第3話 亮の結界領域
亮の結界領域の入り口は蒼神邸の敷地の中にあるのだが、普段は隠されているため常人が入ることはできない。しかも結界領域のなかは魔獣がうじゃうじゃしている。そして亮の住まいは結界領域の最奥部にあった。そこは幾重もの結界に覆われ、魔獣たちが入らないようにできていた。亮は蒼神邸帰ると、すぐさま自分の妻である栞子を探した。栞子は子供部屋でまだ3才の長女を相手におままごとをしていた。亮には二人子供がいるが、もう片方の長男(10才)はどうやら学校に行っているらしい。
「ただいま、栞子」
亮が言うと栞子は笑顔を浮かべ言った。
「おかえりなさい、あなた」
その言葉に亮はばつが悪そうな顔で言った。
「栞子、これからお客が来るから、お茶とお菓子の準備を頼みます。僕は居間にいますので。お願いしますね」
そういうと亮は部屋を出ていった。居間には山のような魔導書やら神術書やら霊術書があるからだ。まずはそのあたりを片付けに行ったのだろう。居間は一応客間も兼ねているので。
「相変わらず変わりがないですわ。…それにしてもお客様ね…珍しいわ」
そういうと栞子はお茶とお菓子の準備をするべく台所へと向かった。
その頃、和人と樹は亮の結界領域の入り口に来ていた。和人はぶすっとした様子で、樹は興味津々といった感じである。
「念のため言っておきますが、桜花 亮の結界領域には魔獣がそこら中ウロウロしてますし、空間位相も別次元方向に移動されています。とりあえず僕から離れないでください」
和人の言葉に樹は尋ねた。
「はぐれたらどうなるんだ?」
樹のその言葉に和人はため息を付いて言った。
「一生かかっても出られませんよ。『人間嫌い』の桜花 亮の結界領域には古代の惑わしの術がかけられています。亮の研究室兼自宅までたどり着くには、その『ルート』を知っている人が必要です」
「どんだけ亮ってやつは、人嫌いなんだよ。…こんな無茶苦茶な結界はって閉じこもるってさ。」
樹のその言葉に更に機嫌が悪くなった和人は言う。
「彼は最初から人嫌いだったわけじゃない」
「じゃあ何でだよ」
樹の言葉に和人は言う。
「それは本人に聞いてください。では行きますよ」
「なんだよこれ!?死ぬ死ぬ死ぬ!!」
樹が悲鳴を上げながら魔獣たちを倒していく。なにせ数が多い。多すぎる。襲いかかっていくる魔獣を切っては倒し、切っては倒しの繰り返しである。
「この程度でなに音を上げているんですか?どんだけ甘やかされて育ったんですかね、貴方は」
和人が術で魔獣を一掃していった。
「なんだよそれ!嫌味か!」
樹がブチ切れた様子で言った。その言葉に和人は呆れた様子で言った。
「嫌味に決まってますよ。貴方、術使って一掃すればいいじゃないですか。ここは神風抄国界であって神風抄国界ではないところ。別に貴方が術を使っても神風抄国界には影響は出ませんよ」
顔は笑顔だが辛辣である。怖い、怖すぎると樹は思った。ここの世界の権力を握っている連中がこんなにたちが悪いとは思ってもいなかった。
「つべこべ言わずに先へ進みますよ。亮の住まいはすぐそこですから」
その言葉通り、10分ほどで亮の住まいに到着した。和人はなれた仕草で呼び鈴を鳴らすと、眼鏡をかけたきれいな少女が出てきた。
「いらっしゃいませ、和人様。そちらの方は桜ノ宮 樹ですよね?」
少女が問うた。
「お邪魔するよ、栞子さん。うん。こいつが『陛下』が送り込んできた桜ノ宮だよ。上がっていいかい?」
栞子と呼ばれた少女は言った。
「ええ、どうぞ。桜ノ宮の方、靴は脱いで上がってくださいね。では案内いたします」
栞子はそう言うとすっと玄関へとまねいた。
