ある日の米田家の夕食

「かーがりくん!」


 このまるで二〇世紀〇年に出てくるホワイトマスクマン見たいな呼び方で話しかけてくるのがこの間知り合った桐生君だ。


「だから普通に呼んでくれって……」

「何冷たいこと言ってんすか! 自分と篝君の仲じゃないすか!」


 ちなみに現在地は学校の屋上で、現時刻は俗に言うお昼休みに当てはまる。

 そしてそこで桐生君と一緒に昼食を食べるのが最近の日常になってきている。


「それはそうと、いつも思うんすけど篝君の弁当っていっつも美味しそうっすよね?」


 桐生君が俺の弁当を凝視しながらそう言った。ちなみに今日の弁当の中身は生姜焼きと白米、んでゴーヤチャンプル。


「そうか? 確か今日作ってたのは姉さんだった気が……」


 最近毎朝の弁当を作るのは当番制になっている。

 ちなみにそこに俺は含まれていない、何でも三姉妹曰く、キッチンは女の戦場何だとか。


「ま、まじすか!? あの人料理つくれるんすか!?」


 何でこんなに桐生君は驚いているのだろう? 別に今どきの女子が料理出来てもおかしい事なんてないと思うけど……。


「女の人って普通料理作れるもんじゃないのか?」


 そんな何気ない言葉を発すると、桐生君は何故か顔を真っ赤にして震え始めた。

 ……はて、何か変なことでも言ったか?


「な、な、なにいってんすか!! 今どきの女は料理何かまるで出来ないっすよ!! うちの母親何か特に……」

「え、そうなのか? 」


 いや、確かに俺は今どきの女子ってのはあの三姉妹しか知らないけども。

 それとママとか。


「……もう、それは……やばいっすよ、今朝なんか食卓にタワシの天ぷらが上がってたんすから……」

「た、タワシの、ねぇ……」


 それは世にもおぞましい、まさかキッチン用品を食べ物として食卓に上げるなんて、桐生君の母親は目でも腐ってるんだろうか?


「それに比べて篝君は、あの美人三姉妹に囲まれて、挙げ句の果てに美味しい料理まで作ってもらえるなんて……妬ましいっす」


 そう言うと桐生君は自分の昼食である惣菜パンと俺の弁当を見比べて歯ぎしりをしていた。


「はぁ、一度でいいから会長の手料理食べてみたいっすねぇ……」


 桐生君は自分の惣菜パンを太陽に掲げながらそう呟いた。

 何てオーバーリアクションな男何だろう。それにしても、そこまで桐生君の食卓事情を聞いてしまったからには黙っておけない。

 ママは言った、自分の知り合いで困っている人がいたら手を差し伸べるのが人としてのあり方よ、と。


「桐生君今日、ウチくる?」


 折角家も隣同士だし、エリーとシャルにも桐生君を紹介したい。


「ほ、ホントすか!? 嘘じゃないっすよね!!」


 桐生君は急に顔をパァっと明るくさせる。何て喜怒哀楽が激しい男なんだろうか。姉さんも大変そうだな。


 と、言うわけで、今日の米田家の夕食には桐生君がくる事になったのだが、あの三姉妹をどう説得したものか……。


 すると俺の携帯から通知音が鳴り響く、中身を見てみると、送り主は姉さんからで、『仕方ないから桐生に私の料理を食べさせて上げることにするわ、グスン』と言う内容だった。てか姉さん話聞いてたのかよ……。



 ××××××××××



「兄様!! こちらのお方は!? は!? もしかして兄様……遂にそっちの方向に……」

「篝! 遂に篝にも同性のお友達が!! グスン」


 桐生君を交えた夕食は最初っからアクセル全開であった。

 やっばい、夕食に誘ったはいいが、この三姉妹のブラコンの事を忘れていた!!


「あ、あのぉー、篝君? 自分の米田三姉妹のイメージが崩れて行ってるんすけど……」

「頼む、気にしないでやってくれ……」


 しかし今のところ姉さんは口を開かない、頼む! 姉さんだけは普通であってくれぇ!!


「かぁーきゅーん♡ 今日わぁー、かぁーきゅんのだいちゅきな、え、び、ぐ、ら、た、ん、だぞ♡」

「ぐわぁぁぁあああ!! 最後の希望がぁぁ!!」


 この人最後にとんでもないキャラぶっかましてきたぞ!! ホレみろ桐生君の開いた口が塞がらないじゃないか!!


