第3話
先生とお気に入りの作家について話した次の日の朝、教室の扉を開け自分の席に座ると隣の席の涼子が昨日と同じように机に頭をつけたままこちらを向いてきた。その顔は昨日の暑さに負けていたような顔とは打って変わってニヤニヤと楽しそうだ。
「おはよ、ニヤニヤしてるといつもの倍くらい気持ち悪いけどどうしたの?」
と私が聞くと涼子はその笑い方をやめようともせずに、
「いやー、別に?ただ凜がそんなに手が早かったなんて意外だなーって思ってるだけだよ」
と言って意味ありげに笑う。おおかた誰かが昨日のレストハウスでの光景を見ていたのだろう。学校の中で話していたのだから不思議ではない。
「なに、嫉妬?涼子が狙ってたとは知らなかったなー」
と言って茶化すが、それでも涼子はニヤニヤ笑いをやめずに
「照れなくてもいいのにー。結構盛り上がってたみたいだし脈アリなんじゃない?」
と無理やり話を進める。周りのクラスメイトが聞き耳をたてている気配を感じながら、
「図書館でたまたま同じ作家さんが好きだってわかったからその話してだけだよ」
と無難に答えておく。
涼子が何かをいう前に担任が入ってきて号令がかかったので一旦話は止まった。
この手の話題の中心になるのは苦手だ。そう思いながらその時間は机に突っ伏して狸寝入りを決めることにした。意外や意外、クラスメイトたちはその話題で声をかけてくることは無かった。私のクラスでの位置なんてそんなモンなのだ。
放課後になって図書館に寄ると今日も篠崎先生は居た。私が入ってきたことには気がついていない様子で本を読んでいる。本の内容が顔に出るタイプのようで、笑ったり少し目をひそめたりと表情がころころと変わる。
その様子を少し眺めていると先生がふと顔を上げた。私は目線を逸らすタイミングを逃し、先生とばっちり目が合ってしまう。先生はニコッと笑って、
「芳村さん、また来てたんですね」
といつもの落ち着いた口調で声をかけてくる。私は席のほうへ寄っていくと
「教育実習って忙しいんじゃないんですか?図書館に毎日居て大丈夫なんですか?」
そう少し意地悪く聞く。先生は困ったように首の後ろを弄り、
「痛いところをつくね。でも今日は18時から安齋先生の指導を受けることになってるからまだ余裕があるんだ」
と言った。昨日話をしたおかげか先生の話し方に少しフランクさが混じる。
「へー、先生の担当って私たちの担任の安齋先生なんですね。厳しそう」
と普段のイメージから連想される指導の様子を想像していると、篠崎先生は笑って
「優しい先生ですよ。それに生徒ひとりひとりをよく見てる尊敬出来る先生です。クラスの生徒みんなの詳しく性格を教えてくれますよ」
と言う。私は自分の評価が気になって、
「私の事はなんて言ってました?」
そう聞くと、
「芳村さんはよく授業中に寝る、と言ってましたね。たしかにその通りでした」
と爽やかに笑いながら言われ、私は言葉に詰まる。あまり授業を熱心に受けるタイプでない私は篠崎先生の授業もよく寝てしまっている。私が気不味くなって黙っていると、
「でも努力家で素直な子だとも言ってましたね」
と優しくフォローを入れてくれる。少し殊勝になって、
「明日からはちゃんと授業受けます…」
そう私が言うと先生は、
「期待しておきますね」
と笑って言った。その時、5時30分を告げる時報が鳴り、先生は私に「安齋先生にもそう伝えておきますね」と言いつつ立ち上がり、本を戻して図書館を出ていった。
私は余計なことを言ってしまったなと後悔しながら、先生が読んでいた本を本棚から取り上げた。
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