第4話

 先生への宣言から3日後、私は眠気と戦っていた。

それもよりによって篠崎先生の授業で。

昨日の夜、読みかけの本が面白くなってしまい、そのまま一気に最後まで読んでしまったのが原因だ。寝たのは午前三時だった。午前中は眠気対策で買ったコーヒーのカフェインでなんとか起きていられたのだけれど、午後の陽気とお昼を食べた影響で急に眠くなってきた。そのうえ篠崎先生の単調な授業だ、耐えろという方が難しい。


 しかし三日坊主では名誉挽回できないぞと言い聞かせ、ウトウトとしながらもなんとか一日をやり過ごした。帰る道すがら、休日に備えて本を借りて帰ろうと図書館に向かう。あわよくば今週を寝ずに耐え抜いた自慢を篠崎先生にしてやろうと思い、意気揚々と図書館の扉を開けいつもの席の方へ向かう。しかしそこに先生の姿はなかった。少しガッカリする。ここ3日間、図書館で見かけることがなかったので、教育実習というのはやはり大変なんだなぁと思いながら本を物色していてふと、何にガッカリしたのだろうと思った。1度はたしかに本の内容で盛り上がりはしたが、それからはそれほど話をしてはいないのだ。何冊か選び、司書の先生の所へ借りる手続きをしに行くと、その司書の先生が

「最近あの教育実習の先生、来ないわねぇ」

とちょうど思っていたことを口にする。心の中を覗かれたような気恥しさを感じながら

「そうですね。やっぱり忙しいんでしょう」

と答えると

「仲良かったみたいだし、会えないと寂しいでしょう?」

と聞かれた。私はえ?と驚いた。それからあぁ、そうか自分は寂しかったのかと思い当たる。部活もなく毎日一人で本を読んでいたからあまり気が付かなかったが、久しぶりに誰かと話しながら過ごした放課後は思った以上に楽しかった。そう思ってから

「そう、、、ですね。少し寂しいですね」

と素直に口に出すと、なんだか無性に篠崎先生と話がしたくなった。司書の先生はうんうんと頷いてから

「あまり図書館を毎日使う人はいないものねぇ。あの先生、帰るギリギリにいつも寄ってるわよ」

と教えてくれた。それで私は本を借りて帰る予定を変更して、少し図書館の中で読んでいくことに決めた。

 しかし席に座って本を開くと急に醒めていた眠気が襲ってきて、そのまま抗うことが出来ずに眠ってしまった―――




「……さん、芳村さん!」

声を聞いてハッと目を覚ますと、篠崎先生の顔が目の前にあった。

「起きました?もう下校時間になりますよ」

そう言って私に帰り支度を促す。私は寝顔を見られた恥ずかしさに赤くなりながら急いで支度をする。カバンを抱えて図書館を出ると先生が鍵を閉める。

「お待たせしてすみません…」

「いえいえ。司書の方に戸締りを頼まれましたので僕は職員室に返して帰りますね。では芳村さん、また来週」

そう言ってすたすたと歩いていく後ろ姿を見て、なんだか惜しくなった私は、職員用の下駄箱の前で待機する。すると程なくして篠崎先生が来た。先生から死角になる位置で待ち、通り過ぎたのを見届けると、後ろから追いかけて行って

「わっ!」

と驚かす。すると先生は肩をビクッと竦ませてからゆっくりとこちらを振り向き

「なんだ、芳村さんか……驚かさないでよ」

といって笑った。笑った顔がひきつっているところを見るとかなり驚いたようだ。私は笑いながら

「先生も可愛いところありますねっ」

と言って肩を叩く。首の後ろを掻きながら、

「悪い生徒と仲良くなっちゃったなぁ」

とわざとらしく溜息をつく先生の顔は少し赤い。さっき恥ずかしいところを見られたお返しは出来たな、と小さく笑ってから

「こんな遅くなってるのに女子生徒を一人で帰そうとするなんて、先生失格ですよ?」

と言うと先生はポンッと手を打って

「それもそうでしたね。すみません、うっかりしてました。それでは駅まで一緒に行きましょうか」

そう言って私に歩くように促す。

「坂道、暗いので気をつけてくださいね」

先生の顔を見ながら笑っている私にそう促す。こんな時間まで残って二人で帰っているからか、私は自分でも妙だと思うぐらいにいい気分だ。

「先生は高校時代どんな感じの学校生活でした?」

「バトミントン部に入っていたので毎日このぐらいの時間まで練習でしたね。お付き合いしてる方もいなかったので、ずっと部活漬けでした」

「やっぱり片方しかいない学校だと恋人作るの難しいですよねー、私も居ないし」

「同性同士で楽しむのもいいものですけどね。当時は僕も彼女欲しいなぁと思っていましたが」

そう言って笑う先生の顔は少し上なだけなのに凄く大人に見え、遠くに感じられた。それから私は黙り込み、言葉をかわさずに駅までの道を二人で歩いた。

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