もう子供じゃないんだ

樹兄ちゃんの部屋は、…こんなこと言っちゃあなんだが、いつもよりだいぶ汚かった。思わず固まっていた俺に、樹兄ちゃんは気付いたのか、「最近忙しいから余計に、ね」と苦笑した。


思えばあの日以来だな、ここに来るのは。樹兄ちゃんはいつものようにミルクティーを淹れてくれた。



「ありがとう、樹兄ちゃん」

「どーぞ」



にこにこ笑う樹兄ちゃんにホッとする。やっぱこの感じが落ち着くなあ。まったりしていると、樹兄ちゃんが話を切り出した。



「俺さ、いつだってのぶの前では大人でいたいと思ってたんだ」

「え?」

「ね、覚えてる?俺が成人した日にのぶが言ったこと」

「え、何? 全然覚えてないんだけど」


一体何を言ったんだろうか。もしかしたらとんでもなく恥ずかしいことをいってのけたんじゃないか?



「成人式帰りの俺に、『俺も樹兄ちゃんみたいなかっこいい大人になるから待ってて』って」

「え…!」

「しかも、俺にシャンメリー買ってくれたよな。大人の飲み物だよ、って」

「うわああああああ」

「シャンメリーをお酒だと思ってたんだろうなぁ、かわいいね、のぶ」



やっぱりやってしまっていたか。そういや思い出したな…成人っていったらお酒が飲めるから、と思ってプレゼントしたんだけど…

樹兄ちゃんの成人式は5年前だから…俺は当時15歳。よくよく考えなくても、未成年がお酒買えるわけないよな…うわぁ…忘れてたそんな話。

アホだ。昔からアホすぎるぞ、俺。


気まずさに、俺は少し冷めてしまったミルクティーをすすった。



「ほんと、かわいいのぶがお祝いしてくれたのが嬉しくてね。もったいなくてなかなか飲めなかったんだ、シャンメリー」

「うそ!」

「ホント」



樹兄ちゃんはイタズラっ子ぽく笑う。その笑顔にまたもや射抜かれてしまう。


「嬉しかったけど、あの時少し悲しかったんだ」

「どういうこと?」

「あの日からいっちゃん、てかわいく呼んでくれなくなった」

「…それは…」

「ね、どうして?」



どうしてと聞かれると…

樹兄ちゃんをソウイウ意味で意識するようになってから…子供じゃないってことを意識してもらうために変えました。

…なんて言えるはずがない。



「…ふぅん、ま、いいよ」


答えようとしない俺を見逃してくれたようで、少し安心した。結局、俺はまだ告白に踏み込めないから。



「俺、全然大人じゃないんだよ」

「そんなことないよ!」


だって、こんなにかっこよくて優しくて、俺の側にいてくれる大好きな人なんだから。


「全然子供なんだよ。好きなものが取られたら気分が悪くなるんだから」

「?」


どういうことだろうか。俺にはよく分からないんだけど…


首を傾げると樹兄ちゃんがクスリと笑った。あー、またアホ面晒してたのかもしれない。恥ずかしくなり、俺はまたミルクティーに口をつけた。

冷めたミルクティーはいつもより甘く感じた。


樹兄ちゃんの発言の意図がいまいちつかめず、俺の頭の中にはハテナマークが浮かんでいた。

そんなんだからアホアホって慎に言われてしまうんだろうな。



「あの日さ、のぶと彼がここに来た時なんか、自制がきかなくってね。イライラしたんだ」

「へー…え!?」


あの爽やかで優しい樹兄ちゃんの口から、そんな直接的なお言葉が…?!

いやいや、きっと俺の聞き間違いだったんだ。だって目の前のその人は超笑顔だもん!こんな笑顔でブラックな発言ができるわけ…



「もうね、のぶの目の前だろうが、例の…田中くん、だっけ?ぶん殴ってやろうかな、なんて思ったりね」

「…ぶん殴…っ、ええ?」



できましたーー!

ブラックな発言できましたおめでとうございます…!!

なんていうか…あの日もその片鱗は覗いちゃってるのかな、って気もしたけど。樹兄ちゃんは笑顔だったし。何よりあの日はド緊張してたから、そこまでの気が回らなかったっていうのがたぶんオチだけどね!



「あはは、ごめんごめん、それは冗談だって」

「…じょ、冗談…」



冗談だ、と言う樹兄ちゃんの言葉は少し信じられなかったけど、信じることにした。認めたら負けのような気がする。



「ほんと、のぶ限定で俺は子供になっちゃうんだよね、昔から。それにさっき、死ぬほどムカつくけど、田中くんに気づかされたことがあるんだ」

「ん? そう、なの?」

「…うーん、まあ、…気づいてないよね。のぶだから」

「?」



自分は子供だというけれど、俺にはさっぱりだ。それにさっき慎と何を話していたんだろうか。超気になるけどなんか怖くて聞けない。弱虫とか言うな。

昔から一緒にいるけれど、さっきから知らない樹兄ちゃんを見ているような気がする。



「ねえ、のぶ」

「? な、なに?」


急に笑顔が消えて、真剣な顔になった樹兄ちゃんに見つめられると、ドキリとしてしまう。


「俺さ、のぶが彼氏ですってあいつを連れてきた時、悲しかったけど、嬉しくもあったんだ。男も恋愛対象になるって知れて」

「うん…うん?」

「でもさ、やっぱり悔しいんだ。ねえ、のぶ…俺じゃ、だめ?」

「え」


え、それは一体どういう…

俺にはすごい都合のいい言葉が聞こえたような…もしかして…もしかして、そういう意味、なのか?

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