居間に通されるとそこにはめんどくさそうな顔をした亮がいた。
「いらっしゃい、和人に桜ノ宮 樹。どうぞ座ってください。いまお茶を入れますね」
ぱちんと亮が指を鳴らすと空中にティーセットが現れそして勝手にティーポットが傾き、カップ2つにそれぞれお茶を入れた。
「和人、璃音から連絡きたけど、桜ノ宮をしばらく僕が預かっていればいいのだね?」
亮が和人に対していった。
「璃音の指示かい?まあそれなら僕は異存がないけれど。例の話がまだ済んでないんですよね?あと時期を待てと?」
亮はお茶をすすったあと言った。
「そういうことだね、それよりも和人、戻ったほうがいいんじゃないか?桜ノ宮に関しては僕が責任を持って然るべき時まで預かるから」
その言葉に和人は無言で頷くと椅子から立ち上がると去っていった。
「で?僕の結界領域の中に入ってきたときに僕が何故人嫌いになったか云々の話してたよね?まあその話をしようか」
その言葉に樹は飲んでいたお茶が気管に入ったらしく、むせた。
「なんでそんなことわかるんだよ!?」
樹の抗議も何のその、亮は飄々とした様子で言った。
「僕の結界領域内の会話は全て僕の耳に自動的に入るように術をかけているんだよね。だから知っているわけ。さて、僕が人嫌いな理由を述べるとするならば、はるか昔、桜花 全っていう僕の父親に当たる人なんだけど、彼が自分の父親が浮気していたことに対してブチ切れて一族皆殺しにした挙句に、陛下たちにその罰としてコールドスリープにかけられて、大体100年前かな?コールドスリープから起こして子供を作らせてその後殺したのが原因だよ。その子供が僕ってわけ。そのことを聞いて以来僕は一部の人を除いて人嫌いになった」
淡々と語る亮はさらに言った。
「そりゃ父親殺されて、母親もわからずじまいでひとりぼっちだった僕の気持ちなんてキミにはわからないだろうね。わかったかい?桜ノ宮クン?」
ニコっと笑って亮は言ったが、目が笑っていない。その様子に樹は背筋に寒気が走った。恐ろしい術者というのがよくわかったからだ。
「僕の方からも質問だけれども、キミってさ自分の一族のルーツを知っているのかい?知っていないのなら教えてあげよう。僕とキミはね、実は親戚なんだよ」
亮の話を要約するとこうだった。
桜ノ宮の一族は、桜花一族と、そこそこの異能持ちを持つ家系である天宮家の令嬢が結婚して生まれたのが双子の桜ノ宮の始祖であり、変異種の異能を持っていて神風抄国界の神力の循環システムを妨害するというものだった。時の国王はそのことを『陛下』に報告し、そしてその双子を引き取ったのが蒼の世界だった。それ以来桜ノ宮の一族は神風抄国界に一切来ることなく、平穏な日々が過ぎていった。樹が『陛下』に命令され、この世界に来るまでは
ということらしい。樹的にはあの璃音の敵意や、みるみるうちに彼女の顔色が悪くなっていったっていうのがわかった。そういうことが原因だったのか。ならばなぜこの時期に自分をこの世界によこした理由が樹には理解ができなかった。
和人と樹が亮の自宅についた頃、蒼神邸では残ったメンバーによる話し合いが行われていた。
「と言うかどうやって嵌めるんですかぁ!何かイレギュラーなことが起きない限り無理ですぅ!!」
琉那がギャーギャー騒いでいた。
「大体こんな自体になったのは『陛下』のせいじゃないんですかぁ!!!『陛下』が責任を持って全部お膳立てしてほしいですぅ!!!」
その言葉に残っていたメンバーは溜息をついていった。
「うるさい」「黙れ」「ギャーギャー騒ぐな」「后妃が倒れたのってお前のせいじゃね!」「ほんと、うるさい」「ピキッ」
一斉に残りのメンバーが文句を琉那に対していった。
