第17話「かなにゃんは、やけくそ」

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 俺、ぽぽちゃん、そしてクラスメイト八人を連れて秋葉原に到着。

 これでも俺は抵抗したんだ。

 右京くんが「香菜のバイト先に行きたい奴ー」とクラスメイトに聞いた時、ほとんどの人が行きたいと手を挙げた。

 だが俺は、「あまりにも大人数だと店にも迷惑だ。そういう場所なんだ」と言い聞かせ、なんとか総勢十人になるように説得した。

 まあ結局、「無理だ。ついてくるな」と言えない辺りが小心者なのだが……。


「私、香菜さんが怒っても知りませんからね」


「やっぱり怒るかな?」


「絶対怒ると思います」


 そりゃあ、怒るよね……。

 後、ぽぽちゃんからの助けも期待できないらしい。


「おいサッスガーノ、本当に秋葉原で合っているのか? 一体どんなバイトかそろそろ教えてくれよ」


 俺が困っているところに右京くんは追撃してくる。

 お前の大好きな、皆に優しく、優等生で、清楚な香菜ちゃん。

 そんなイメージが崩れても知らないからな。


「そもそも、十人もいっきに入れるんでしょうか?」


「た、確かに。いい気づきだぽぽちゃん。これで逃げられるかも知れない!」


 さっそく電話で確認。「そんな大人数は……」と拒否されることにより、口実を得ることができれば、さすがの俺でもこの烏合の衆を止めることができるだろう。


『はい、メイドカフェ『めいどり~む』です』


「あ、私佐須駕野というんですが、今から十人でお店にお伺いしてもよろしいでしょうか? さすがに無理ですよね、休日にこんな大人数!」


『あ、かなにゃんを紹介してくれた人じゃないですか。そんな人のお願い、断るわけないですよ。是非いらして下さい。一番いい席、空けておきます』


「え、そんなお気づかいなさらないでください。本当に厳しかったらいいので、というより厳しいですよね? そう言ってください」


『全然、大丈夫ですよ! かなにゃんも絶賛働いているのでそのかわいい姿、是非見に来てあげて下さい。ほんとにかわいいの。じゃあ、待っていますねご主人様』


 もうだめだ。絶賛待たれてしまった。

 他に退路はないのか?


「いつまで駅前でたむろしてればいいんだよ。さっさといこうぜ」

「そうだ、そうだ兄さんの言う通りだ」

「「はーやく! はーやく!」」


 クラスメイト達はもう待てないらしく、声を合わせて俺を急かす。

 ええい、もうどうにでもなれ。


「分かったよ。でも、皆の香菜へのイメージが変わっても、俺は知らないからな!」


 そう捨て台詞ぜりふを残し、秋葉原の街を邁進まいしん。

 メインの通りを抜け、メイドさん達が多く客引きをしている道へ突入。

 クラスメイト達も薄々感づいてきたのか「おい、まさか……」なんて呟いている。

 そうだよ、そのまさかだよ。

 そしてついに着いてしまった、メイドカフェ『めいどり~む』。

 (ごめん香菜。願わくば、裏方で皿洗いとかでもしててくれ)

 そう心で呟きながら俺はその扉を力強く開いた。

 しかし、その僅かな希望も入店三秒で朽ち果てる。


「おかえりなさいにゃん。ようこそメイドカフェ、『めいどり~む』へ!」


 よくぞ、一週間でそこまで恥ずかしさを払拭したものだ。

 赤いパステルカラーを基調とした可愛らしいフリフリのメイド服、赤と白の縞々(しましま)のニーソックス、そしてキュートな猫耳を装着した香菜、いや『かなにゃん』がそこにいた。

 かなにゃんはとっても可愛い猫の仕草と共に、とびきりの笑顔で俺達を出迎えてくれた。

 通常のお客様にならば、完璧な接客だろう。しかし今回は……。


「よ、よう香菜。来ちゃった」


「って、一正さんとたんぽぽさん!? それに、後ろにいる方々はクラスのみな……さん……」


 なんとも弱弱しい語尾である。驚きというより、困惑しているみたいだ。


「にゃんって……にゃんって言いました。か、香菜さん可愛すぎます……」


 ぽぽちゃんは一人鼻血を出しながら何か呟いている。

 お前は平常運転だな!


