第19話「『キッチクーノ五大鬼畜伝説』」

「うう……憂鬱だ……」


 香菜のメイドカフェに遊びにいったりしてつかの間の休日を満喫したのもつかの間。

 あっという間に月曜日の朝七時、当たり前のように学校に登校しなければならない。


「何言っているんですかご主人様! ぼくのおいしい朝食を食べて今日も元気に登校しましょう!」


 例のごとく、お隣に住まう香菜が制服を着て、朝食を作りにきてくれている。

 メニューは味噌汁に焼き魚、ほうれん草の佃煮に、ご飯。

 はじめの方はサンドイッチとかだったのに、さっそく日本食に精通しだしているのはさすがだ。


「それにしてもこの机小さいですねー。とっても窮屈です」


「当たり前だろ。一人暮らしのつもりで買ったんだから」


 六畳一間、そこに小さい丸机を置いて二人向き合って朝食を食べる。

 確かにせまい。けれど意外と悪くないと思っているので、大きい机を買う予定はない。

 やっぱり、一人暮らしって寂しいし。


「林間学校とメイドカフェで少しはクラスの方々と、交流できましたよね?」


 ぶっきらぼうに香菜は俺にそう質問してきた。

 一気に話題変わったな。


「あれを交流って言うのか? 林間学校にいたっては完全に悪影響だった気が……」


「とにかく、今日……今週こそ、自分からご友人を作りましょう!」


 なんか今、発言の最中に目標の下方修正をされたよな?

 期待されすぎるのも嫌だが、期待されないのもこれはこれで寂しいぞ!?

 情けない姿ばかり晒して、段々見限られている気がする……。


「はあ……やっぱ学校いかなきゃ、だめ?」


「当たり前ですよ。ほら、朝食の後片付け済ませてさっさと行きましょう」


 やっぱり、行かないのは香菜が許してくれないよねー。

 まあ、いつも通り今日も空気に徹しますか……。



 そう思っていた時が懐かしい。

 香菜と一緒に登校し、朝、下駄箱で靴から上履きへ履き替えようとした時に事件は起きた。


「本当に、一緒に登校してる……。脅しているって噂、本当だったんだ……」

「ネットの噂は本当だったんだな……」


 ものすごい、違和感。

 前々から、影で鬼畜だとか言われることはあったが、今日はその数が違う。

 俺と香菜の様子を見たほとんどが、下賤な目線を向けたり、あらぬ噂をつぶやいていることに気づく。


「なあ、香菜。なんか、めっちゃ見られるんだが。それもゴミを見る目で」


「逆にぼくは、哀れみの目で見られている気がします」


 これは、あれか。

 ついに鬼畜の名が学校中に広がったということか?

 でも、どうして突然一気にこんなに?

 先週までは本当に噂で同じ学年にちらほらそんな奴がいたぐらいで、他学年には全然いなかったのに。

 隠してはいるが、先輩たちもヤバイ奴を見る目を俺に向けている。


「ぼくたちの気のせいですよ。とりあえず、クラスに行きましょう」


「そうだったらいいが……。さっそく帰りたくなってきたぞ」



 不安と動揺を抱えて我がクラス、一年五組へと向かう。

 クラスの扉を開けた瞬間、待ってましたと言わんばかりに瀬川さんが駆け寄ってきた。


「やっときた香菜ちゃんと佐須駕野くん! やばいことになってるよ君たち……というか私も?」

 

