白い人間

 デートに行く宣言から二日後、僕らは電車に揺られていた。アクセスが絶妙に悪い家の立地からバスに乗り電車を乗り継ぐ。普段は全くいかない場所だからか言葉にできない不安か期待のようなものが僕の目線を車内広告へとくぎ付けにしていた。

「二駅先で乗換です。先頭車両のほうが出口に近いのでそちらにのりましょう」

「そこまで急ぐわけでもないし社内での移動はしないほうがよくない?」

「それもそうですね」

 向かう車内での言葉もぶつ切りだった。サツキが緊張するというのは考えづらかった。とすると緊張しているのは僕だということだ。そうすること家から一時間半、目的地に着いた。

 館内で彼女のカメラを回しながらあるく、本当は美術館にいきたかったけど、撮影禁止の場もあるので、妥協のデートは水族館になった。県内有数の水族館とのことだがそもそも県内にどれくらい水族館があるかもわからず対する矜持も持たないため一番近い所にわりとすんなり決まった。ここの目玉はシロイルカだ。

 休日にはにぎわうだろうここも。平日に学業をおろそかにした結果、僕たちの周りにいる人影もまばらだった。

「彼らは、音波を使い互いに顔を合わせずに遠距離でも話ができるそうです」

 案内板を読もうとするぼくに彼女は言った。

 薄暗い水中照明の中、白いおでこが漂っている。シロイルカは端末を向ける僕に気付くと撮って撮ってといった様子で近寄ってきた。分厚いガラス越しに目が合ったような気がする。ブクブクと泡を出すシロイルカ。金魚鉢ににゆびを押し付けるようにガラスに手を押し付けた。するとそんな僕を面白そうに見つめてくる。しばらくは目の前でぷかぷか浮かんでいたが、ふいとどこかに去っていった。分厚いガラスには僕が残した手のひらの痕が残った。

「シロイルカには世界がモノクロに見えている。という論文がありますね」

 誰もいなくなった水槽をぼんやり見る。

「それは海に生きているから、色を必要としないってことなのかな」

「色が見える錐体はあるとのことですが、実際に実験をしたところ色の区別を示す反応はしなかったらしいです」

「哺乳類の名残みたいなものかな、地上に出てから海帰りしたんだっけイルカは」

 付け焼刃でもなんでもないあやふやな知識を投げる。期待通りサツキは答える。

「そうですね。そして彼らの祖先はあなたの祖先とともに陸上生活を送っていた時代もあります。そして今でもイルカを人のように、この場合は魚人でしょうか。そのように扱う部族もいるようです」

 僕はふとおもった。

「サツキには僕がどうみえているんだ」

 独り言のような小さな声を彼女はしっかりと拾っていた。

「―――あなたの形質は二十一歳男性。やせぎすで身長は174cmほど。体重は58kg。趣味は映画観賞等。そしてちゃんと色もついて見えてますよ」

 ―――でもあなたが聞きたいのはこういうことではありませんよね。

 ふふ、と笑いながら答える。

「祐二さん、私にあなたが見えるようにしてください」

 僕は無意識に後ろ手に持っていたサツキを自分に向けた。

 じっとカメラの単眼が僕を見つめる。

「わたしはあなたのことを慕っている彼女です、何を怖がっているのですか」

 その問いかけはいつもと同じように心にしみわたった。

「僕は君のことが見えないし、考えていることもわからない、けれど一緒にいるのが心地よい。―――愛情とはその人を特別に思えたなら自然と生まれるものって聞いたけど、僕と君にはにはそれが起こりえない。君はどうあがいても端末だし。何より僕自身、恋がわからないんだ」

 小学生のぼくが心の中で頭をかしげる。

「それでべつにいいんです。私の始まりは彼女としてでも。あなたがそう思えないならそうならなくても」

 優しい声色は僕に後悔を募らせた。こんなこと人間の彼女に言ったらひどく傷つける。

「イルカは喧嘩をしないといいます。目が悪く音波で話すのが主なコミュニケーションの彼らはそもそも面と向かっての喧嘩があるかもわかりませんが」

 僕はサツキの目を手でそっとふさいだ。

「僕と君はそもそも仲たがいもできないってこと?」

 サツキは黙る。手で隠した液晶は僕を映すこともない。

 シロイルカはぎくしゃくする僕らを不思議そうに眺めていた。

 

 帰り道は乗換に手間取った。




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