「だってそうじゃないですかぁ!この混乱に乗じて『あれ』が出てくるかもしれないんじゃないんですかぁ!そうなった時の責任誰がとるんですぅ!?」
琉那は他のメンバーの声に耳を貸さずに言った。
「多分出てくるよ、そんな感じで。璃音から凛樹の運命辿ったらみえたし。そこにどうやって桜ノ宮を連れて行くかだな。師匠呼び出して頼む?」
ノクトが言った。
「…極力そういうことは控えましょう。あとで師匠に文句言われるのがオチだし。それにしても13人目、最後の一人がまさかこの世界ではなく、蒼の世界にいたとはね。大誤算だわ。私的にはそうね、ノクト。ちょっと具体的に『あれ』がいつ頃現れそうかどうか分かる?」
璃音の言葉にノクトは少し悩んで言った。
「后妃が死んだ時に現れそうな感じだな。ただそれが具体的にいつかはわからない。『あれ』と『陛下』が絡むと運命が辿りにくい。確実に起こることしかわからない、その経緯をどうやって作っていくか、ってのが俺達がやるべきことだと思う」
ノクトの言葉に璃音は言う。
「だそうよ。皆、異論はないわね」
その言葉に全員が頷いた。
「じゃあ、それを考えましょうか。くれぐれも桜ノ宮には言わないように」
数日後、亮の結界領域内にて、樹は亮から講義的なものを受けていた。その時だった。亮がふと顔を上げていった。
「あれ、璃音。珍しいですね。直接とんでくるとは」
突然何もない空間から璃音が現れた。
「気分転換よ。一応今后妃の容態が落ち着いているから、神力の循環を兄様に預けてきたわ」
バサリと髪を翻して璃音はいった。
「準備もできたし、あとは待つだけ。…ところで桜ノ宮、一つ質問があるのだけれども、和人の出生についてはしっているのかしら?」
その言葉に対して樹は言う。
「いや聞いたことないな。そもそも『碓氷』って名字の異能持ちなんて聞いたことが無い」
その言葉に璃音は溜息をついていった。
「本人から許可をもらっているから教えてあげるわ。和人のやつは、普通の大貴族の子息として生まれて、后妃の異能によって異能が発現した珍しいタイプなのよ。あいつの戦い方見たでしょう?そして貴方なら力の強大さを感じ取れたのではなくて?ほんとに変異種って怖いわよね」
璃音が樹を睨みつけながら言った。
「じゃあきくが、あんたはどうなんだよ」
樹が睨みつけ返しをしながら言った。
「私?私は父親が誰なのか知らないわ。兄と姉にきいたけど、お母様は一切言ってないし、兄様達とは違う父親としか聞いていないわね。…でも薄々誰かは目星ついているけど」
肩をすくめて璃音はいった。
「目星がついてるねえ…。あんたってさ、この世界のシステムについてなんか知ってるのか?」
樹が尋ねた。その言葉に璃音は嫌な顔をしつつ言った。
「知っているも何も、血筋の中に記憶されているから言うわ。この世界はね、もともとは『創造主』という存在が創った世界で、実験的にわざと闇に飲み込まれやすくして、そして自分が創った血筋の葉月一族の中の女性から『柱』という存在を出して闇を防ぎ、そして世界に神力を循環させることで世界が存続するシステムを創り出した。それが何年続いたのかは知らないけれど、ある日『創造主』が作り出した2神の内の一人、『光の創造神コスモス』が空の神の血を持った人間の男に恋をして生まれたのが私達天吹一族と蒼神一族の始祖たる男、貴方も知っているんじゃないかしら?今では『陛下』と呼ばれる存在である蒼天華 凛珠が葉月一族の柱に恋をして、役目を蒼天華 家にうつしたと血筋の記憶の中に記録されているわ。そのシステム自体に関しては、『陛下』が建国した『玉京国』が滅ぼされたときに、天吹 紅藍(てんぶき こうらん)がその役目を引き継いで、そして10の分家にも少し役目を肩代わりしてもらい、国王がしなければならないことは『通路の操作』と『世界に神力を循環させる』事になったと聞いているわ。なんというかバカげた話よね。自分が恋した女のために子孫まで巻き込むっていうのは。本人はどう思っているのかはしらないけれど」
