お元気そうで.....

 とある平日の学校の昼休み、今日は桐生君が生徒会の仕事が何とかと言って俺は一人教室で昼食を取っていた。……ラノベを読みながら。


「……ニヤリ」


 たまにラノベを読んでいると、自分では気づかないうちににやけてしまう場合がある。

 そしてそんな場面を他人が見たら? 確実に変人扱いされてしまうだろう。

 しかし、生憎周りには俺と同じく本を読んでいる人しかいなかったので、変人扱いはされずに済みそうだ。


「なーに、にやけてるんすか、篝君?」


 すると背後から聞きなれた、特徴的な喋り方の声が聞こえてくる。俺は後ろを振り返り、顔を確認してからラノベに視線を戻す。


「なんだ、桐生君か」

「何か残念そうっすね……てか、またそれ読んでるんすか?」


 桐生君は、俺の読んでいる本を指さしながらそう言った。


「面白い本は何回読んでも面白いんだよ」

「んま、確かにそうっすけど、多分篝君その本合計三十回位読み直してるっすよね?」

「もはや覚えてない」

「ガチっすね……」


 桐生君は呆れ顔で俺の正面の席に座り、俺の方に体を向ける。


「そう言えば生徒会の仕事はどうしたんだ?」


 俺が桐生君にそう問いかけると、桐生君はバツの悪そうな顔で頭を掻く。


「お使いに行ってきた帰りなんすけど、途中で篝君見つけてここにいるっす」

「つまり?」

「絶賛サボり中っす……」

「……姉さんに殺されるぞ?」

「そんな怖いこと言わないで欲しいっす!」

「まぁ、冗談だよ」


 俺は苦笑いして桐生君にそう言う。

 しかし、実際姉さんならサボっている桐生君を見つけたら問答無用で処刑しそうだけど、……まぁ、別に言わなくていいか。


「そう言えば、篝君に朗報っすよ?」

「……本当か?」

「そんな疑わないでくださいっす! え、と、あぁ、今日その本の六巻の発売日っす!」

「なんだと!!」


 がっ! と俺は大きな声を上げて立ち上がる。しかし周りに少人数ながら人がいることを思い出して、ごほん、と咳払いしてから再び席に座る。


「……んで、その話は本当なのか?」


 俺は桐生君の耳元で小さい声でそう言うと、桐生君も俺と同じく小さい声で話返す。


「……本当っすよ、ようやく待ちに待った六巻が発売されるっす!」


 どうして俺達がこんなにも大げさに話しているかと言うと、実は、桐生君が先日くれた小説は、五巻が発売されてから、続刊の六巻が二年近く発売されていなかったのだ。

 その新刊が発売される、これは凄まじい程のビックニュースだ。


「それじゃ今日帰りに本屋に寄っていこう!」

「賛成っす! 帰りのHRが終わったらダッシュでいくっすよ!」

「じゃあ校門の前で待ち合わせだ!」

「了解っす!」


 そんな話をしていると廊下がやけに騒がしい事に気づく。

 はて、どうしたんだろう。

 すると誰かが俺達の教室の扉の前に立っている。シルエットから見るに、女の人だろうと想像できる。


「ここに桐生はいるかしら?」


 そんなセリフと共にガラッ! と力強く開けられた扉の向こうにいたのは……


「ヒィィ!!」


 ……背後から紫色のオーラを出している、俺の姉であり、生徒会長の米田 アイリその人だった。


「た、助けてくださいっす! 篝君!」

「無理だ! 仕事をサボった桐生君が悪い!」

「そんな無慈悲なぁぁ!!」

「ほら! 桐生、行くわよ!」


 姉さんに首根っこを捕まれ、引きずられる桐生君の姿はとてもシュールだった。

 尚、少なからず教室に在室していたクラスメイトは、全員震えていた。

 ……無理もない。



 ×××××××××××



 そんなこんなで退屈な授業が終わり、現在俺は校門の前で桐生君を待っている。


「……桐生君遅いな」


 ふと携帯を見て時間を確認すると、既に俺が校門に付いてから十分程経過している。

 ……もしかして、サボったことを姉さんに扱かれているのでは?