「ど、どうも香菜ちゃん。まさか、本当にメイドカフェでバイトしているなんて……」


 さすがの右京くんも動揺を隠せていないご様子だ。

 他のクラスメイトも概ね同じような反応。

 ど、どうするんだ、この微妙な空気……。


「とりあえず、入り口でずっと立っていられるのも悪いのでお席にご案内しますね。皆さん付いてきてください」


 ナイス香菜、とりあえず「どうすんだこれ……」みたいな状況を打破してくれた。

 俺も一度席について作戦を考えよう。

 と、そんな感じで一息つこうとしたその瞬間。


「一正さんはちょっとぼくと来てください」


「……はい」


 ボソッっと香菜が俺に耳打ちしてくる。

 明らかに怒りがこもっていた。

 断ることなんて俺にはできなかった。



「それで、断ることができずに、連れて来ちゃったということですか」


 従業員しか入れないはずのスペースに俺を連れてきた香菜は俺に大体の事情を説明させた。


「そういうことなんだよ。すまん……うまく断れれば良かったんだけど」


「はあ……。一正さんが押しをかわして上手に断ることなんて期待してないですよ」


 「やれやれ、まったく……」と言わんばかりの仕草で香菜はげんなりしている。

 その反応って破天荒なヒロインに対して男の子がする反応じゃないの?

 これではまるで、俺が後先考えないとんでも野郎みたいじゃないか。

 最初は俺がぽぽちゃんに対して「やれやれ、まったく……」というスタンスで付き合ってあげていたのにどうしてこうなった。


「ごめんな香菜。後でなんでも聞いてあげるから許してくれ」


「本当ですか? 約束ですよ」


 パアッと顔を輝かせて香菜はこちらを見る。

 え、そんな一瞬で機嫌戻る? こいつ何をさせる気なんだ?


「それに、これはチャンスですね。形はどうあれ、一正さんがクラスの皆様とプライベートで関わっているのですから」


「え、チャンスってお前、この後出ていって何かする気なの? クラスでこれ以上お前の恥ずかしい姿について話されたくないだろ」


 既に、『おかえりなさいにゃん』というパワーワードをお見舞いした後では、もはや後の祭りかもしれないが。


「ぼくのバイト内容を知っているのはあの八人だけなんですよね?」


「ここに来るまで教えなかったからな」


「……分かりました。やって見せましょう。彼らにぼくの情報を封印してもらいつつ、この場を盛り上げ一正さんと楽しい思い出を共有させることを」


「嘘だろ。そんな異業ができるわけがないっ!」


「忘れたんですか? ぼくは超天才なんですよ。見ててください」


 香菜はそう言ってほほ笑むが、本当に可能なのか?

 ここに来る前、クラスのほとんどが香菜のバイト先に行きたがっていた。

 そして選ばれた彼らは行けなかった他の人達に「どんな感じだった?」と質問攻めに合うだろう。

 その時、この話題の核弾頭になり得る出来事を口止めできるだろうか。絶対無理だ。


「とりあえず、そろそろ一正さんは席に戻ってあげてください。いい加減たんぽぽさんがかわいそうです」


 そういえば今って、ぽぽちゃんだけが別のクラスで一人の状況だな。

 あいつコミュ障だから、縮こまっているに違いない。


「分かった。とりあえず席に戻るけど無理はするなよ香菜」


「ここではかなにゃんですよ。一正さん」


 ははは……。ノリノリだな。

 意外にもメイドカフェは香菜にとって天職だったんだろうか。

 そんな妄想をしながら、案内された二つの席、何かライブや、イベントに使うっぽいミニステージに一番近い席に戻った。

 そこに五人づつ分かれて座っている。


「あ、やっと戻ってきてくれました。助けてくださいよサッスガーノ……」


 縮こまっていると思っていたぽぽちゃんは、どちらかというと怒っている?

 いや泣いているのか?


「だから~。本当はサッスガーノと付き合っているんだろ? 本当のことを言えよ」


「兄さんの言う通りだ! そしたら自動的に香菜さんと瀬川さんもフリーということになるんだぞ」


 ああなるほど……。右京、左京兄弟にいじめられてたのね。ご愁傷様。


「なあ、右京くん、左京くん、俺はぽぽちゃんはもちろん、香菜と瀬川さんとも付き合ってなんか……」


 はっきり否定しようとしたその瞬間、突然店が暗闇につつまれた。

 そして俺達の真横にあるステージにスポットライトが当てられる。


「なんだ? 何かのショーでも行われるのか?」

「すごいねこんな演出もあるんだねー」


 クラスメイト達がざわついている中そのスポットライトに登場したのは――

 そのステージ上に登場したのは――香菜だった。

 そして、「ネジが吹っ飛んだのか?」と言いたくなるような、とんでも発言をかます。


「ご主人様、お嬢様。今日は来てくれてありがとうにゃん!

 そんなみんなに、ぼくからとっておきのサービスをさせていただくにゃん!」


 その言葉と共にポップというより、電波ソングのようなイントロが流れ始める。

 そして香菜……いや、かなにゃんの狂気のショーが始まったのだった。

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