第7話 雨降って地固まる?

兄ちゃんの家を後にし、慎と並んで帰っているとき、俺は何も考えられなくなっていた。


足が鉛のように、重たい。

疲れた、のかな。



覚えているのは、樹兄ちゃんの、俺を祝福してくれた優しい言葉。



「…っ、慎、今日はさんきゅ、な」

「…おう」



よかった。慎にお礼が言えて。

声は震えてたかもだけど、言えた。

慎には俺の様子が変だって、きっとばれてるだろうけど、俺にだってプライドはある。こんな情けない姿をこれ以上晒すのは気が引けた。


でも慎には俺に付き合って、こんなことをさせてしまった負い目がある。

巻き込んでしまった俺がこんな情けない姿でどうするのだ。



「おい、のぶ、お前顔ぐちゃぐちゃだぞ」

「はぁ?!」

「泣きそうな顔してる」

「…っ、バカ、嘘つくなよ」

「…」



分かってるよ。

俺だって泣きたいのをぐっと堪えてるんだ。

でももうちょっと頑張ってくれ。俺の涙腺。

慎にだって見せるもんか。



「…あのな、のぶ…樹さんはきっと、」

「もう、いいから」

「違うんだって、あれはきっと、」

「だから、もういいっつってんだよ!」

「…」



ああ、そんな言い方するつもりじゃなかったのになぁ。

一度溢れた言葉はとめどなく溢れて、言いたくないのに零れてくる。

夕方で登下校中の学生がこちらを見てくるけど、もうそんなの、どうでもいい。



「痛いくらいに分かったよ!俺なんて眼中にないってな!!今日の俺、最高に笑えただろ?笑えよ、なあ!」

「…いい加減にしろ!」

「…っ!」



驚いた。

慎の、こんなに怒った顔。


慎がこんなに感情的に思いをぶつけてくるなんて、見たことがない。

喧嘩は何回もしたことがあるけど、慎がこんなに怒鳴るのは初めてだ。


普段冷静な慎の言葉に、俺の頭は冷静さを少し取り戻した。



「いい加減にしろってんだよ、馬鹿野郎が」

「…な…っ」

「あのなぁ、生憎俺はお前を笑って楽しむことは好きだが、」

「おい」

「そんな泣きそうな顔してるお前といるのは楽しいわけがないだろ」

「!」

「俺は友達が少ない。けど、大事な友達は絶対裏切らねぇ。そんで、それがお前だ」

「…慎」

「…だから…」

「だから?」

「…」

「…」


なに、なんだよ…慎は先ほどまでの威勢はどこへやら。突如黙ってしまった。



「…ん?」

「やっぱいい。恥ずい、コレ」

「はあ?!」



な、んだよ!ちょっと感動してたのに!

いきなり恥ずかしがるなよ、俺の方が恥ずかしいわ!


それに、何、この感じ。

中学生同士の告白、みたいな…

ぎゃー!!!恥ずかしさで死ねる!


けれど、そんなことを考えたら、自然に笑いが込み上げてきた。


さすが、俺の大事な親友だ。

俺にすぐ笑いを取り戻してくれた。



俺は慎に先を促すと、盛大に殴られた。

案外俺も慎を茶化すこともできるんだと新発見をした。


「さっきさ、」

「ん?」

「ごめん、言いすぎた」

「…何のことだよ」


ほんと、なんでこいつ女じゃないんだろうって思ったのは内緒にしておく。

さすがは俺の自慢の親友だって改めて思った。



そして、俺はしばらく慎と帰り道で話しながら、帰宅した。




それからはいつも通りに努めて、明日からは慎に笑われないように、新しい一歩を歩み出そうと決意した。

樹兄ちゃんを忘れるのは、少し先になるだろうけど…ま、少しずつ…かな。




あ、そういえば慎、何言いかけたんだろう?



そんなことを一瞬考えた俺だったが、明日のフランス語のテストのことを今更ながらに思いだし、そのことは頭からすっかり抜けてしまったのだった。

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