もう子供って言わないで

樹兄ちゃんは俺を椅子に座らせ、なぜか俺の後ろから抱きしめた状態で話を聞いてくれた。

この際、体勢のことについては突っ込みを入れないでおく。そんなことをいちいち言っていたらきりがないような気がしたからだ。


相手に何か物事を伝えるには、目と目を見て、しっかりと真摯な姿勢で話しなさい。いつもそういわれてきたのだけれど、今はこの後ろにいる、その存在を感じながら話すことができたのは、かえってよかったかもしれない。

言いにくいことを伝えるのには、やはり目を見て伝えるのが誠意なんだろうけど、…気まずさが先に立ってしまう。


ぽつぽつと、告白し始めた俺の話を、樹兄ちゃんは急かすことなく聞いてくれた。

すべて話し終えた後、樹兄ちゃんはため息をついて、ぐでんと俺にのしかかってきた。



「なんだ…そうだったのか」

「…ごめん。ほんと、ごめん」

「嘘つきだな、のぶは」



ぐさり。

言われても仕方ないことをしたのだけど。やっぱり好きな人からのその言葉は思わぬダメージを俺に与えた。



「…ごめん。ちょっと冗談が過ぎたよね」

「…うーん…ま、俺ものぶのこと言えないからね」

「え?」



どういうこと? 彼の言葉の真意が掴み取れなくて、顔を後ろに向けると、突然唇が触れた。そう、樹兄ちゃんの唇と!



「う、わぁ!」

「…なにその反応。傷つくなぁ」



その言葉と裏腹に、樹兄ちゃんはどこか嬉しそうに目を細めた。頬が赤く…なっているような?



「し、仕方ないだろ!き、きす…したんだから!」

「両想いなら、普通じゃない?キスしたい、って思うこと」

「!!」


うっわ。この人ってこんなこと言う人だったのか。もっとクールなんだと思っていたが。そういうことを言われるのに慣れていない俺はかなり恥ずかしい。今だって樹兄ちゃんの顔を見れず俯いたままだ。



「初だなぁ。そんなとこも好きだよ…のぶ」

「…ぁっ!」



樹兄ちゃんは嬉しそうな声音でそう言うと、油断しまくっていた俺の息子に再び手を伸ばしたのだった。


不意にぎゅっと掴まれた俺の息子は、びっくりして縮こまったであろう。俺もびっくりした。驚いて樹兄ちゃんの方を見やれば、彼は少し悪どい顔で笑っていた。俺はそんな顔を見たことがなかったので、どこか嫌な予感がした。


そんな表情もできるのか、と感心する余裕なんてなくて、俺は顔を見られまいと下を向いてやりすごそうとした。


「あ…っ、」

「こっち向いてくれないと嫌なんだけど」



少し拗ねたような感じで樹兄ちゃんは俺の愚息を撫でてくる。その撫でるしぐさが、なんというか実に巧妙で俺を焦らすような感じがして…つまりは物足りないと感じてしまった。


「ん…っ」

「もっと声聞かせてよ、のぶ」



自分自身の鼻にかかるような声が変にやらしく聞こえて、余計に俺の中心は熱くなった。



「やだ…っ、こんな、恥ずかし…っ」

「ははっ、のぶ、それ煽ってるの?」

「はぁあ!?そ、そそそんなこと…っ!」



煽ってるだなんて、余裕ある樹兄ちゃんならまだしも、俺はその…経験がないからこういう時余裕あるふりすらできない。恥ずかしい話だけども。




「…ちょっと苛めすぎたな」

「ん…っ、はっ!」



樹兄ちゃんは苦笑いをこぼすと、急に手のスピードを速めて、スパートをかけてきた。

巧みな手つきに、その…俺が勝てるはずもなく。



「や、もう…出るってぇ!!」

「うん、いっぱい出していいよ」

「あ、あぁぁっ!」



樹兄ちゃんがティッシュをかけてくれたおかげで俺の恥ずかしいモノを撒き散らすという大惨事には至らずに済んだ。


しばらく荒い息を吐いていたけど、ふと賢者タイムから脱出したらとてつもない後悔が襲ってきた。

俺、とんでもない姿を樹兄ちゃんに晒したんじゃ…?

俺がぐるぐると考えを巡らせている間も、樹兄ちゃんは後処理を行っていた。


「…あの…ゴメンナサイ」

「何が?」


とりあえず謝るしかなかった。お見苦しいものを見せたことに加えて、青臭いブツを樹兄ちゃんの手にかけてしまったのだから。


「なんでのぶが謝るのさ。きっかけはどうであれ、俺が手を出したんだから」

「あ、そうか」


そう言われればそうだ。ストンと納得した俺に、樹兄ちゃんは噴き出したのだった。


「のぶは素直なところがすごく可愛いけど、なんだか心配になっちゃうな」



悪い男にだまされそうで、と樹兄ちゃんは苦笑しながらそう零す。


「俺も男だよ」


むすっとしてそう言ってしまってから、子供っぽいところをまた見せてしまったなと軽く後悔した。樹兄ちゃんの前では子供みたいな面はできたら見せたくなかったのに。



「ごめんごめん、男だってことは分かってるけどさ。のぶが可愛いからつい、ね」

「…可愛くなんてない」



こうしている間も、樹兄ちゃんは俺の頭を撫でることを止めない。

まあ、気持ちいいから別にいいんだけど。




「ねえ、のぶ」

「ん、」



ちゅっ、と触れるだけのキス。

さっき深いのをしたばかりだったから、そういうキスの方がかえって気恥ずかしかった。耳まで真っ赤になった顔で樹兄ちゃんを見つめると、樹兄ちゃんの顔もほのかに朱が差していた。



「好きだよ、今までも、これからも、ずっと」

「…俺も、だいすきだよ…いっちゃん」

「…のぶ…っ」




勇気を出して昔の呼び名で愛しい人を呼んでみたら、ぎゅっと抱きしめられた俺は、きっと世界一幸せ。




長年の片想いが実ったことが、とても嬉しくて、俺も年上の彼を抱きしめ返したのだった。






END...

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