修羅場、ですか?

side:慎之介



あの日…樹さんの家に行って、樹さんに会って、俺は一つのことを確信した。

その確信を真実にするために、俺が一肌脱がねばならないようだ。



駅の方に樹さんを認めた時に、チャンスだと思った。


「何するんだ」

「へへ、こんにちは」


うわー、すげー不機嫌顔。

それをさせているのは、樹さんの腕を掴んでいる俺自身であることは明白だった。


「離せ」

「はは、嫌です」


俺が愛想笑いをしながらそう答えると、樹さんの顔はみるみるうちに嫌悪でいっぱいになった。

あー、これ、絶対のぶには見せない顔なんだろうな。というか、こっちが素、なのかな?もしかして…

そんなことを考えているうちに、早く要件を言ってしまわないと、本当に逃げられてしまう気がした。


「あの、のぶのことなんですけど」

「!」

「避けてますよね、樹さん」

「…お前には関係ない」

「関係ありますよ、俺、彼氏ですもん」

「…黙れ」


俺が『彼氏』であるという嘘は、もうこれ以上つく必要はないと思ったが、今のこの人には一番効くだろうと思って、あえて口に出した。

俺も結構いい性格してるよなあ、なんて思いつつ。


俺がのぶの『彼氏』という言葉を出した途端、余計に樹さんの顔が怖くなった。

うん、俺だって怯まない。だって、これは親友のためなんだから。


「逃げないで、樹さんの気持ちをぶつけたらどうなんですか」

「…うるさいな、お前に言われなくたってな!俺だって…!」

「とりあえず、俺はあんなつらそうなのぶを見てられないんです」

「…え?」

「じゃ、俺はこれくらいで。あとはお任せしますので」



樹さんは怒りをあらわにした表情から、いらだちはしてるんだろうけど…驚きの表情に少し変わった。

きっと、すぐ後ろにのぶが走ってきてたせいもあるかもしれないけれど。


樹さんには年上らしく、ガツンと決めてもらわないと。

俺様がここまでお膳立てしてやったんだから、しっかり頼みますよ。


振り返ると、もうのぶがそこまで来ていたので、バトンタッチすることにした。




*******



慎はほんと足が速い。

体育の授業とかでは本気を出さずに並みくらいの速さなくせに…

こういう時だけ本気で走るんだから性質が悪い。

ルックスも運動神経も頭も人並みな俺を舐めるなよ!



慎は俺よりだいぶ早く樹兄ちゃんのところに着いたようだった。


…おいおいおい…

俺の気のせいじゃなければ…

なんか話してないか??

そしてなんか…樹兄ちゃんめちゃめちゃ機嫌悪くなってないか!?



慎が樹兄ちゃんの腕をつかんで、何か話をしているようだった。

樹兄ちゃんは俺が見たこともないような怒った顔で、慎を見つめていた。

いつも温厚で優しくて菩薩みたいな樹兄ちゃんを怒らせるって何事だよ!

慎が何か神経を逆なでするようなこと言ってるんじゃないだろうな…?


俺が気まずいの知っててやってるのかよ慎の野郎…!


どちらにせよ…

早く止めないと…

もっと樹兄ちゃんと気まずくなるのは嫌だ!


「は…っ、はぁ…っ、慎!おまえ…っ」

「ナイスタイミング、のぶ」

「はああ?」

「じゃ、また明日大学でな」

「ちょ、慎?」


慎は言いたいことだけ言って、去って行った。

あいつ…まじ明日覚えてろよ…



そしてこの場には樹兄ちゃんと俺だけが残されたのだった。

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