「おはよう、瀬川さん。やっぱりヤバイことになってたんだ……」


 やはり、今朝の下駄箱から、クラスまで辿り着くまでに抱いた違和感は間違いではなかったらしい。


「おはようございます夏芽さん。やばいことって詳しくはどんなことなんでしょうか?」


 どういう状況か香菜が詳しく聞こうとしたところに右京、左京兄弟が大爆笑しながら寄って来た。

 ……まあ、結果的に原因を知ることができたのだが。


「ギャハハハ、キッチクーノ伝説拡散中のサッスガーノ君、おはよう!」


「君はまったく、面白いやつだね」


 朝っぱらからうるさい兄弟である。

 さすがの俺でもこいつらには緊張せずに話せるようになってきた。


「なんだよ、そのキッチクーノ伝説って?」


「おっと、当事者のお前が知らないなんてビックリだな!」


「仕方がないよ兄さん。サッスガーノがSNSなんてやってるわけがないじゃないか」


 こいつらはいちいち人をおちょくらなきゃ気が済まないのか。

 まあ確かに、ほとんどやってないに等しいけどさ……。


「外守さん、その拡散されている内容というのを教えてもらってもいいですか?」

 

忘れかけていたが、右京左京兄弟の苗字は外守だったな……。

野球部で、ライトとレフトを守っている、外守右京と左京。


「香菜ちゃんがそう言うなら、教えない訳にはいかないぜ!

 ずばり、サッスガーノは今、SNSなどのネット上で『キッチクーノ五大鬼畜伝説』が拡散されている!」


「五つも……! やるなあ佐須駕野くん」


「そこに関心しないでくれないか……?

 ていうか、瀬川さんは知ってたんじゃなかったの?」


「いや私も、やばいことになってるってさっき聞いたばっかりなんだよね。あんまり、スマホとか扱わないんだよ私」


 それは意外だ。

 いっつもいろんな人に囲まれている瀬川さんなのに。

 いやまあ、面白い人にしか興味ないとか言っている辺り、意外と人付き合いは適当なのかも。


「それでその五つってどんなものなんですか?」


 「面白そうなこと発見」と言わんばかりの表情をしている瀬川さんとは裏腹に、香菜は俺の心配をしてくれてるようだ。

 なんだかんだ、ご主人様に尽くすその姿は立派なメイドなのかも。


「まってね。俺もいまいち覚えてないんだよね。えーっと」


 それから右京くんが「一つ目が~」と一つ一つ読み上げて教えてくれた。

 それが以下の通りだ。

 【一年生二大美少女の弱みを握ってハーレム形成】

 【男を排除するための部活動オーディション開催】

 【赤姫香菜にパンの粉をぶっかける】

 【バレーのサーブは女の子の顔面狙い】

 【キャンプファイヤーで一年生二大美少女を脅して拉致】


 瀬川さんは右京くんが三つ目を読み上げている辺りから爆笑していた。

 最後には香菜すら、「ご主人様のことです……。笑ってはいけません」とは思いつつも笑いを我慢しているような顔をしていた。


「なんだこれ! でまかせばっかりじゃねえか!」


「いや、いくつかは本当のことも混ざってない?」

 

 ふーふーいって、笑いが収まらない中、瀬川さんはつっこみをいれてくる。

 どっちの見方なんだよ!

 それを言うなら、瀬川さんがしでかしたこともあるだろ。

 オーディションの件とか!


「とにかく、これがネットで拡散されているってさすがにひどすぎるだろ! いじめの領域だぞ!」

 

 しかも、個人情報も駄々洩れだ。


「そんなこと俺らに言われてもなあ。俺らが拡散したわけじゃないし。拡散元に直接文句いってくれよ」


「兄さんの言う通りだぞ。ぼくらはこれを見て、爆笑しただけさ」


「十分ひどいって!」


「まあまあ、俺らはお前が鬼畜とかそんなんじゃないのは何となく最近の付き合いで分かったから、クラスの奴らには言っとくよ」


 それはとても助かる。

 たぶん、香菜のバイト先に連れて行ったのが効いたんだろうな……。

 ありがとう。香菜の恥ずかしいライブは無駄じゃなかったぞ。


「それでも、学校全体に広がっている噂を止めるのは無理だなー。まあがんばれよ、キッチクーノ」




 そして放課後、場所は例のごとく、元美術部倉庫、現足跡部部室。


「あーもう、クラスから出られないよ……」

 