「か、かかか、会長? アンタほんと会長なんすか!! は!? さては会長の皮を被った別の生物っすね!!」

「ア゙ア゙? 殺すぞ桐生?」

「ひぇ!! す、スイマセンした!!」


 うげ、姉さんって生徒会じゃ桐生君にあんなふうなのか、そりゃ桐生君も怯えるわけだ。


「兄様、結局このお方は誰なんですか?」

「シャルもばかねぇ? この人は篝の初めての同性の友達よ!!」

「ア゙ア゙? 殺すぞエリー?」

「ひぃや!! ご、ごめんなちゃい……」


 何だか隣でも似た光景が繰り広げられている、うん、無視して大丈夫だろ。


「と、とにかく!! 話は後でにして夕食にしようか!!」


 とりあえず混乱を収めるためにいつもより大きな声で場を沈める俺であった。

 ……こりゃ桐生君誘ったの失敗だったかな……。


 しかし、最初こそドタバタだったが無事に夕食が始まり穏やかな食事風景が……繰り広げられたら良いですね。


「んで、どうなの桐生? この私の手料理は?」

「はい!! めちゃくちゃ美味しいです!」

「あらそう? それと、こぼしたら殺すわよ?」

「は、はぃぃぃいい!」


「エリー? お口にチーズがついてますよ? 私が拭き取ってあげます」

「ごふぅぅ! しゃ、シャル! 拭き取るのにそんな力、あ、痛い、痛いってば!」


 何だこの修羅場、最初はただ桐生君に美味しい料理を食べてほしいだけだったのだが、気がつけばこのザマだ。これで桐生君との関係も終わるだろう。

 そんなことを思いながら涙目で、大好物のグラタンを口に淡々と運び続ける俺であった。


 そんなこんなでようやく騒がしい夕食も終わり、そそくさと俺は桐生君を帰そうとする、のだが……


「待ちなさい桐生、ちょっとあっちのトイレの中で話があるの、来てくれるわよね?」

「ハ、ハイ、アマネキリュウハアイリサマのドレイデス」


 トイレへと向かって行く桐生君を見ていると、何だか涙が止まらなかった。とりあえず、ごめんなさい。



 ××××××××××



「と、とりあえず今日はホントにごめん!!」


 外に桐生君を見送りに出て直ぐに俺は誠心誠意桐生君に謝罪した。そしてこれから繰り広げられる罵倒を今か今かと待ち構えているも、桐生君は別に怒っているようには見えない。


「別に気にして無いっすから! 会長はいっつも自分にあんな感じっすよ?」

「え、え? でも、今日は色々ビックリする事が沢山あったし、桐生君にも迷惑かけたし……」


 俺が頭を下げながら謝り続けると、桐生君は似合わない真面目な顔で俺の肩を掴んで顔を上げさせる。


「篝君、あんま誤解しないで欲しいんすけど、会長はホントに凄い人っすよ? あ、そう言えば前に篝君、自分に何で生徒会に入ったのかって聞いたっすよね?」

「え、う、うん」


 桐生君は俺の肩を掴んでいた手を離し、穏やかな口調で話し始める。


「会長は、自分を助けてくれたんすよ。会長と知り合うまでの自分は、そりゃ酷いもんでしたよ。実は自分の家ってメチャクチャ厳しくて、そりゃ毎日アホみたいに勉強させられて、それが終わったら寝る、そんな毎日で、精神的に結構来てました、この灰色の髪もそのストレスが原因でこうなったんすよ?」


 それから桐生君は数十分程、姉さんがいかに自分を助けてくれたのかを話してくれた。

 ある日見かけた銀色の髪と青色の瞳を持つ生徒会長、何でもこなせる完璧超人と言う雰囲気を漂わせる姉さんが、桐生君は嫌いだったらしい。そんな時ある日、桐生君は生徒会の会議を見学した。そして目の当たりにしたのが、姉さんの、ダメなものはダメという、いいということは素直に認めるという正直さだ。

 それを見て桐生君は、自分もこんなふうになりたいと思い、それと同時に、自分もこの人と一緒に仕事をしたいとも思ったらしい。それから桐生君は親に素直な気持ちを伝え、ありのままを話した。すると、あんなに厳しかった親は何故か泣いて喜んだそうだ。

 それから桐生君は姉さんがいる生徒会に立候補し、見事当選して生徒会に入ったらしい。


「そんな事が……」

「そうなんすよ、会長はホントにスゴイ人っす、いつか自分もああなりたい、いや超えて見たいっす、自分にとって会長は、んーそうっすね、姉さん見たいなものなんすよ……んま、たまに恐ろしいすけどね」


 エヘヘ、と苦笑いをしながら頭を掻く桐生君の顔は、何だか清々しくて羨ましかった。

 それから桐生君は手を振って自分の家に帰っていく行き、家に入る直前、「これからも仲良くして下さいね!」と言われて俺は少しホっとしていた。


「……全く、桐生のヤツ余計な事を……」

「うわぁ!」


 突如背後から声がして振り返ってみるとそこにいたのは腕を組む姉さんだった。


「もう、驚かせないでよ姉さん」

「ごめんごめんカー君、……アイツにとって私は姉さん、ね。フフッあんな出来の悪い弟何てごめんよ! 私の弟はカー君だけで充分よ!」


 そう言うと姉さんは俺を強く抱きしめた。いつもなら拒む所なのだが、今はそうしなかった。

 だって、俺の耳にはしっかりと、姉さんの泣き声が聞こえていたのだから。


「姉さんは桐生君を気に入ってるだね」

「ば、バカな事言わないで!」


 数分して泣き止んだ姉さんと共に玄関に入ると、そこには鬼の形相でこちらを睨みつける般若が二体ほど、仁王立ちで待ち構えていた。


「兄様とアイリは何をしていたんですか?」

「むぅ、篝のばかぁ!!」


 そこからどうにか場を整えるのに時間がかかったが、その後俺は風呂に入り、上がったあと自分の部屋でダラダラしていた。


「桐生君にとって姉さんは、かけがえの無い存在、か……」


 別にその事について嫉妬している訳では無い。ただ単純に、俺と姉さんより、桐生君と姉さんの方が合っているような気がしただけだ。


 そんな風に考え事をしていると、徐ろに自室の扉がノックされる。


「兄様、入っていいですか?」


 俺を兄様と呼ぶということはシャルで間違い無いだろう。俺はどうぞ、と言いシャルを中に入れる。


「どうかしたか?」

「いえ、あの方は、桐生、天音 桐生さんでしたっけ?」

「え? あぁ、それがどうかしたか?」


 桐生君がどうかしたのだろうか?


「兄様、今の生活は楽しいですか?」

「い、いきなりどうしたんだよ?」

「いえ、ただ聞いて見ただけです、すいません、夜分遅くに、おやすみなさい兄様」


 そう言い残すとシャルはそそくさと俺の部屋から出ていってしまった。

 今の生活が楽しいですか? なんの質問だろう。まぁ、今の所は楽しいかな?

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