第6話 一刻も早く逃げ出したい

樹兄ちゃんはにこにこと笑顔で聞いてくる。


そう、その内容はもちろん、先程の玄関先でのカミングアウトについて、だ。


最初は友達です~とかから入ろうと思ってた俺にはとんでもない話だ。心の準備ってもんを俺にさせてもくれないのか、この彼氏様は。



「えーとね、樹兄ちゃん」

「のぶはちょっと黙っててね」

「…」



こわい。

やっぱり超怖いんですけど!


笑顔ですっぱりと俺の話を切られたのは、なかなかにダメージがある。


樹兄ちゃんの背後になんだか黒いものが見えるような気がしてならないことは、この際置いておこう。

触れちゃいけない気がする。



「さっきは不躾にすみません。いつものぶがお世話になっている樹さんに、ご挨拶しておきたいなと思いまして」

「ふーん、ご挨拶ね~」



…こわい。

俺が口を挟めるわけがないのだ。

こんなコワイ樹兄ちゃん見たことがない。

こんな顔もできるんだ…俺にはたぶん見せたことのない顔といえるだろう。



「いつからなの?」

「え?」



突然俺に話を振られて、少し反応が遅れてしまった。

樹兄ちゃんは相変わらずの綺麗な笑顔のままだ。



「いつから、付き合ってるの」

「え、…っと」

「一週間くらい前からなんですよ~。俺の片思いだと思ってたんですけど、こいつから告白されちゃって」

「ちょ、慎!」



そんな恥ずかしい嘘じゃなくていいだろ!

余計な情報を加えんでいい!

俺は樹兄ちゃんにどう思われるのだろうという気恥ずかしさから、顔が熱くなるのを感じた。

まあ、それが樹兄ちゃんの機嫌をさらに損ねていたとは全く気付かなかったけど。



「だって~ほんとのことじゃん?」

「…馬鹿やろ!」



ほんとこいつは…

樹兄ちゃんがいなければ、真横でにやにやしているこいつをぶん殴っているところだ。


樹兄ちゃん、だまされないでね?こいつただ面白がってるだけだからね?

そう言いたいのは山々だが、慎も俺が付き合わせているのは間違いないので、ここは黙っておく。



「のぶ」

「? なに、樹兄ちゃん」


またもご指名を受けて、俺の声は若干震え気味だ。

ばれてないといいけど…



「なんで、俺に相談しなかったの?」

「え」

「のぶは、昔から俺を一番に頼ってくれてると思ったのに」

「そ、それは…」



樹兄ちゃんを一番に頼っているのは間違いない。

小さい時からずっとずっと大好きだったんだ。

好きな人の側にいれるなら、頼ることを口実にすることも当たり前。

大学受験の時だって、時々教えてって家に押しかけたけれど、あれは下心から、ってのも理由の一つだった。

昔からずっと優しい樹兄ちゃんが大好きだよ。

…そう言えればいいけれど…ヘタレの俺がそんなこと言えるはずもなく、今日まできている。

おまけに、親友の力まで借りて、こんなことまでして…情けない俺が、兄ちゃんに告白なんかできるはずもない。



「兄ちゃんに、いつまでも…頼ってちゃ、だめだろ?ほら、俺だってさ、もうハタチだしさ!いろんなこと、したいなーって」



なんて…と、勢いで言ったものの、あながちウソでもない。

俺も男だ。かっこいい頼れる大人になって、兄ちゃんにいつか告白するんだ。


俺の言葉を聞くと、兄ちゃんは少し表情を曇らせた。



「のぶ、」

「な、なに?」

「いや、なんでもない。よかったね、いい人ができて」

「え」

「兄ちゃん、のぶが幸せで嬉しいよ」



さっき表情が悲しそうになったのは気のせいだったのだろうか。樹兄ちゃんは綺麗な笑顔で俺を祝福してくれた。

その笑顔がすごく綺麗だったことが、俺をより落胆させた。

ああ、本当に兄ちゃんは俺のこと、なんとも思ってなかったんだ。

本当に「ただの」弟みたいにしか思ってなかったの?



それからは慎が買ってくれたシュークリームを3人で食べて、たわいもない話をして楽しんだ、んだと思う。たぶん。

正直、どんなことを話したのか、あまり覚えていない。

気が付くと、樹兄ちゃんの家を後にして、慎と並んで帰っていたのだった。

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