自分が恋した女のために、子孫を巻き添えにした男。それが今は、黒白の一族の『始祖』で『神』であるとはなんという皮肉だろう。樹をここに寄越したのも『陛下』であり、彼は無駄な手は一切うたない。確実に彼は――策士であり、そして自分の気持ちに正直な男である、というのが璃音達神風抄国界にいる黒白の一族の共通認識である。
「で?私はシステムのことを話したけれど、対価というのは一体私は何をもらえるのかしら?貴方についての情報を。貴方、『陛下』に命令されただけじゃないんでしょう?この世界に来たのは」
璃音に話の対価を求められた樹は冷や汗がダラダラである。どこから話していいのかわからない。強烈な力を持った二人が目の前にいるというのでさえ萎縮するのに、璃音が勝手に話をしてその対価を求めてきた。なんというか理不尽ではないかと樹は思った。
「対価というならば、俺の今までの経歴話せばいいのか?」
恐る恐る樹は璃音と亮に尋ねた。
「まあそうなるわね。あと貴方がどうしてこの世界にやってきたのかが知りたいわ。貴方、命令されてきたって師匠から聞いたけれど、私は貴方の口から聞いていないわ」
璃音が冷たく言った。
「…桜ノ宮の一族は『探求者』と呼ばれ、俺のそれに当てはまっている。10歳ごろから数多の世界を渡り歩いてきた。なんか俺の求めてるものは俺の生まれ故郷である『蒼の世界』にはなさそうな気がしたから」
璃音はその言葉に対していった。
「私は貴方のルーツが聞きたいのだけど?そこら辺も話してくれないと対価としては釣り合わないわ」
その言葉に対して樹はひいいいいとなったが(亮にとっては慣れっこなので、完全に蚊帳の外状態だが無視してお茶を黙々と飲んでいた)璃音の目を見て話さないとやばいと思った。
「俺の父親の名前は桜ノ宮 優一、母親の名前は桜ノ宮 旭の間に生まれた。ちなみに5人兄弟の2番めで次男にあたる。なんというかお前たちの師匠と同一人物だと思うんだが、師匠に『俺の弟子の中で2番めにお前の力は強い』と言われてる。ちなみに学校にはいったことはない」
樹の言葉に璃音と亮は顔を見合わせた。
「ねえ、亮。『学校』って何かしら?」
璃音が亮に尋ねた。その言葉に亮はものすごい一言を言った。
「…師匠に聞けばいいだろう。僕も通ったことないし。この世界に『学校』なんてないし…」
樹はその言葉に目を丸くした。
「えっ、それじゃあお前たちはどうやって文字書きとか計算とか出来るんだ?」
樹の言葉に璃音はいった。
「師匠から全部教えてもらったわ。あとはそうね、お兄様とかお姉様とかからかしら。お兄様は家庭教師ついていたからね。私は基本的に戦闘技術を叩き込まれてたせいで、読み書きを習得するのに結構かかったわ」
璃音の言葉に樹はぎょっとした。
「戦闘技術?王家の令嬢が!?」
その言葉に璃音は樹を睨みつけた。
「…復讐のためにね。それ以上は言えないわ。私は自分の過去、知られたくないもの」
そう言うと立ち上がり、部屋の出口まで行った。
「亮、桜ノ宮のこと頼んだわよ。私はまだ書類仕事残っているし、それに『あれ』のせいでいつ何が起こるかわからないもの」
そういうと璃音は出ていった。
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