「ありえるな」


 姉さんならやりかねない、しかし、あんなふうに怒っていても、姉さんは桐生君を気に入ってるのだと思う。

その証拠に、最近姉さんはことある事に、桐生君が失礼な事をしなかった? などと聞いてくる。

 これはあれだろう、姉さんはツンデレと言うやつなのだろう。

 そんな事を考えていると、正面から妙に顔がやつれている桐生君がトボトボと歩いて来た。


「いやぁ、殺されるかと思ったっす」

「やっぱり姉さんに怒られてたのか……」

「会長って普段は優しいんすけど、怒ると別人になるんすよね……」


 桐生君は、頭の上に角を生やすポーズをしながらそんな事を言う。

 まぁ、確かに、桐生君を怒る姉さんの姿は鬼そのものだけど。


「とりあえず行きますか、早く新刊を読みたいっす!」

「それについては同感だ」


 そうして、ようやく合流した俺と桐生君は並んで近くの本屋へと向かうことにした。


 それから数分して本屋に着き、ラノベコーナに行くと、本棚の一番目立つ場所に、お目当ての本が販売されていた。


「おぉ、ようやく続きが読めるのか!」


 俺はその本を手に取りまるで宝物を見つめるかのように目をキラキラさせながらそう言う、隣の桐生君も俺と同じように感動しながら本を手に取っている。


「篝君! 早く買いましょう!」

「あぁ、って、桐生君何で同じ本を三冊も買うんだ?」


 桐生君の手元を見ると、新刊の六巻を三冊も持っている。


「一つは読むようで、もう一つは飾るよう、もう一つは保管用っす!」

「桐生君、ガチっすね……」


 ついつい、桐生君の言葉を真似てしまった。

 すると俺達の背後から聞きなれた声が聞こえる。


「兄様もこの本を買いに来たんですか?」


 そう、その声の持ち主は米田家のラスボス的存在、米田 シャルだった。


「な、何でシャルがここに!!」

「私もこの本を買いに来たんですよ、私が本を買いに来るのはおかしいですか?」

「あ、いや、おかしくは無いけど……」


 そしてシャルは新刊の六巻を三冊まとめて手に取る。……お前もか。


「おぉ、シャルさんも同じ本を三冊まとめて買うタイプっすか!」

「まぁ、そうですね、読むようと、飾るよう、そして保管用です」

「「……コクリ」」


 何故か桐生君とシャルの間には妙な結託が出来ている。

 ……何かこの流れで一冊だけ買うのは嫌だな……。


「さぁ、会計にいくっすよ!」

「えぇ、行きましょう兄様」

「あ、う、うん」


 しかし、懐が寂しかったので結局俺は一冊だけ抱えながら生き生きと三冊まとめて抱えている二人の後ろをついて行くのだった。


 会計が終わり、本屋の前で桐生君とは別れることになった。なんでも、両親の職場に行かなければならないとか。ちなみに桐生君の両親は医者をしているらしく、俺は他人事ながら凄いと感心してしまった。

 そんな訳で、帰り道はシャルと二人並んで歩いている。


「というか、シャルもそういう本を読むなんて以外だな?」

「失礼ですね兄様、私だってこういう本を読んだりしますよ?」


 そう言うとシャルは買ったばかりの本を、まるで我が子を抱くかのように愛おしそうに抱く。

 俺はそれを見て、苦笑いするしか無かった。


「ところで兄様、帰りに電器屋さんに寄ってもいいでしょうか?」

「んー? まぁ、別に良いけど何か買うものとかあるのか?」

「えぇ、この間イヤホンを無くしてしまいまして、ちなみにこれで三回目です」

「あはは……」


 まぁ、たまにあるよね。それで新しいのを買った途端に無くした物がポロッと出てくるまでワンセット。

 そうして近くにあった電器屋に入り、シャルが買い物をしているうちに俺はめぼしいゲームが出てないか確認するためゲームコーナーへと向かう。


「んー、これも面白そうだけど……」


 ふと目に付いたゲームを手に取り悩んでいると、隣で俺と同じくゲームを手に取り悩んでいる人が目に入る。

 うんうん、やっぱりゲーム買う時って悩むよね。

 俺はその人の手に持つゲームのタイトルに目を凝らす、そのゲームのタイトルは……

『お兄ちゃんの事が大好き過ぎて襲っちゃったけど、問題ないよね?』

 ……いや問題大ありだ!!


「んー、やっぱりお兄ちゃん系のゲームは問題ないよね? シリーズが一番なんだよね……」


 あれ、何か聞き覚えのある声が……

 俺はおもむろに隣の人物の顔を確認する。ソイツは、この辺では珍しい銀色の髪、そしてツインテール、そして青色の瞳って……


「何でエリーがここにいる!?」

「うわぁぁ!! ……って篝? もうビックリさせないでよ!」

「あ、そ、それは悪かった……けど、その手に持ってるゲームはなんだ!!」


 俺がエリーに指摘するとエリーは手に持っているゲームを後ろに隠す。


「べ、別に大したものじゃない……」

「嘘つけ、さっきタイトルが目に入ったけど、ソイツは大したものじゃないなんて無い! 無いったら無い!」

「う、うるさい! 別にあたしがどんなゲーム買おうと篝には関係ないでしょ!!」

「なんだと!!」

「なによ!!」


 ジー、と睨み合う俺とエリー、ちなみにさっきから周りに人が集まっていることに気づいて無い。

 そして現れる一つの影。


「全く、二人共何やってるんですか……」


 それは頭に手をあて、ヤレヤレと言った表情を浮かべるシャルだった。


「聞いてよシャル! 篝があたしの買うゲームに文句付けてくるのよ!」

「何言ってんだ! エリーが持ってるゲームは、俺が文句つけるのもしょうがないゲームだ!」

「……二人共、うるさいです」


 シャルははギロりと睨んで俺たちを静止する。ちなみに怒ったシャルは桐生君を叱る姉さんに匹敵するほど恐ろしい。


「「す、すみません」」



 ×××××××××××



 その後俺達は電器屋を出て、(エリーの持っていたゲームは当然戻した) 家へと向かっていた。


「全く、兄様はまだしも、エリーは少し反省してください」

「何であたしだけ!?」


 ちなみにシャルは少しご機嫌斜めだ、しかし、何だかんだ言ってシャルは優しいので機嫌はすぐに治るはず……だと思う。

 そんな感じて、姉さんを除く俺達三人はいつも通り普通に帰っていたのだ。そう、至って普通に、だから……


「よお、三人とも! お元気そうで何よりだ! ガハハハハ!」


 こんなふうなのが家の前にいて、驚いてしまうのも仕方なかった。


「……とう、さん?」


 そう、コイツは俺の、俺達の父親、米田 元気、俺の一番大嫌いな人。




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