 今日一日、トイレやら移動教室やらでクラスから出るたびに、「うわあ、キッチクーノだ」と言わんばかりの視線をあてられ続けた。


「キッチクーノ伝説について私のクラスでも話している人たくさんいましたよ」


 ぽぽちゃんのクラスでもかあ……。

 やっぱり学内中に鬼畜というレッテルが轟いてしまったのか。

 後、ぽぽちゃんがバカにしている表情で俺を見てくるのは、関わってもうざいだけなのでこの際無視しておこう。 


「う~ん、ネット内で拡散されてるっていうのがねー。誰か首謀者が居て、その人の悪意で佐須駕野くんを貶めようとしているとかなら対策もしやすいんだけどねー」


 瀬川さんはそうつぶやく。

 確かにその通りである。

 きっと、今までの俺の行動を見てきた誰かが「佐須駕野があんなことしてたぞ」みたいな感じで話し出したのが始まりだ。

 そして、小さい火の粉が多くの可燃物に燃え移り、太炎となるが如く、俺のやらかし事件がどんどん広がっていき、ついには『キッチクーノ五大鬼畜伝説』とやらになってしまったのだろう。

 たぶん、そこに俺を陥れようとかそういった悪意はないんだろう。

 本当に俺のことを鬼畜だと思っていて、香菜と瀬川さんを解放してあげたい。

 きっとそういう『正義感』によって広まった噂だ。


――そしてそういう正義感によって広まった噂ほど非常にめんどくさい。


「林間学校での様々なやらかしが、決定打だったな」


「サッスガーノ、はっちゃけてましたもんね」


「うっさい、ぽぽちゃんがちゃんとレシーブしてくれたら少なくとも四大伝説で済んでいたのに!」


「私のせいにするんですかー? 狙ったのは事実ですよね? 痛かったんですよ!」


 確かに、五大伝説の中で唯一、完全に俺のみに非がある伝説である。

 ていうか、こんなちょっとしたことを伝説って言いすぎじゃね?


「でも、どうしましょう。このままじゃだめです」


「香菜ちゃんの言う通りだね。足跡部全員が関わっていることだし、私もこの伝説を拡散されるのは少し迷惑だなー」


「今回も何か策とかあるの?」

 

 俺はいつものように瀬川さんに聞いてみた。

 こういう時に作戦を思いつくのが瀬川夏芽という人物だ。

 成功するかどうかは置いといて、何か行動を起こすには、やはり頼りがいがある。

 そんな風に思っていたのだが 


「ないね」


 瀬川さんはそう言い放った。

 予想外の返答に、俺はあっけにとられてしまった。


「え? まじで? なんにもないの?」


「やっぱりこういうことって結局、佐須駕野くんがそんな奴じゃないって知ってもらうしかないんだよ。小細工で偽った姿を見せても悪い結果になるだけだと思う」


 確かに正論だ……。

 いろいろやろうとして林間学校で痛い目にあったばかりだし……。

 でも、それをしようと言い出したのは瀬川さんだっただろ。

 そのことを突っ込もうとした瞬間、瀬川さんは言葉を重ねた。

 

「私はそれを先週学んだよ。残した足跡から学んだ貴重な財産だ! 参考にしたまえ」


 汚ねえ!

 なんか、強引にまとめてきやがった!


「確かに、一正さんとたくさん交流した方は一正さんのことを鬼畜だとは思っていませんね!」


「違いますよ香菜さん。香菜さんの可愛いメイド姿で記憶を全て上書きされて、サッスガーノのことなんて忘れただけですよ!」


「そんなことないですよ。朝、外守さんがそんなこと言ってましたもん」


「ああ、あの私とサッスガーノをカップルと間違えてきた不届き者ですか……。

まあ、少しはサッスガーノも認められたんですかね」


 ぽぽちゃんが言った事もあながち間違いじゃないかもしれないが、クラス内では比較的平和なのは間違いない。


「今回のことは、一正さん一人で解決してみせてください! リア充になるための試練と思って!」


「ええ、マジ……?」


 香菜のその顔は、とても冗談を言っているような感じではなかった。

 本当に俺一人でなんとかなるもんなのか……?

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