第5話

 先週のことで味をしめた私は週が明けてから毎日のように最終下校時刻まで図書館に居残るようになった。水曜日までの三日間、司書の先生が言っていたように篠崎先生は毎日図書館に寄って帰っていたので、私も先生を待ちぶせし、二人で駅まで一緒に帰っていた。好きな作家の話や学校のクラスメイトの話などをしているとすぐに駅についてしまう。

先生とは電車の方向が逆なので駅で別れることになるのだが、それがいつも名残惜しい。


 そんな木曜日の朝、電車の中でふと、こんなに男性と話したのはいつぶりだろうかと考えて、中学高校とほとんど異性との交流がなかったことに気がつく。いくら女子校とは言っても、何らかの形でみんな他校の男子と接触をしているものだけれど、私にはそういう繋がりがなかった。だから最近の先生との交流が楽しく、新鮮な体験に思えていたのだと合点がいった。


 そんなことを学校で涼子に話すと、涼子はうんうんと頷いて、

「あんたはアタシが誘っても全く興味なかったもんねぇ。今更気がついたって遅いってもんだけどね」

となんだか上から目線だ。私が唇を尖らせて

「そんなことばっかり考えてる涼子みたいな男狂いよりはマシでしょ」

と言うと涼子は笑って

「まぁ凜はそんな感じのほうが雰囲気合ってるよ。いつでも言ってくれれば紹介するけど」

とそう言う。派手なグループに属している訳では無いのだが涼子にはそういう噂が多い。シッシと手を払って

「この男好きめ、私をそっちに堕とそうとするな!」

と追い払った。


 その日の放課後、図書館で先生を待ちながら本を読んでいた私は、司書の先生から声をかけられた。

「芳村さん、もう最終下校の時間よ。帰る支度しなさい」

「え?まだ篠崎先生来てませんけど…」

「あぁ、今日は来なかったわねぇ。仕事が忙しいのかもしれないわね」

そういってから早く早くと私を急かし、図書館から追い出すとさっさと帰っていってしまった。取り残された私は職員室の方へ寄ってから帰ろうと向かう。廊下の角を曲がったところで教育実習生のために開けられている会議室から、明かりが漏れているのが見えた。篠崎先生かもしれないと覗きに行こうとしたところで、ちょうど篠崎先生が出てきた。でも私は声をかけられなかった。


先生は別の女子生徒と話しながら出てきた。


「こんなに遅くなっちゃってごめんなさい、でも先生のおかげでちゃんと分かりました!」

「中嶋さん飲み込みが良くて説明のしがいがありましたよ。またいつでも聞きに来てくださいね」

「はい!先生と話すの楽しいのでまた遊びに行きます」

そう言って可愛く笑う中嶋と呼ばれた女の子はたしか一つ下の後輩だ。学校ですれ違ったことがある気がするぐらいなので定かではないが。そのまま二人は歩いて行ってしまい、また一人取り残された私はトボトボと家路についた。


 一人で歩く駅までの道はひどく長い。中嶋という子は凄く可愛かったなぁと考えるとなんだか泣きそうになる。下を向きながら坂を下っていると

「おい!なにしょぼくれてんの?」

と声をかけられた。振り返ると坂の上に涼子がいる。

「おー、部活終わり?」

そう聞くとたたたっと私のところまで走ってきて横に並び、

「そうだけど。あんたは何をそんなに暗い顔してんのってきいてんの!」

そうまた言った。私はため息をついて、それからさっきあったことを話した。それを聞くと涼子はニヤニヤして、

「凜ってほんと、そういうとこ鈍いよね〜。まぁそこが可愛いところではあるんだけど」

そう言って一人で頻りに頷いたり、「そうか、そうか」などと呟いたりしている。

「何よ。これは先生のこと好きだから落ち込んでるとかじゃないからね!仲のいい友達にもっと他に仲のいい友達がいてなんか寂しくなっちゃうアレだから!わかる?」

「あー、はいはいわかったわかったよ」

涼子はそう生返事をした後に「語るに落ちてるよなぁ」とボソリと呟いていたがそこには触れない。余計なことを言った気がする。しかし涼子に話したことで少しスッキリしたような気がした。

「よーし、涼子!明日から気分入れ替えるために今日はラーメン食べ行こう!」

「えー、ダイエット中なんだけど。ジャンケンで勝った方にトッピングひとつ奢りね」

「いやさらに増やすんかい」

 なんだかんだと優しい友達に感謝しながら、私達は駅前のラーメン屋へ向かった。

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