやる! 清く正しい恭子様萌えをぉ!」
性根の良さを表すような素直な正拳突きが繰り出されれば、大蛇は後退を余儀なくされる。近距離では鞭の威力を十分に発揮する打点が狙いづらく、大蛇は避けながら攻撃を放つも、全ては半端で有効打には至らない。
ましてや、薫の心器は持ち主の耐久性を高める加護があるようだ。神霊を顕現させた心器は持ち主の能力を高める。RPGでいうところのステータスアップだ。宿る神霊によってその加護の効力は異なるが、大蛇の鞭の打撃とは相性がよさそうだ。
「どうした。逃げてばかりか、卑怯者め。逃げ方にまでお前の性格の悪さが現れているぞ」
「ッチィ……突進することしか知らない獣か。てめえは」
「お前の間合いではやらせんよ! このまま、攻めきる!」
反面、薫はお手本通りの攻撃で着実にポイントをとらえている。このままならいずれ薫が勝利するだろう。判定勝ちだ。
ただし、これが試合ならば。
だが、そう簡単にはいかないのが勝負であり、人生だ。
人生をまっすぐ歩むのは美しいものだが、残念ながらそれで勝利できるとは限らない。
薫の一撃が大きくからぶったのを見て、二人の戦いの趨勢を見守る百合花会員たちが動揺し始めた。
「おかしくないですか?」
「ええ、なんだか……熊ヶ根先輩の動きが鈍くなってきているような」
彼女らの目にもわかるのだから、薫の不調はいわゆる誰の目にも明らかな状態である。
顔を上気させ、呼吸の荒い薫の胸を鞭が横薙ぎに叩いた。
「あひゃぁん!?」
薫は自分の漏らした悲鳴を信じられないような顔をして口を押さえるが、もう既に遅い。発したものは取り消せない。
「あひゃんだって!」
「あひゃんですって!?」
「あひゃんなの!?」
「ま、待て、今のはなにかの間違……あひゅぅう!?」
間違いではない。薫は明らかにおかしい。そのロケットみたいなおっぱいを鞭で刺激されたのを契機にへなへなと脱力して座りこんでしまった。
相手を油断させる奇策、ということはないだろう。奇策は弱者の代物だ。特別な事情を抱えているのでなければ、そのまま事が運べば順当に勝利できる者が、あえて奇策に出る必要はない。
であれば、薫は現在異常事態にあるということだ。
それが誰によってもたらされたかについては、語るまでもないだろう。陰険そうな眉根を寄せて、長い舌をチロロと出した、性格の悪そうなツラを一層深化させた、蛇女である。
「あひゅう? あひゅうって言ったか? くひひ。なんですかー、あひゅうって? 熊ちゃんの鳴き声ですかー?」
「ちがっ、今のは、ちがくて」
「なにが違うってんだよ。なんにも違わねーよ。今のはてめえの声だ。てめえが快感に漏らしたよがり声だ。潔癖そうな表情をして、むっつりスケベをさらけ出した、てめえの女の本性だ」
「違う、違う、違うんだ、違うのに……なんでだ、なんで体がうずくんだぜ……おかしい、あたしの体がおかしい……お前、あたしの体になにをしたんぜッ!?」
「叩いただけさ……とびきり気持ちよく、ね」
熟練者の扱う鞭は、外傷を最低限に食い止め痛みのみを与えることが可能である。またその打撃音の激しさから、相手に対する心理的プレッシャーも大きい。
鞭の心器使い大蛇は、それらの多寡を自在に操ることができる。
更に最悪なことに、蛇鞭ヘヴィウィップの加護は、
「催淫」
どこのエロ漫画だ。
「ほら、もうこの鞭が欲しくてたまらないだろぉ? あたしのぶっとい蛇ちゃんがさぁ!」
問題があるのは性格だけでなく品性もだったか。
「くぅ……そんな、ことあるかぁ。あたしの金剛力爪は持ち主に鋼の忍耐力を……」
「あたしの蛇鞭が与えるのは肉体的なダメージじゃない。快感なのさぁ」
大蛇は蛇鞭を愛おしそうに撫でる。
「さすがのクマ公も痛みには強かろうが、こういうことにはからきしみたいだねぇ」
「くっ、お前の思い通りに行くと思うな。あたしはこんなことくらいで……!」
屈辱に震える薫の顔をいたく気に入った様子で、大蛇は嗜虐的な笑みを浮かべて舌なめずりした。
「いいねぇ。あたしは、てめえみたいなじゃじゃ馬をしつけるのが大好きなんだ。せいぜい楽しませてみせなぁ!」
「負けるかよぉぉぉお!」
数分後。
大蛇の鞭に屈服する薫の姿があった。
鞭の快楽には勝てなかったよ!
「はぁ、大蛇様ぁ……叩いてぇ、叩いて欲しいんだぜぇ。薫のこともっといじめてくだしゃーい」
快楽責めにとことん弱いとは、こいつの中身は姫騎士か。
他の連中もみんな見てるっつーのに。
「物足りないねぇ」
鞭を打ち終えた大蛇は興奮冷めやらぬ様子で、その欲望のはけ口を探して飢えた視線を巡らせる。目に止まったのは、やっぱり仔猫だった。
「よーし、愛瑠。小娘一人連れてこれなかった罰だ。こっちに来な」
「あの、それでしたら、大蛇先輩」
「なに、まだ私に逆らおうっての? いいからさっさと来な」
「いえ、ですからぁ、連れて来てはいるんでしゅよぉ」
「……へ?」
間抜けヅラをさらした蛇女に愛瑠が告げる。
「ほら、天井に」
バッと顔を上げた大蛇と目が合う。
「忍者か、てめーは!?」
「天才は忍者を兼ねる。しかして、私は忍者でない。問われてあえて答えるならば、そう、天才剣術家にしてギネス級天然美少女如月イブ! それが私だ、とくとご覧じろ!」
実のところ、さっきから一部始終を文字通り高みの見物していた私は、ふわりと床に降り立ったのだった。
アイバト! 愛のバトル。つまりは女子高生がいっぱい出てきてバトルするだけの話 池田コント @rodolly
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