第18話「メイドさんはアイドル」
「本当にみんな来てくれてありがとうにゃん! ぼくから歌とダンスのサービスにゃん」
やばい、香菜が壊れた。
メイドカフェで『かなにゃん』として働く姿をクラスの皆に見られ、羞恥でおかしくなってしまったのか。
もはや、見ているこっちが恥ずかしいんだが。
クラスの皆さまも、唖然としていらっしゃる。
「ぐわーーー! 香菜さん、最高にかわいいです! かーなにゃん! かーなにゃん!」
まあ、ぽぽちゃんは、大興奮で楽しんでいるみたいだが。
ぽぽちゃん以外が、呆然としている中、一人はしゃいでいて、とてもシュールだ。
何が、『ぼくは超天才なんですよ』だよ……。やけくそじゃねえか
そして、イントロが終わり、ついに香菜は歌いだした。
「らぶらぶにゃんにゃん、ぱくっと打ちぬく、がぶがぶばんばん♪」
何だこいつ……歌、めちゃくちゃうめえ!
アホみたいな電波曲だが、いちいち歌い方がかわいい。
しかも、ダンスもアイドル顔負けのレベルだぞ。
赤い髪をなびかせながら、くるっと回転してウィンクをとばしてみたり。
猫のポーズをとりながら、前かがみになったり。
ステージ上をちょこちょこ動き回って、かわいいポーズを決めまくる香菜を見ていると、頭がくらくらしてくる。
そしていつの間にか、俺もクラスのみんなも、『かなにゃん』のパフォーマンスに夢中になってしまっていた。
最初は唖然としていたにも関わらず、香菜が二曲歌い終わった時には拍手喝采。
「うおー! 香菜ちゃん可愛すぎだー!」とか、「香菜ちゃん、まじ天使」など、男女問わず大絶賛だった。
「まじで、香菜ってすごいな。ぽぽちゃんがそんなに好きになるのも少し分かったよ」
興奮交じりに、ぽぽちゃんに話しかける。
しかし、返事は返ってこない。
「はあ、はあ、かわいすぎです……。私はもうおかしくなっちゃいそうです……」
あ、ぽぽちゃんには少し、刺激が強すぎたみたいだ。
「みんな、盛り上がってくれてありがとうにゃん。楽しめたかにゃん?」
「めちゃくちゃ、楽しめましたー!」
右京くんが大きい声で返事をする。
「それはよかったにゃん。でも、ここでのぼくの姿は、今日来てくれたみんなとの秘密にしたいな……?」
最高にあざとく。
油断すると、一瞬で虜になってしまいそうな、上目づかい。
そんな、最強の武器を使って香菜は俺たちにそう問いかけてくる。
「香菜ちゃんがそう言うなら、絶対に秘密にするよ! みんなもそれでいいな?」
「もちろんだよ。兄さん」「絶対に秘密にするね、香菜ちゃん!」
う、うまい……。
こいつ、すべて計算尽くか。
最高のパフォーマンスでみんなを虜にした後、あんな表情で『秘密だよ……?』って言われたらそりゃ、そうしちゃいますよ。
「ありがとう。みんな、大好きにゃん! この後もゆっくりしていってね」
満面の笑みを浮かべて香菜はステージから引っ込んでいった。
「おいサッスガーノ、香菜ちゃんって何者なんだ? アイドルでも目指しているのか?」
右京くんがそう俺に問いかけてくる。
まあ、そう勘違いしてもおかしくない様なパフォーマンスだったもんな。
「いや、たぶんそんな夢は持ってないと思うけど、あんな姿俺も初めて見たから分からん」
あながち、まじでアイドルを目指しているんじゃないか。
絶対、成功すると思う。
「それにしても最高にかわいかったな。正直、学校の姿からは想像もつかない姿だったけど、悪くない。
いや、むしろいい」
「そ、そうですか……」
右京くんは、新しい扉を開いてしまったらしい。
罪な女の子だよ……かなにゃん。
その後も、香菜はジュースにラブを注入してみたり、
定番の、ケチャップでメッセージを書いたオムライスを作ってみたりと俺達に最高のおもてなしをした。
クラスの方々も、それはもう笑顔に溢れ、とても楽しそうにしていた。
「それでは、本日のご来店、ありがとうだったにゃん。また来てね!」
最後の最後まで香菜は俺たちを笑顔でお見送りし、香菜のバイト見学会は幕を閉じた。
最初はどうなることかと思ったけど、香菜のおかげで何とかなった。
後でお礼しなくちゃな。
「サッスガーノ、今日は連れてきてくれて本当に感謝してるぜ。めっちゃ楽しかったよ」
「ほんと、ほんと!」「ありがとね、佐須駕野くん。鬼畜だと思っててごめんなさい」
店の外でクラスメイト達から感謝の言葉を受け取る。
俺は何もしていないのに、香菜のおかげでこんな待遇を受けることができるとは……!
「い、いや、感謝なら香菜にしてくれ。あいつ、実はめちゃくちゃ恥ずかしかったと思うから。
でも、みんなのために一生懸命頑張ったんだと思う」
「確かに、それもそうだな」
「そうするわ、ああ、香菜ちゃんありがとう」「絶対香菜ちゃんとの秘密守ろうな!」
「あ、いや、やっぱり俺にも少しはかんしゃ……」
「じゃ、俺たちは今からまたクラス全員で集まる予定だから。じゃあな、サッスガーノとたんぽぽちゃん」
……行ってしまった。なんて薄情なやつなんだ。
普通これって、この後のクラス会に誘ってくれる流れだろ。
まあ、ぽぽちゃんもいるし、俺だけクラス会行くわけにもいかないしな。
空気を読んでくれたのかな。
「ぷぷぷ、いいように使われて置いて行かれるサッスガーノ、ださすぎです」
前言撤回。
こんなやつ放っておいて俺を連れて行ってくれよ。
「いつの間に回復してたんだよ。さっきまで香菜を見ておかしくなってたのに」
「っく、恥ずかしいところを見られてしまいました……」
いや、今日に限らず散々その姿を見てきたよ。
確かに、今日はいつも以上だったけどさ。
と、そんな風に『めいどり~む』の前でぽぽちゃんと談笑していたら、俺のスマートフォンが鳴る。
今まで電話としては全然使ってこなかったのに、今日はやけに電話として利用する日だな。
まあ、その電話をかけてくる相手は、なんとなく察せる。
『もしもし、一正さん? もう少しでバイト終わるんで一緒に帰りましょう』
やっぱり、香菜からだった。
今日はもう香菜に頭が上がらないので、従う他ない。
「了解しました。待たせて頂きます」
『何ですか、そのしゃべり方。気持ち悪いです』
「今日は香菜さんには頭が上がりません」
『そういうことですか。いい心がけです。ぼくの偉大さに感謝するんですよ』
その会話から数分後、『めいどり~む』の制服であるメイド服から、いつものメイド服に着替えた香菜が出てきた。
「お待たせしました、一正さん、たんぽぽさん」
「お前、あんまり着替えた意味ないな」
ていうか、いつものメイド服のロングスカートは、店のミニスカと違って五月も後半の今では暑そうだな。
「うるさいです。本来のメイドとはこの姿が正しくて、お店のはメイドとはいいません。違う、何かです」
「その割にはノリノリだったじゃねえか」
一分の隙もない、完璧な"秋葉原のメイドさん"だったぞ。
「ノリノリじゃないです。めちゃくちゃ恥ずかしかったんですからね」
「やっぱり恥ずかしかったのかよ! それで、よくあそこまで吹っ切れたな!」
「一正さんのためにがんばったんですよ! ほんと、感謝してください」
それよりも、来店開口一発目に、『いらっしゃいにゃん』って言ってしまったことを誤魔化すためだったような気がしなくもない。
まあ、俺がクラスメイトを連れてきたのが元々の原因だから、ここは素直に感謝しておこう。
「感謝してるって。ありがとうな香菜。お礼に夏服買ってやるよ。暑そうだしなその服」
「ええ、悪いですよ。それにこの姿はぼくのデフォルト装備。真の姿なんです。必要ありません」
「お前全然普通の服持ってないじゃん。いいから甘えとけって。お礼させてくれよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えます」
それから俺達は秋葉原の服屋に向かった。
結局、香菜はどことなくメイド服っぽいゴスロリの夏服を選択して試着中。
その手の服は思っていた以上に高価だった。
「お、おい香菜、本当にこの服がいいのか? 確かにミニスカで半袖だけど、それでも暑そうだぞ」
「このくらいなら全然涼しいです! ぼく、この服気に入りました!」
「香菜さん、めちゃくちゃ似合ってます。世界一似合ってます」
かっこつけた手前、引くことができず、渋々購入。
しばらくもやし生活決定である。
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